23.旅立ち
時間はすぐに過ぎて行き、村に行商がやって来ました。
いくつもの馬車、何人もの商人が集まった隊商です。
「ご無沙汰しております、村長」
広場に停まった隊商の、最初の一台から痩せぎすの男性が降りて来ました。
名をゴーティ言うらしい彼は、この隊商のリーダーなのだそうです。
特産品もない寂れた村にも毎月欠かさず立ち寄ってくれる、奇特な商人であると村長は感謝しておりました。
「ゴーティさん、今回は幸運に恵まれ、非常に多くの素材をご用意できました。驚きすぎて腰を抜かさないようお気を付けください」
「ほほう、それは楽しみですねぇ」
余裕たっぷりに答えたゴーティさん、及び一緒にやって来た商人の方々から余裕が取り除かれたのは、その一分後のことでした。
「なっ、こっ、これっ。どうやって集めたのですか!?」
「とてもお強い旅人の方がいらっしゃりまして、『逢魔の森』で狩って来てくださったのです」
大きめの倉庫に集められた夥しい数の変異種の魔物素材。
それらを前にしてゴーティさん達は腰を抜かしています。
「それからあちらの倉庫にコボルドの素材が数十体分あります」
「なんと……」
「それと」
「まだあるのですか!?」
「はい。詰所の方に盗賊を捕えておりますので奴隷商の方に──」
それから村長さんと商人さん達との間で価格交渉が行われ、無事に取引は終了しました。
この村では基本的に、商談は村長が一括して請け負っているのです。
それから商品の運搬を手伝い、それが終わると隊商達はすぐに村を出て行くようでした。
「もう発たれるのですね」
「今日中に隣の村まで行かなければいけませんから。それでは、また来月」
「はい。それまでご要望の魔物素材は取り置いておきましょう」
馬車の容量的にも金銭的にも今回だけで全素材を持って行くことは出来ませんでした。
ですので、日持ちのする魔物素材等は来月にまた改めて購入するそうです。
小さくなっていく隊商を見送っていると、背後から声を掛けられます。
「おい、主ら、いつまで突っ立っておるつもりじゃ。早く乗らんか」
「おっと、私達も急がなくては」
「ですね」
村長と並んでドリスさんの待つ馬車へ向かいます。
中には彼女の他に、ヴェルスさんパーティーとナイディンさんもいました。
「お待たせしました。我々も出発しましょうか」
御者台のナイディンさんが手に持った紐を引っ張ると、馬達がいななきました。
馬車がゆっくりと動き出します。
「お世話になりやした、師匠!」
「道中、村長達を頼んだぜ!」
狩人のシェドさんとチヅさんが村の方で手を振っています。
彼らも荷運びに駆り出されていたのですが、見送りのために抜けて来たようです。
「ええ、お二人も村を守るため存分に腕を振るってください」
言って、こちらからも手を振り返しました。
ヴェルスさん達が村を空ける間、この村の最大戦力は彼らとなります。
ですがもし変異種が襲って来ても、今の彼らなら撃退できるでしょう。
姿が小さくなるまで手を振り続けていると、ああそうだ、と村長が荷物の中から袋を取り出しました。
「延滞させていただいていた買取代ですが、今の内に渡しておきますね」
ジャラリ、と袋の中に手を突っ込み、金貨を何枚も出し、ヴェルスさん達と私達に分けて行きます。
「うおっ、すげえ!」
「こんなにたくさんの金貨初めて見たわ」
「壮観、金満」
「ありがとうございます村長。大切に使わせていただきます」
ヴェルスさんパーティーは四者共に嬉しそうな反応です。
「ほほお、これが、金貨……」
初めて目にする黄金の輝きに見入っているのはドリスさんです。
ドラゴンはお宝好き、というのは地球では鉄板でしたが、彼女もそうなのでしょうか。
楽しんでいるようなので袋は彼女に渡しておきます。
大半は彼女が倒した変異種の報酬ですしね。
「それと、その中には護衛料も含まれているので合わせてご確認ください」
「分かりました」
護衛料、という言葉からわかるように、私達やヴェルスさん達は護衛として雇われています。
元々、私達は隊商に混ぜてもらう予定でしたが、ちょうど村長さんも領都に向かうことになり、他村による隊商よりそちらの方が早く着くため相乗りさせてもらうことになったのです。
護衛と言う名目で。
「それにしても上手く行くと良いですね、領主への直訴」
そう、村長が急に領都へ行くことになったのは、領主へ減税を訴えるためです。
今日得た資金で色々と方策も練るようですが、年貢が去年までの量に戻る方が何かと都合がいいですからね。
「それにしても、バシャというのか。自ら動く必要が無いというのは便利なものじゃのう」
「そうね。私も初めて乗ったけど便利だわ」
「でもよぉ、こんなに揺れるのは気持ち悪くねぇか?」
「同意」
「僕はあまり気になりませんね」
「気分が悪くなりそうでしたら、遠くの方を見ると良いですよ」
ヴェルスさん達とそんな雑談を繰り広げることしばし、数匹の魔物が接近してきました。
現在地は山を遠くに見据えた、そこそこ広い平原。
見通しは良く、《気配察知》抜きでも発見できます。
「おっと、何か来てやがるな。ありゃあゴブリンか?」
子供くらいの体格の、緑色の小鬼です。
《気配察知》でドリスさんやナイディンさんの気配を感じ取ると、大抵の魔物は逃げて行くのですが、彼らはその辺りに鈍感なようです。
「そうだね。距離があるけどどうする? ロンが行くか?」
「いやぁ、もう少し近づいてくれたらいいんだが」
「では私がやりましょうか? 《称号効果》の練習にもなりますし」
「じゃあお願いします、タチエナさん」
小さく揺れる車内で腕を伸ばし、人差し指を向けると、
「炎球、発射」
と言いました。
すると炎の球が指の先に生まれ、飛んで行きます。
ゴブリン達は高速で飛翔したそれを慌てて躱しました。
「あら、避けられたわ」
「いんや、そもそもの軌道がズレてたな。あいつらが動かなくても右に外れてた」
「それは残念。炎球発射」
案外熱くなりやすい彼女は、すぐさま二射目を放ちます。
彼女の《称号》、《熱狂戦士》は炎を操ることができるのです。
火炎操作能力は魔力の燃費もよく、彼女は料理などでも愛用しています。
「射程外まで逃げられてしまったわね。精度は要改善だわ」
「まあ、追い払えただけで充分ですよ。僕達は護衛ですしね」
ただ、操作精度はまだ低く、ゴブリン達には結局一発も当たりませんでした。
その様子を眺めていたドリスさんが馬車の外に指を向けます。
「遠隔操作ができぬのは難儀じゃの。〈ディスピアレンド〉」
溢れんばかりの魔力が一点に凝縮され、闇の円盤となって放たれました。
目にも留まらぬ速さの闇は、自在な軌道で瞬く間にゴブリン達に肉迫し、前から横へと進行方向を変えて全てのゴブリンを引き裂いてしまいました。
「むう。弾速、もっとゆっくりにして。見れなかった」
「今更〈魔術〉を鍛える気はないけれど、こういうのを見ると羨ましくなるわね」
かなり高度な〈特奥級魔術〉ですが、皆さんはもうドリスさんの力を知っているため動揺はしません。
そんなこんなで私達の旅は平穏に進んで行きます。