22.徴税
「お、お待ち下さいお役人様! 今年の年貢は百三十スーンであったはずっ。これでは話が違います!」
声のした方に視線を向けます。
そこでは村長が、見慣れない小太りの男に頭を下げていました。
男の脇にある数台の牛車には、米俵が山と積まれています。
「お願いいたします! この村は先日盗賊に襲われ、多くの食料を奪われたのです。今、これほど徴税されては私達は飢え死にです!」
すっかり中身の少なくなった米蔵を指さし、村長はそう言いました。
「それがどうした。奴隷に出して口減らしすれば済む話だろうが」
縋りつく村長に冷たく言い放った男は、おもむろに腰の剣を抜きます。
「領主様の遣いたるこの私をこれ以上煩わせるならば貴様も逆賊と見做すぞ。そうなればこの村の連中も反逆罪で打ち首だな」
「ぐ……っ。差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「それでよいのだ」
村長が奥歯を噛み締め引き下がります。
それを見た男は剣を納め、牛車達を出発させました。
男が去った後で、私達は村長に話しかけます。
「村長、先程の方々はどなたですか?」
不安そうな表情の村長は、私達がいることに今ここで気付いたようでした。
こちらに振り返り答えてくれます。
「あれは徴税官一行です。もう年貢を納める時期ですので」
「なるほど、そういうことでしたか」
私は合点しましたがドリスさんはそうではなかったようで、《意思疎通》を使って質問して来ました。
『ネングとは何じゃ?』
『貢物ですよ。弱い一般人は強い貴族や王族に守ってもらう対価として、金銭や食料を捧げるのです』
この世界の王侯貴族は地球のそれとは少し異なります。
支配者である点は変わりませんが、《迷宮》で鍛えたその戦闘力はただの狩人よりずっと優れています。
魔物の脅威から民を守り、《迷宮》から得られる資源を分配するのがこの世界の貴族なのだそうです。
もっとも、それは模範的な貴族像であり、現実には力を振りかざして好き放題する者ばかりだそうですが。
例えばここ、ボイスナー領を治める領主。
この辺りに変異種が現れても、自分で動くどころか騎士団すら派遣しない筋金入りの怠け者のくせ、年貢だけは盛大に搾り取ると村民の皆さんは不満を漏らしておられました。
「何やら揉めていたご様子でしたが……」
「いやはや、お恥ずかしい所をお見せしました。ご心配なく、今年から税を引き上げると唐突に言われたので、少し取り乱してしまっただけです」
「唐突に……。そんな、直前になって変更するような事が許されているんですか?」
ヴェルスさんが疑問を呈しました。
答えるのはナイディンさんです。
「法律に照らし合わせれば何の問題もございません。貴族優位の決まりばかりですので」
「ナイディンさんの仰る通りです」
「そんな……」
ナイディンさんと村長の言葉に、ヴェルスさんは絶句します。
彼にとってはそれほど衝撃的だったのでしょう。
ヴェルスさんは幼い頃から辺境のハスト村に居ました。
ナイディンさんに読み書きを習ったり、村長の書斎の書物を読ませてもらったりと勉強はしていたようですが、外界との関わりが薄いためこの国の実情には疎いのです。
私やドリスさんはもっと疎いですが。
「しかし、おかしいですね。このままでは冬を越せないと仰っておりましたが、私にはそうは思えません」
「そこから聞かれておりましたか……」
村長はそれまでのくたびれたような笑みから一転、いたずらがバレた子供のように口角を吊り上げました。
ちょうどそのとき、村の農夫の方々がやって来ます。
「村長ぉーっ、移してた米、戻してええですかーっ?」
「はい、お願いしますーっ。……あの役人には少々大袈裟に伝えてしまいましたね。譲歩を引き出せないかと俵の一部を蔵から移動させていたんです。ヤマヒト殿達が取り戻してくださったので今年の冬は大丈夫ですよ」
本当に頭が上がりません、とまた感謝モードに入る気配がしたので素早く話題を変えます。
「今年は、ということは来年以降は違うのでしょうか?」
「そうですね、このままですと厳しいです。ですが、ヤマヒト殿が捕まえてくださった盗賊達や皆さんが倒してくださった変異種の素材を売り払い、その資金で設備を整えれば、どうにか……」
『考える人』のごとく、顎に手を当て難しい顔をする村長。
農業は自然との闘いですし、そうでなくても村の運営には諸々の要素が複雑に絡み合うため、容易に試算は行えません。
村長は話の途中だったことに気付いたのか、すぐに顔を上げて笑顔で言いました。
「まあ、後は村の問題ですのでヤマヒト殿はご心配なさらず。ナイディンさんは出来ればこの後、私の家に来ていただけますか?」
「承知しました」
たしかに、もうすぐ村を去る私が気にしても仕方がない事柄ではありますね。
「ヴェルスさん、本題に入りましょう」
「あっ、そうでした。村長、実は僕達──」
それから、コボルドの群れを倒したことや解体をする人手を集めてほしいことを伝えました。
ちょうどお金や食料が必要になっていた村長は大喜びで快諾し、あっという間に村中の狩人が集められました。
その日は夕暮れまで皆さんで解体作業に勤しみ、多くのコボルド素材が手に入りました。
「ドリスさん。明後日には村を発つ予定ですが、不都合はありませんか?」
夜、ドリスさんと二人きりとなったところで話しかけました。
「うむ? 特にないかの」
「そうですか。もし何かしたいことができましたら遠慮なく言ってくださいね」
「わかったのじゃ」
しばしの沈黙。
少し考えて、口を開きます。
「この村、というか人間の生活はどうでしたか? これからも上手くやって行けそうですか?」
「そうじゃのう……。まあ、まずまずじゃ。個々が独立しておった竜に比べて人付き合いは煩雑じゃが、嫌な部分ばかりでない。わからぬことは教えてもらえるし、食べ物は色々あって面白いし、友と過ごすのも悪くないからの」
「それでは、故郷が見つからなかったときは……」
「なるほどの。それを憂慮しておったのじゃな」
クッハッハッハ、とドリスさんは可笑しさを堪えるようにして笑います。
「案ずるでない。ワシは人間の生活に特段の不満は抱いておらぬ。もし見つけられなんだらその時は、人間と暮らしても良いと思うておる。よしんばそれが嫌であろうと、他に住みよい土地を探せば良いだけじゃ。まったく、お主はお人好しよの」
「いえ、私が心配しているのはドリスさんが自暴自棄になって周囲に当たらないか、ということなのですが」
「心外じゃのぅ!?」
ドリスさんはそう言いますが、彼女の力は国を容易く滅ぼせるものです。
前世が竜であるために、何がきっかけでその力を行使してしまうかを完璧に予測することはできませんし、警戒するのは当然です。
彼女を人里に連れて来た者として、その責任は負いませんと。
不本意ですがもしもの時は、彼女を斬る覚悟もしています。
「他にどうしようもない時以外で人間に危害を加えない、という約束さえ守っていただければ構いませんよ」
「わかっておる。ワシも今は人間、不必要に同族を手に掛けるようなことはせぬ」
けれど、それは杞憂に終わるという思いも日に日に強くなっていきます。
ドリスさんの気性は穏やかで、すぐさま暴力に走る気配もありません。
故郷への執着も見つからなければそれでいいか、程度の気配に感じられます。
たとえ人間の国に永住することになっても、きっと問題はないのでしょう。
ですが、しかし。
異世界に来てしまった私と違い、彼女の故郷はこの世界にあるはず。
二度と帰れない身としては、ドリスさんが帰りたいと思っているならば、いつかは帰してあげたいものです。