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15.脱獄

 誰もが寝静まった夜。

 ハスト村の某所で一人の男が目を開いた。


「……どいつも寝てるな」


 同室の男達を見回し、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた男。

 彼はそっと立ち上がり、部屋の隅に移動する。

 そして木の格子に手を当てた。


 ここは牢屋。

 そしてこの男は盗賊団の副頭領だった者だ。


「〈ウィンドカッター〉」


 同室の者達にバレないようこっそりと〈魔術〉を行使し、格子の一部を斬り裂く。

 そして人ひとり通れるくらいの隙間を作ると、忍び足で外へと踏み出した。

 建物内には見張り一人おらず、難なく脱出に成功する。


「けっ、シケた村だ。〈魔術〉対策もてんでなっちゃいねぇ。ま、そのおかげでこんな楽に出られたんだがな」


 副頭領は痰を吐き捨て、夜道を一人歩いて行く。


「にしてもオーリルの野郎がこんなとこでくたばるたぁな。あの白髪の男に()られたんだろうが、参ったぜ。アイツくらい利用しやすい単細胞はそうそういねぇってのに」


 彼と頭領オーリルはそこそこ長い付き合いだった。


 彼が頭領と出会ったのは、村人を唆し、小さな盗賊団を作って好き放題していた頃。

 盗賊団全員で掛かっても勝率は高くないと悟った彼は、すぐさま頭領の地位をオーリルに譲り、それからは参謀として仕えて来た。

 余計な正義や信念を持たず、酒と女さえ与えておけば満足するオーリルは、便利で扱いやすい暴力装置だった。


 失くした手駒のことを嘆きつつ、気付いた時には村の外れまで来ていた。

 後は逃げるだけなのだが、その前に忌々しいこの村へ〈魔術〉で火を着けてやろうと振り返る。


「散歩はもう終わりですか?」

「っ!?」


 思わず息を呑んだ。

 僅か三メートルほどの位置に、白髪の男が立っていた。

 若くも年老いても見える不思議な出で立ちをしたその男は、ヤマヒトである。


 向こうは丸腰に見えるが、素手で剣を押し返すような奴だ。

 武器をまとめて破壊した謎の攻撃も気になる。

 直後に男の武器も壊れていたことから、己の《装備品》を代償に敵の武器を破壊する能力、といったところが妥当か。


 まさか自己申告通り素の《パラメータ》が途轍もなく高いだけな筈はないので、《魔道具》か、《装備品》か、《ユニークスキル》の力だろう。

 同じく丸腰に見えた昼間も、どこかに伸びる縄を隠し持っていたようなので、警戒してしかるべきである。


 などと考えていた副頭領は、思考を組み立てつつ口を開いた。


「……いつから、()けてやがった……?」

「牢を抜け出した時からですね」

「……っ」


 自分の行動が読まれていたことに心の中で舌打ちする副頭領。


(足手まといになりかねん他の連中は置いてきたが、失敗だったか?)


 肉壁の一つや二つは連れて来るべきだったと今更ながらに後悔する。

 逃走は不可能だ。

 前回のように縄の《魔道具》で捕まえられることは明白である。


 残る選択肢は殺害。

 目の前の怪人をどうやって殺すか考えていると、ヤマヒトが口を開いた。


「今、牢に戻るのなら手は出しませんよ」

「は?」

「どのような人間も更生できる。私はそう考えています。ですので大人しく牢に戻るのならば、私があなたを殺すことはありません。さすがに牢を壊したことについては村の方々に謝る必要があるでしょうが」

「へぇ、そいつはありがてぇな。いや、俺も後ろめたく思ってたとこなんだ、勝手に逃げ出すことによ」


(阿呆め。誰がそんな提案になど乗るか)


 捕まった盗賊の末路など良くて犯罪奴隷として使い潰され、最悪は拷問の末に処刑される見世物だ。

 多少のリスクを冒すとしても、自由の身へのランナウェイこそが正解である。

 そう結論付けて、ヤマヒトを殺害する算段を立てた。


「じゃあ、早速帰ろうぜ」

「そうですね」


 フランクな調子で歩いて近付く。


「おっと、肩に虫が乗ってるぜ」

「おや、そんなはずはないのですがね」


 ヤマヒトの隣を通り抜けようとしたとき、ふと気づいたかのようにそんなことを言った。

 そして彼が肩を見ようと体を捻り背を向けたその瞬間、《潜伏》で気配を消し、さらに《ユニークスキル》を発動させる。


(《宵矢(よいや)生み》……!)


宵矢(よいや)生み》ランク3:一時間の間に二本まで、《宵矢》を召喚できる。《宵矢》には光度が低いほど大きな貫通補正がかかる。


 生み出されたのは真っ黒な矢。

 周囲の暗さによって威力が増減するこの矢は、深夜である現在は最大火力を発揮できる。


 その《宵矢》を手の中に召喚、すぐさま振るう。

 狙うは首筋、どんな武人でもそこを鍛えることは出来ない。

 通常ならば防具でカバーする部位だが、ヤマヒトはそれらを付けていない。


()った……!)


 こちらを信用したわけではないだろうが、武器は取り上げられており、攻撃手段が隙の大きい〈魔術〉しかないと油断していたのだろう。

 白髪の男は今この瞬間も不用心に背を向けている。


 どんな《スキル》もアイテムも、使われる前に倒せば無害だ。

 男の無防備な襟首に黒き(やじり)が喰らい付く! ことはなかった。


「本当に残念です」


 視界外からの攻撃を、膝を曲げて躱される。

 その事実に慄く間もなく、副頭領の体は宙に浮いていた。

 ヤマヒトは回避と同時に副頭領の腕を取り、一本背負いよろしくそのまま投げたのだ。


「あ、が……っ?」


 副頭領が脳天から地面に落ちたのは、その数瞬後のことである。

 目の前が一瞬、カッ、と真っ白に染まり、すぐに何も感じられなくなる。

 可動域を超えて首の骨が折れ曲がる嫌な音が響いて、副頭領は覚めない眠りについたのだった。


「また殺すことになってしまいましたか。こうなる覚悟はしていましたが、いざ直面すると遣る瀬無いものがありますね」


 冗談みたいな体勢から恐るべき体幹で背負い投げを放ち、副頭領を(あや)めたヤマヒト。

 残念そうに首を振るこの男は、その言葉通りこうなることを予期していた。


《自然体》ランク9:自然で在る。


 《仙人》が《気配察知》と《潜伏》を極めてなお、修練を積むことで習得できる《仏眼》と《寂静》。

 それら二つを極めたその先で、無我の裡に統合させることでようやく手にできるのが《自然体》。


 気配を司る系統の《スキル》全体を見渡しても破格の能力。

 その表層的な効果は気配の察知と隠蔽。

 だが、根源にある権能は己を自然と為すこと。


 その身が自然(じねん)で在るが故、空の如くに気配は掴めぬ。

 己が自然(しぜん)で在るが為、森羅の気配を仔細に知れる。


 他の《スキル》とは規格からして異なる、冠絶せし神秘こそが《ランク9》。

 神の域の異能である。


「村長が起きたら相談しましょうか」


 世界で(ただ)一人《ランク9スキル》を持つヤマヒトは、副頭領の死体に手を合わせ踵を返したのだった。

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