12.村へ
「もう大丈夫ですよ」
盗賊の頭領を降した私は、安心させるように声を掛けます。
血溜まりに沈む頭領の向こう側、縄にて捕らえられている少女に向けてです。
「そうみたいね」
縄が焼き切れ少女が立ち上がりました。
「平気だったんですかっ、タチエナさん!」
「ええ、ヴェルス君。あのくらいいつでも抜け出せたわ。私の《称号》のことはあなたも知っているでしょう?」
拘束されたフリをしていた彼女は、こちらに歩み寄りながら事もなげにそう告げます。
「まったく、人騒がせな奴だぜ」
「……無駄足だった」
「いいえ、皆が来てくれなかったら良くて相打ちだったわ。本当に感謝してるのよ」
つんと澄ました顔でペコリと頭を下げた彼女は、次いで私の方を向きました。
「ところでそちらの方はどなたかしら」
「こちらはヤマヒトさん。旅をされていて、僕達が盗賊達と戦ってる時に助けてくれたんです」
「ヤマヒトです、どうぞよろしくお願いします」
「あらご丁寧に。私はタチエナよ。私と私の友人達、合わせて二度も助けてもらって感謝の言葉もないわ。本当にありがとう」
それから、と彼女は言葉を続けます。
背筋が凍るほどに冷淡な声音です。
それと同じくらい冷たい視線で足元を見下ろしています。
「このクズにトドメを刺す機会をくれて、ありがとう」
ボウッ。
突如、炎が発生しました。
「──っ、──っっ!?」
炎に巻かれた頭領が、声にならない叫びを上げます。
多量の血を失い意識も朦朧としていたところに火を放たれ、肉体の限界を超えて苦痛を表現しているのです。
「…………」
これはタチエナさんの持つ《称号》の力です。
当然、火葬してあげているわけではないでしょう。
タチエナさんの瞳に移り込む炎は、彼女の心情そのもののようでもありました。
「…………」
「──っ!、──ァっ!!」
私もヴェルスさん達も彼女に口を挟むことは出来ず、黙って様子を見守っていました。
家に火を着けられた彼女の復讐を見届けるべきか、可哀想だからと止めるべきか、いやここで止める方が却って頭領を苦しめる結果になるのではないか。
そんなことを考えている内に声がしなくなり、それからも二十秒ほど念入りに焼いてから、タチエナさんは炎を消しました。
「ふう、ごめんなさい。見苦しいところを見させてしまって」
それまで固く握っていた拳を緩め、彼女は謝罪します。
相変わらずスンとした表情でしたが、先程までの冷たさはありませんでした。
「構いませんよ。それより早く出ましょうか、外には私の仲間も待たせていますし」
「あら、そうだったの。ならこうしちゃいられないわ、早く戻りましょう」
「ええ」
「……はい」
「……だな」
「…………」
努めて明るい口調で言ったタチエナさんは、軽い足取りで率先して外へと向かいだしました。
その後ろに私が続き、さらに後ろを沈痛な雰囲気のヴェルスさん達が付いてきます。
道すがら、入口の脇に転がしていた見張り四人も回収しました。
「ようやっと終わったか。待ちくたびれたぞ」
「お待たせして申し訳ありません」
捕らえられた盗賊達の傍では、渡した果物をすっかり食べ終えたドリスさんが、暇そうにして待っていました。
「それにしても、入った時より人が増えておらんか?」
不思議そうにするドリスさんにタチエナさんが自己紹介を行い、一同で村へと向かいます。
なお、見張り四人を含む盗賊達と、洞窟内にあった物資等は私が貪縄で運んでいます。
かなりの重量になるため、険しい山道と相まって体幹トレーニングにちょうど良いです。
ドリスさんの気配が魔物除けとなり、その間一度も戦闘はなく。
やがて村に着いた私達は、そこそこの人数の村人に迎えられました。
まず向かって来たのは小さな子供達です。
「ぶじでよかったーっ!」
「ヴェルスおにーちゃんっ、悪い奴ら倒したの!?」
「あのビューって伸びてるのなぁにぃ?」
「コラッ、駄目じゃないか皆、塀の外に出たりしちゃ。魔物に襲われるから早く中に戻って」
ヴェルスさんは自分の周りに集まった子供達を、慣れた様子で村の中へと誘導して行きます。
普段から面倒見がよいのだと一目でわかりました。
村の中では襲撃の後始末も粗方済んでいたようで、見える範囲の皆さんが集まってきます。
「無事だったのか、ヴェル坊!」
「そっちの兄さんと嬢ちゃんは誰だい?」
「と、盗賊を全員捕まえたのか……? すげぇ……」
「一度に話しかけないでくださいっ」
集まった皆さんが質問攻めにしてくるため、堪らずヴェルスさんが叫びます。
彼らの和気藹々とした雰囲気は微笑ましく思えますが、私は盗賊達を抱えている身。
奪い返した物資も置き終わりましたし、村人達への対応は任せて盗賊の引き渡し先を探しましょう。
「失礼、少しよろしいでしょうか」
と言うわけで槍を持っている角刈りの男性に話しかけます。
治安関係の仕事をしていそうだなと思っていたのですが、これが大当たりでした。
「その捕まえてる盗賊のことか?」
「ええ。彼らはどうすべきでしょう」
「そいつらなら取りあえず牢だな。付いて来てくれ」
とんとん拍子で話が進み、村の中を案内されます。
ドリスさんも一緒についてきました。
「ところで、あんたとそっちの女の子は何者なんだ? 村のモンじゃねえだろ?」
道中、男性から質問が投げかけられます。
声に警戒の色は見られず、興味本位で訊ねたといった印象です。
「私達は旅人ですよ。村の掟で伝承の地を目指しているのです」
人里に降りればこういった質問を受けることは想像がつきました。
そのため答えも考えていますし、ドリスさんとの口裏合わせもバッチリです。
彼女は私の隣で「そうじゃそうじゃ」と頷いています。
「伝承の地?」
「ええ。何百という竜の棲む山脈なのですが、ご存知ないでしょうか」
「竜が何百体も!? おっかねぇところだなぁ。てかあんたらは目的地の場所も知らずに旅してんのか?」
「ええ、長い歴史の中で詳しい情報は逸失しておりまして」
そんな話を男性としつつ、やって来たのは小屋くらいの大きさの建物です。
中には四つの牢屋があり、そこへ十数人の盗賊達を収容しました。
男性はどこからか巾着袋を持ってきます。
「これは盗賊捕縛の報奨金だ。ヴェルス達の辞退した分も含まれてるんだから大事に使ってくれよ」
「もちろんです、無駄遣いは致しませんとも」
「……ありがとう、ヤマヒトさん。勢いに負けて行かせちまったが、皆ヴェルス達のことを心配してたんだ。聞いた話じゃ、危ない所を助けてくれたらしいじゃねぇか。本当にありがとうな」
そう言って頭を下げた男性は、照れくさそうに歩き去って行きました。
何だか気恥ずかしいですが、それはさておき。
「私達も動きましょうか。しなくてはならないことがありますし」
「そうじゃな。ワシの故郷の場所について調べねばならん」
「それよりも先にすべきことがありますよ」
「ふむ? それは何じゃ?」
私は一拍の溜めを置いてから言葉を発します。
「ドリスさんの衣服の購入です」