11.弱肉強食★
「カハっ」
「ヴェルス! っ、ぐあッ!」
ヴェルスさんが蹴り飛ばされ、ロンさんの意識がそちらに向いた一瞬を突いて大剣が振るわれました。
すんでのところで槍で防ぎましたが、衝撃で後ろに吹き飛ばされます。
そして、斬撃をまともに受けた槍は真っ二つです。
「ゲハハッ、もう終わりかぁ!? 弱すぎるぜェッ」
「クぅ、それほどの力を持っていながら、ハァ……どうして、盗賊などに……」
頭領の嘲笑が響く中、ヴェルスさん達は肩で息をしながら立ち上がります。
度重なる剣戟で剣を握る手の感覚は失せ、呼吸するごとに肺が締め付けられるように痛むというのに、感嘆するほかない精神力です。
「俺ぁ元は騎士だったんだぜ? 面倒な貴族を殴っちまって今は盗賊だがな。ったく、頭の固い奴だったぜ。無辜の民がどうたらこうたら、一々難癖付けて来やがって。弱者を好きにできるのが強者の特権だってのによ」
余裕の表れでしょう。頭領は満身創痍のヴェルスさん達を追撃せず、律儀に質問に答えています。
弱肉強食が真理である、との彼の言には私も一定の理解を示せました。
そうあるべきとは思いませんが、そうであることは否めません。
それは自然界に身を置いていたが故の心境でもありますし、現在のヴェルスさん達を見ての感想でもあります。
どんなに軽い気持ちでも、強ければ弱者の思いを踏み躙れます。
どんなに仁義に厚くとも、強くなくては何も護れません。
さりとて強さを武力のみと定義している頭領が、私と同意見であるとは言い難いですが。
「ここまでですね。選手交代です」
「っ、俺達はまだっ」
「やめろロン! ハァ、ハァ……すみません、結局、ヤマヒトさんの、ハァ、言った通りになって、しまって……。後はお任せします」
「気にすることはありませんよ。ヴェルスさん達は頭領に敵いませんでしたが、しかしそれは無意味と同義ではありません。負けると分かっていて交戦を許可したのは、隣人を想う心意気を──」
私とヴェルスさん達が入れ替わる間、頭領は邪魔せず見ていました。
入れ替わった後も見守っていてくれたおかげで、ヴェルスさん達に話す時間はたっぷり取れました。
「──というわけで、その志を忘れないでください」
「は、はあ、なるほど?」
「さて頭領さん、長々とお待たせしてしまってすみません」
「いやいや、いいんだぜ。遺言くらいゆっくり語らせてやるよ」
遺言ではなかったのですが、勘違いさせてしまったようで罪悪感が募ります。
「まあ良いでしょう。私から貴方に伝えたいことは一つ。どうか投降してください」
「あ゛ぁ?」
「今ならばまだあなたを殺さずに済みます。しかし抵抗するならば──」
「ブハハハっ、冗談キツイぜ!」
忠告を本気にしてくださりません。
困りましたね。
「冗談ではありませんよ。戦えば最後、貴方はこの凪光の錆となるでしょう」
「良いことを教えてやろう。俺の持つ《ユニークスキル》、《剣聖眼》は相手の《剣術》の高さも分かる。だからテメェがずぶの素人だってこともお見通しな訳よ」
《剣術》、つまり《武術系スキル》の剣バージョンですね。
先程の〈息吹斬〉などが使えるようになる《スキル》です。
通常、武器を振るっていれば修得できるのですが、私は諸事情により一つも持っていません。
「《剣術スキル》だけが全ての指標ではありませんよ」
「《レベル》差があれば勝てるって言いてぇのか?」
「まあ、たしかに私の方が《レベル》は上ですが……」
「ハッ、そんな貧弱な気配でよく言うぜ!」
まだ会話の途中だったのですが、頭領は大剣を構えて駆けて来ます。
「だったらこいつ喰らってみろ!」
「おっと、危ないですね」
斬られる寸前に一歩下がって、背を反らします。
片刃で分厚い、迫力満点の刃が私の目と鼻の先を通り過ぎて行きました。
相手が魔物であれば既に殺していますが、人と獣を同一視するほど耄碌してはおりません。
殺そうとしてきたからと、問答無用で殺したりはしません。
もう少し説得してみたいと思います。
「チッ、速さはまあまあだな。《装備効果》か? その剣がかなりの業物なことは《剣聖眼》で分かってんだぜ」
「たしかに、私の《敏捷性》は《装備品》によって向上しています」
「やっぱりな。ま、どんな名剣もボンクラが持ってちゃ宝の持ち腐れだ。そっちの坊主が使ってたら俺に掠り傷くらいは負わせられたかもしんねぇのにな!」
もし《心象剣》をヴェルスさんに渡していた場合、掠り傷では済まなかったと思います。
使い手によっては、高々三十程度の《レベル》差など覆せるのがこの一振りなのです。
「いずれにせよ貴方が負けるという結果は変わりませんよ。ですので降伏をお勧めします」
「んな訳あるかっ」
首へと振るわれた横薙ぎを屈んで躱しました。
乱暴な動きだったため回避は容易です。
「避けてんじゃねぇ!」
「ではこうしましょう」
大上段からの振り下ろしを凪光で斜めに流します。
チリリッ、と火花が散りました。
二度も攻撃に失敗した頭領は、しかし不屈のハートでめげずに連撃を繰り出します。
「クソがっ、何でっ、当たらねぇっ」
「私の方が強いからかと」
ゆらりゆらりと柳のように揺れながら、連撃を躱して往なして流します。
力も速度も必要ありません。
滑らかな体捌きと剣への慣れ。それさえあれば頭領の粗雑な剣技を凌ぐには充分です。
「舐めんじゃねェっ、テメェ、《レベル》はいくつだっ!?」
「私の《レベル》は九──」
「たったの九だと!? そんな雑魚にっ、《レベル43》のこの俺がっ」
《レベル》に固執するのはどうかと思います。
強さを決める要素は他にも無数にあるのですから。
……さて、もういいでしょう。
充分に力量差は示しましたし、そろそろ終わりにしましょう。
「最終警告です。今ならばまだ投降を受け入れます」
「俺に指図っ、すんじゃねェ! 《破断》起動っ、〈五妖斬〉ッ!!」
「それは残念です」
〈剣術〉により、斬撃が分裂します。
一本の大剣で、五つの斬撃。
それら全てが同時に私を狙います。
「これでっ」
「終わりですね」
姿勢は低く、斜め前へと踏み込み、斬撃三つの軌道から外れます。
同時に凪光を水平に一閃。
私に迫っていた二つの斬撃を斬り捨てます。
〈術技〉で生み出された半透明の斬撃は、凪光の一撃に耐えかねて即座に消滅。
それら二つを裂いてなお、勢い落ちぬ一刀は、微塵も揺らがず弧を描き──
「忍びないですが、致し方ありません」
「ガ、は……っ」
──胴を半分斬り裂きました。
重要臓器を切断された頭領は地に伏せ、もはや立ち上がることはありません。
血の池が広がって行く中心で、ただ、死を待つばかりです。
納刀代わりに凪光の召喚を解除し、そして頭領の意識がある内に誤りを正しておきます。
「最後に一つ、訂正を。私の《レベル》は九十七です」
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人間種―仙人 Lv97
個体名 ヤマヒト
スキル 具心具召喚Lv10 光明Lv-- 自然体Lv7 仙神丹・不還Lv-- ハートアラートLv10 六神通Lv9
称号 心無き者Lv1
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