6話 ターゲットの異変
「……ふぅ、」
現実に戻ってきたことを全身で感じ、安心から疲れが湧き出てくる。どうにも、この力は疲労が少なくない。
この能力は、物語の中であれば基本好きなだけ魔法を連発できるのだが、現実に戻った時に消費された魔力を一気に回収されるため、いくら消費魔力が軽減されていようと疲労が襲ってくるのは明白だろう、
(なんせ、あの箱を展開しているだけでも魔力を使うわけだし、なにより、 あの本の能力を一度使うだけでも、消費魔力は上位魔法を優に超えているしな……)
とはいえ、ここで休むわけにもいかないのだ。箱を展開していた間の時間は現実でも経っているわけで、ここが洞窟だからわからないものの、既に30分はここにいたことになっているだろう。
30分という時間は向こうからすれば大きな猶予となってしまったのは、僕も十分わかっているからこそ一刻も争う行動が強いられる。
「加速!! 」
この魔法は、身体の空気抵抗を減らし、脚力を上昇させることで、高速での移動が可能になる魔法で、下位魔法のため使いやすいのだが、疲労があとでまとめて降りかかるため、できるだけ使いたくはなかったのだ。
(洞窟の音の反響から、もうそろそろ最深部だろうし、ここはフルパワーで走り切ってしまおう)
幸いにも、洞窟は一本道だったので迷わず目的地へと到着して、時間にしても5分かからずだった。
「ふむ」
明らかに、ジメジメとした空間と壁に張り付く虫たちには似合わない黒鉄製の両開きの大扉がそこに存在している。
(けど、この扉後付けには見えないんだよなぁ)
明らかにそこにあるべきではないものなのは脳が信号を出さずともわかるが、そこにあるのは場違い感であって、違和感ではないのだ。まるで、そこにあるのが当たり前で選択を許さず、義務で建っているような、そんな感じを受ける。
「やっぱりこの洞窟、ダンジョン化しているな」
モンスターがやけに強かったり、明らかに外では見ない個体だったり、モンスターが一切出ない部屋があったりとやけに不審な点が多かったが、やっと点と点が繋がった。
ここはダンジョンになっている、それもギルドの連中が知らなかったとなるとかなり最近変化したのだろう。
(たまたま受けたのが僕でよかったな)
このダンジョン、内容だけで言えば下級だが、出てくるモンスターを考えれば中級でもおかしくない。それに下級冒険者じゃわからないようなトラップも道中いくつか見つけたしな。
……そして、一際僕の目を引いたのは、扉の右側に横たわる男の五人組。
始め、奴隷かと思っていたのだが、服装をみるに、
(こいつら、例の奴隷商人の奴らじゃないか?)
そう、こいつらが着ているものは明らかに奴隷のものではない。きちんとした魔物革製のジャケットで、中には指輪を付けている男もいる。しかし、金持ちの人間にしては、随分痩せこけている。
「……魔力欠乏症か」
共鳴で、こいつらの魔力の流れを見てみるが、流れを一切感じない。一般人であればたまたま魔力を持っていない個体かもしれないが、こいつらは奴隷商人である。奴隷商人は奴隷との主従関係を契約魔法で縛るため、まず魔力がないと、奴隷商人にすらなれないのだ。
それに、横に落ちている空の魔法瓶を見る限り、魔力を回復した痕が見られる。こいつらが誰にせよ、まず魔力をもっていたのは確定だろう。
となると、今回の騒動の首謀者は奴隷商人ではない……?何者かが、奴隷と奴隷商人の魔力を使って、何かをしようとしているのだろうか。
ここに来たのは最近だし、地理的なことは何もわからないから、何も推測はできない。
(まぁ、ここに入れば、嫌でもわかるよな)
扉の前に向き直り、目の前に立ち、扉に手をかける。
「くっくっくっ、これはこれは、随分な魔力タンクがきてくれたようだねぇ……」
扉を少し押し込んだナイルの視点の先には、ただ巨大な空間と、その奥にいるであろう強大な何かが、未来を作り替えようとしていた。