呪い
「まず、呪いを解くのに比べて呪いを取り出すというのはかなり難しい作業になります。呪いというのは現象なので物のように扱うことは人間の体では困難です。そこで、今回は“聖なる腕”という魔法を扱います。この力があれば体内にある呪いを掴んで体の外へ取り出すことが出来るのです」
司祭の言葉は分かるような分からないようなものだった。
「ですが一つ問題があります。いくら“聖なる腕”とはいえ他人の体内に魔力で干渉することは難しいことです。そのため、それを行っている人は強い信頼を得ている必要があります。信用していない相手からの干渉であれば無意識に排除してしまうことがありますので」
基本的に人の体は他者からの魔法を拒絶するように出来ている。特に体内にまで干渉するような魔法であれば、よほど信頼している相手から出ないと無意識の拒絶が発動してしまうということだろう。
「司祭様でも難しいのか?」
「もちろん全力を尽くしますし、失敗した場合こちらの魔法が打ち消されるだけでレミリアさんに被害が及ぶことはありません」
アルフの問いに司祭は答える。
が、そこで私は一つの案を思いつく。
「その魔法は司祭様が他の人にかけることは出来る?」
「はい、可能です。私がかけてしまえばかけられた人の魔法の技術はほぼ関係ありません」
「だったらアルフ、あなたに頼んでもいい?」
「僕がか?」
私の言葉にアルフは驚いた顔をする。
確かにアルフは魔法を使うのはからっきしだと言っていた。
ただ魔法の成功に私の気持ちが関係するというのであれば、私はアルフにやって欲しかった。
「僕は魔法に関しては素人だし、君とも出会ったばかりだ」
「魔法は司祭様がかけてくれるから大丈夫。元々アルフは自分の任務があるから学園内では目立たない方が良かったはずなのに、あの時わざわざ私のことを助けてくれたでしょう?」
「それはそうだが……さすがにあそこまでいくと見過ごせなくてな」
私の言葉に彼は照れたように頬をかく。
近衛騎士としての務めよりも私を助けることを優先してくれたことは、いいか悪いかはともかく私にとってすごく嬉しかった。
「そう。そういう人だからこそ信用出来るし、最初の時も私の言葉をきちんと信じてくれた。それにこれから私たちは一緒にシルヴィアと対峙する訳だから絆を深めておきたい」
私が見つめると、アルフはやがて根負けしたように頷く。
「分かった。そこまで言われては断る訳にもいかない。それに、僕の方も君のような女性にそう言ってもらえて嬉しい」
「え?」
そんな風に言われたのは初めてだったので私の方も少し恥ずかしくなってしまう。これまで学園で会った男子はオルクも含めて私の魔法の腕だけを見て近づいて来て、オルクと婚約すれば離れていくような男たちばかりだったのだから。
私は初めて自分のことをちゃんと見てもらったような気がした。
「では始めよう。ミラ、魔力を頼む」
「はい」
「『聖なる腕』よ」
司祭様が呪文を唱えるとアルフの右腕の先に聖なる魔力が集まっていき、魔力で構成された光の腕のようなものが形成されていく。
アルフが腕を持ち上げたり、指を閉じたり開いたりすると聖なる腕の方もそれに連動して動く。
それを見てアルフは驚きながら尋ねる。
「これが聖なる腕か」
「そうです。その腕をレミリアさんの胸にかざしてみせてください」
「分かった」
司祭の言葉に、アルフが私の前に腕を持ってくる。聖なる腕の魔力で私の胸が照らされた。
すると、光に照らされるようにして私の体内に黒い塊が埋まっているのが見える。これがシルヴィアが私にかけた呪いだろうか。その禍々しい気配に思わず背筋に寒気が走る。
アルフや司祭様もそのおぞましい気配に眉をひそめる。
「こんなものがレミリアの中にあったなんて許せん」
「このような呪いを放置しておけばいずれ他の者にも害をなすでしょう。アルフ殿、是非出所を突き止めてください」
「分かった。ここからはもう腕を動かして呪いを取り出すだけでいいのか?」
「はい、その通りでございます」
司祭様が頷くとアルフも決意を固める。
「では行くぞレミリア」
「分かりました」
私が頷くと、ゆっくりと腕が動き私の腕に触れる。
その瞬間、肉体で直接触れたような感覚が一瞬私の中を駆け抜け、続いて肌を異物感が走る。が、それもすぐに慣れてしまい、やがて腕はゆっくりと私の中へ入っていく。そして慣れていくにつれて異物感は温かさに変わっていく。
そんな私の表情を見てアルフは少し心配そうに私に声をかける。
「大丈夫か? 痛くはないか?」
「ありがとう。でも大丈夫、むしろ慣れてくると温かく感じるぐらい」
「そうか、何かあったらいつでも言ってくれ」
そう言ってアルフの腕はゆっくりと私の中を進んでいき、やがて黒い塊を掴む。その瞬間、一瞬だけびりびりという感覚が胸の辺りを走っていき、思わず私は胸元を抑える。
それを見てアルフは一瞬、不安そうな表情になった。
「大丈夫か?」
しかしここでやめる訳にはいかない。
「うん、続けて」
「分かった」
アルフは黒い魔力を掴むとそのままゆっくりと腕を引いていく。
そして魔力が全て体外に出ると、私が感じていた温もりや違和感は全て消えた。が、依然として呪いの効果が続いているせいか、大きく感覚が変わった気はしない。
取り出した黒い魔力をアルフがテーブルに置くと、ことりという音とともにそれは禍々しい黒い光を発する石に変わる。
「おお、成功のようです」
それを見て司祭はほっと息をつく。
「よく頑張ったな、レミリア」
「アルフこそ、ありがとう」
「この塊については一応こちらの箱に入れておいてください。そしていざというときは金槌か何かで強く叩けば割れ、呪いは解けます」
そう言って司祭様はマジックアイテムと思われる箱に魔力の塊をしまってくれる。
「じゃあ私は早速シルヴィアに手紙を書くから」
呪いの証拠は手に入れたものの、シルヴィアがやったという証拠はない。素直に自白してくれればいいのだけど、と思いつつ私は手紙に筆を走らせるのだった。