VSレティシア Ⅴ
「アルフ、あの剣はアルフの剣にしか反応していない!」
魔法で剣を自立起動させるのは難しい。そしてレティシアは私と戦うことに意識と魔力を割いている。ということは剣にかけてある魔法は簡単なルーチンにのっとったものである可能性が高い。
そう思いながらちらちら剣の動きを見ていたが、まず分かったのは剣はアルフがレティシアを攻撃しようとした際に迎撃するだけで、自分から攻撃する訳ではないということだ。
また一度、偶然アルフの体がレティシアに接近した時、剣はアルフが持っている剣に反応したが、アルフの身体には反応しなかった。その時はアルフがそのことに気づかずすぐに距離をとってしまったが、恐らくあの時アルフがレティシアに体当たりしても自動剣は反応しなかっただろう。
分かってしまえばなんですぐに分からなかったんだと思うぐらい単純なことであるが、私の方も戦闘中であったため気づくのが遅くなってしまった。
「ちっ、解除」
私の指摘が当たっていたのか、レティシアは不快そうな表情で私にかけられた魔法を解く。途端に重力が元に戻り、私は頭から真っ逆さまに落ちていく。
せっかくさかさまの感覚に慣れていたのに、また目が回りそうだ。
「ウィンド」
慌てて体勢を立て直そうとするが、その隙にレティシアはアルフに向き直る。魔法の種がばれた以上、さっさとアルフを片付けてしまおうと思ったのだろう。
対するアルフは自分の剣を明後日の方向に放り投げた。自動剣は一斉にアルフが放り投げた剣を勝手に追尾して迎撃し、弾き飛ばす。
レティシアの側に浮いていた自動剣はいなくなり、彼女の防御はがら空きになる。
「喰らえ!」
そんなレティシアにアルフは拳を振り上げた。
「バリア」
すかさずレティシアは防御魔法を展開するが、そこにアルフの拳が触れると、パリン、という気持ちいい音とともにバリアは砕け散る。
それを見てさすがのレティシアも表情を変えた。何人もの魔力を吸った今のレティシアの魔力はすさまじいものがある。そのレティシアの防御魔法を一撃で打ち破ってしまうとは、と私も内心驚く。
そしてそれでもなお勢いが止まらないアルフの拳は、そのままレティシアの肩に命中する。
「きゃああああっ」
レティシアは悲鳴を上げると殴られた勢いで吹き飛ばされ、どさっ、という音とともに部屋の壁に激突する。魔法の技術を極めたレティシアであっても拳の前には無力だった。
激痛に顔をゆがめたレティシアだが、それでも執念でよろよろと立ち上がる。
その表情は殴られた痛みと自慢の魔法を破られた驚きで歪んでいた。
「嘘……何で私の魔法が素手で破られるの?」
「当然だろ? 前回はお前の魔法で近衛騎士の部隊が散々な目に遭わされた。だから今回は近衛騎士が所有する耐魔の装備をほぼ全て僕が借りていたという訳だ。だから今回は他の騎士の増援は呼んでいないって訳だ」
なるほど、確かに人数を呼んでも魅了に引っ掛かるなら邪魔になるだけだ。それなら装備を一人に集めた方が魔術師と戦うには効率的かもしれない。
そして偶然、アルフは自動剣と戦うだけで魔法を受けてはいなかったのでそれが初めて明らかになったのだろう。
その間に私も体勢を立て直すと、レティシアの方へと歩いていく。
が、それでもレティシアは諦めなかった。
私たちを敵意の籠った瞳で睨みつけて言う。
「今の私には複数人から吸った魔力がある。こういうのは好きではないけど、二人まとめて力ずくでねじ伏せてあげるわ。マジック・ストーム」
レティシアが魔法を唱えると、彼女の身体からあふれ出した魔力が嵐のように彼女の周囲に吹き荒れる。
その魔力の濃度はすさまじく、常人であれば触れるだけで吹き飛ばされてしまう威力だ。おそらく彼女は集めた魔力を全て使って最後の一撃を放とうとしているのだろう。避けようにも、魔力の嵐は部屋全体を覆いつくさんばかりの勢いで大きくなっていく。
圧倒的魔力の量で放たれる回避不能の一撃。
もはや小細工は通用せず、力比べを挑むしかない。
「マジック・シールド」
私はすぐに防御魔法を展開する。するとアルフは私の前に立つと両腕を身体の前で交差して防御の態勢をとった。
よく見ると、彼の腕にはいくつもの腕輪がじゃらじゃらと通されている。きっとこれらの腕輪が魔法耐性のある装備なのだろう。騎士団にある装備を全て集めたというだけあって素人目に見ても高価な品がいくつもあった。
すぐにレティシアの元に現れた魔力の嵐が巨大化し、私たち二人をも覆いつくそうとする。
ごうごうという轟音とともにレティシアの体から発された魔力の嵐が防御魔法を何度も打ち、次第に防御魔法は削り取られていく。周囲もがらがらと天井が崩れ落ち、壁にひびが入るのが見える。
私は全ての魔力を防御に注ぐが、レティシアも奪ってきた全ての魔力をマジック・ストームに込めているようだった。互いの魔力の全てを使った攻防が続くが、よそから魔力を奪ってきたレティシアにはさすがに及ばない。
やがて魔力の嵐は私の防御魔法を打ち破り、その勢いでアルフに襲い掛かる。
が、身に着けた装備のおかげか、アルフの身体に傷がつくことはない。周囲の全てを飲み込んでいくような凄まじい攻撃であったが、アルフは微動だにしなかった。
やがて魔力の嵐は唐突に止んだ。
私たちは地下室にいたはずだが、気が付くと頭上には空が広がり、部屋の壁があったはずのところはただの地面になっている。レティシアの魔法は周囲を消し飛ばすほどの威力だったにも関わらず、どうにか防ぎきったらしい。
「嘘……」
それでもなお私たちが無傷で立っているのを見てレティシアの表情が変わる。
その表情は初めて絶望に染まっていた。
もはや魔力は全て使い切ってしまったようで、次の魔法を使う気配もない。
「これで終わりだ」
アルフは胸元から予備の短剣を取り出すと、目にも留まらぬ速さで近づくと、レティシアの首筋を切り裂く。
うっ、という短い悲鳴とともに鮮血がぱっと噴き出し、彼女はその場に倒れた。
アルフの一撃は正確で、的確に彼女の命を奪ったようだった。
それを見て私はようやく安堵する。これでようやくレティシアとの戦いも終わりを迎えることが出来た。
「やっと終わったね」
そんな私の方へ、アルフはゆっくりと歩みよってくる。
「ああ。色々な意味で恐ろしい相手だったな。レミリアもありがとう。あのアドバイスがなければきっと勝てなかった」
「うん。でも、最後はありがとう。私だけの力ではレティシアの攻撃を防ぎきることは出来なかった」
「当然だ。戦場に連れ出してしまった以上君に傷をつけさせる訳にはいかない」
「アルフ……」
私たちがこんな無防備な会話を繰り広げていても、倒れたレティシアはもう何も言わない。本当に彼女は死んでしまったのだ。これでシルヴィアの魔力奪取から始まった一連の事件は終わりを迎えたのだった。