VSレティシア Ⅲ
「まあそういう側面もあるわ。じゃあ一応闇魔術については、どういうものか教えてあげる。私としてはたくさんの人が闇魔術を使えるようになっても構わないし」
言われてみれば現在、闇魔術に関する知識は秘されていて簡単に知ることは出来ない。レティシアの行ってきたことを見ればそれは当然なのだろうが、私もどのようなものなのか知りたいとは思った。それに危ないからどのようなものなのかを秘しておく、というのは個人的には違うと思う。
「基本的に人間は他の生物に比べてたくさんの魔力を持っている。いくら平民は魔力が少ないと言ってもその辺の犬猫とは桁が違う。でも、死ぬとすぐに魔力はなくなってしまう。だから生きた人間というのが魔力の宝庫な訳。私は密かに協力してくれる人を募ったけど、意外とすぐに集まってしまった。だって私の研究が成功すれば彼らも魔力を持つことが出来るようになるかもしれないから。そこで得た魔力で研究を進め、次に私は死体から魔力を抽出する方法を学んだ。それで出来たのが“闇の種子”よ」
「死体から魔力を抽出するなど死者に対する冒涜だ!」
アルフが叫ぶ。その言葉にレティシアはあっさり頷いた。
「そうね。でも、死んだ人より生きている人の方が大事でしょ? それに、生きている平民ですら同じ人間だと思ってない貴族たちが死者への冒涜とか考えている訳ないでしょう?」
「まあそこまでは分かった。でも結局あなたはそれらしい理由を並べて、シルヴィアやリンダの魔力を吸い取って自分のために使っているじゃない!」
私の一番の怒りはそこだった。闇魔術を使ったことについては嫌悪感はあるが、個人的に怒っている訳ではない。私が一番怒っているのはレティシアは結局自分の目的のためにいいように他人を利用したことだ。
「だってあなた方にばれたら闇の種子はどうせ没収される訳でしょう? そんなのもったいないじゃない」
「そんな理由で!」
「私の研究が成功すれば副作用のない闇の種子、言うなれば“魔力の種子”が完成することになる。そうなれば彼女らの犠牲も無駄ではなかったことになるわ」
「それは全部あなたの都合でしょう!」
が、私の指摘にもレティシアは堂々と頷く。
「それはそうよ。でもあの二人、というかそれ以外の複数の人たちも闇の種子を求めた理由は自分の魔力を増やしたかったからというだけ。どちらも自分の都合でこの取引をした。私も多少そそのかしはしたけど、おおむねお互いの自由意志によってなりたった取引よ。私の都合だけではないわ」
「でもあなたは相手に悪い結果が訪れることを予期しながら取引を行った。それは許すことが出来ない!」
目の前の人物が甘い毒を飲もうとしていて、「自由意志だから」とそれを止めないのは間違っている。レティシアのやっていることはそれと大して変わらない。
「まあ元から許してもらえるとは思ってないけど。あーあ、せっかくあと少しで完成したかもしれなかったのに」
「どんなに素晴らしいものでも、他人の犠牲の上に完成させるなんて間違っている!」
「そんなこと言ったら国だって同じだと思うけどね。でもまあ、それなら戦うってことでいいのね?」
当然のことをいちいち確認してくるレティシアに、私は思わず嫌な予感がしてしまう。
「……何でそんな確認をするの? もちろんあなたが大人しくお縄につくというなら話は別だけど」
「そりゃあ、戦うとなればリンダ以外の種子を宿している人々から魔力を抜き取らなければいけなくなるけど、万一あなた方が見逃してくれるならそれはしたくないっていう気持ちがあるからよ」
「!?」
予想していなかった訳ではないが、まさかこんな短期間で複数人に種子を渡していたとは。魔力を抜き取られた人はシルヴィアやリンダのように昏睡状態になってしまう。とはいえここで彼女を見逃しても何かが解決する訳ではない。幸い昏睡状態はしばらくすれば治ると言われている。今ならまだ種子が根を張ってすぐだから後遺症もそんなにないだろう。
私がそこまで考えた時だった。
これまで黙って聞いていたアルフが急に口を開く。
「レティシア、だからといってお前を見逃す理由にはならない。お前の思想がどうであれ、僕は近衛騎士として罪人を捕えなければならない」
「私のことを散々非難しておいて、自分の目的のために他人が犠牲になるのを見過ごす訳?」
相変わらずレティシアは口が回る。が、それでもアルフは動揺することなく毅然と言い放った。
「それについて色々言いたいことはあるが、結論から言うとそうだ。僕は君と取引した人の気持ちや安全より、罪人を捕えることを優先した。そしてレミリアは近衛騎士である僕の命令に従った。それだけだ」
「え?」
急に名前を出されて私は困惑する。
が、すぐに反論した。
「違う、私は私の意志で……」
「違くない。もしかするとレミリアはこいつと話し合って平和的に事態を解決することが出来たかもしれないが、僕が近衛騎士としての任務を遂行するため仕方なく協力しているだけだ」
アルフの口調は静かだが、ゆるぎないものだった。
このままレティシアに戦いを挑めばレティシアは闇の種子の魔力を回収し、さらなる犠牲者が出る。とはいえそれはレティシアを放っておいたからといって解決するものではない。だから戦いを挑むしかないが、そうなれば私は自責の念に苛まれるかもしれない。それを心配したアルフはその決断だけは自分がした、ということを言ってくれたのだろう。
複雑な気遣いに私は感謝した。
「ありがとう、アルフ」
「当然のことを言ったまでだ」
私の言葉にもアルフは涼しい顔をしている。彼はこんな場面でも自分のことを考えてくれている。それが私は嬉しかった。
が、そんな私たちのやりとりを見たレティシアは不快そうに顔をゆがめた。
「ふーん、他人を目の前にしてそんな惚気劇を繰り広げるなんて反吐が出るわ。それならお望み通り、戦ってあげる」