魔法を教える
その日の昼休みのことである。
「あの、私に魔法を教えてくれない!?」
そう言って頼んできたのはミラだった。ミラは神官見習いをしており、私の呪いを解くときはお世話になった。彼女は持っている魔力は多いのだが、授業ではその魔力をうまく魔法に出来ていないようであった。おそらく練習すればうまくなるだろう。
「もちろんいいよ」
「あの、レミリアさん」
そこへもう一人私に声をかけてきた人がいる。例のにぎやか女子リンダだった。
「何?」
「私にも魔法を教えてくれないかな?」
そう言って彼女は両手を合わせる。言われてみればリンダも先ほどの授業では教わった魔法を使うのがあまりうまくいっていなかった。ミラもリンダも魔法の実技の成績はクラスでかなり悪い方だろう。
一年生の時はクラスの人間関係は最悪だったけど、二年生になった以上これからは楽しい学園生活を送りたい。そのためにはエマのように直接私を嫌がらせしてきた人以外にはわだかまりを捨てて接しようと思っていた。中にはこれまで私がいじめられていたせいで声をかけづらかったけど、本当は仲良くする気があった人もいるかもしれない。そう考えればこれは絶好の機会だ。
「うん、いいよ。じゃあ校庭にいこうか」
「ありがとう!」
私が了承するとリンダは無邪気に喜ぶ。
昼休みの校庭は主に球技に興じる男子で埋まっており、そんな彼らを横目で見ながら私たちは校庭の隅っこのあまり人がいないところに行く。
「じゃあまずはミラからね。とりあえず練習のために一番簡単な魔法を使うところを見せて。自分が一番使いやすい魔法でいいよ」
「わ、分かった……『ライト』」
ミラは手をかざすと初歩的な魔法である、灯りをともす魔法を唱える。
するとミラの手の上にぼむっという何かがはじけるような音とともに直径数十センチの大きな光の球が現れる。ある意味凄いのだが、ミラが動揺しているところを見ると意図せざる結果だったのだろう。
「今のってこんなに大きな玉を出そうと思った?」
「いや、ローソクの炎ぐらいのを出したかった」
私の問いにミラは恥ずかしそうに答える。やはりミラは自分の魔力が多すぎてうまくコントロール出来ていないようだ。
「やっぱり授業だとどんどん進んでいって新しい魔法を覚えさせられるでしょ? だからどんどん新しい魔法を覚えないとっていう気持ちになっていくんだけど、ミラの場合はまず簡単な魔法をしっかり使えるようになっていくことが大事だと思う」
「なるほど」
「だからまずは自分が思った通りの灯りをともせるようになるまで『ライト』を練習してみようか」
「ありがとう! 『ライト』」
早速ミラは『ライト』の練習を始める。偉そうに教えてはいるけど、これは私が一人で魔法の練習をしていたときにしていた基礎練習だ。
剣術において派手な技よりも地道な体力づくりが必要なのと同じように、魔法においても基礎的な努力が大事なのだろうが、貴族の間ではなかなか顧みられることはない。学園でも、そういう地味な練習をすると生徒が嫌がるから先生もあまりしないのだろう。
とはいえ、遠回りに見える地道な練習が案外上達の近道だったりする。
「じゃあ次はリンダも、何か使ってみて」
「うん……『ウォーター』」
彼女が唱えると、指先から一滴の水が出現して彼女の水をつたう。こちらも初歩的な魔法だがミラの場合とは違い、リンダはそもそも魔法自体がうまく出来ていない上に、基礎的な魔力自体が少ない。運動で例えると、そもそも体力ない上に走り方のフォームも滅茶苦茶というところだろうか。
とはいえ魔力が少ないことは多少の訓練でどうにかなるものでもない。とりあえず技術的なことをどうにかしようと、私は一年生の時の教科書を見せる。
「リンダは魔法を使うときの詠唱や意識を向けるところが少しずれてるかもしれない。もう一回最初から確認してみようか」
「うん」
一年生の時の、しかも初めの方にやった内容を復習するというのは少し屈辱的であったがそれでもリンダは真面目に頷いた。
その後私はミラが少しずつ上達しているのを確認しつつ、リンダに手取り足取り魔法の使い方を教える。
そして昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
「じゃあ最後に二人とも今日の成果を見せてくれない?」
「うん、『ライト』」
そう言ってミラが魔法を唱えると、しっかりローソク大の光球が指先に出現する。
「すごい、出来るようになってるね」
「ありがとう、レミリアさんの教え方が良かったからだよ」
そう言ってミラは無邪気に喜んでくれる。それを聞いて私もほっとする。
「じゃあ次はリンダ、どう?」
「うん……『ウォーター』」
リンダが唱えると、やはり指先から一滴の水が出現する。
「さ、さっきよりすごい水の量が増えてるよ」
私はそう言って励ますが、リンダの顔は浮かない。
その理由は私にも分かった。そもそも体力のない人は走り方をいくら整えてもそこまで爆発的に走るのが速くなる訳ではない。そもそも平民の中には一滴の水を出すことすら出来ない人も多いからそれを思えばリンダがだめだめという訳ではないのだが、貴族が集まる学園ではどうしても落ちこぼれという意識を持ってしまうのだろう。
そんなリンダに、私はことさらに明るく声をかける。
「じゃあ今日は戻ろうか。また言ってくれればいつでも付き合うから」
「あ、ありがとう」
こうして私たちは教室に戻った。