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めまいの行方 

掲載日:2020/06/07

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うー、まだ頭くらくらする……。

 つぶらやくんは、めまいの経験とかってある? 意識的にぐるぐる回ったとか、そういうのなしで、目が回りそうな感覚を覚えるの。

 僕の周りだと、あまりいないんだよねえ。のぼせてフラフラはあるけれど、普通に生活していて「ぐらり」とくる経験はあまり……とのこと。

 私はそれなりにあるよ。朝起きてくらくら、頭を下げてくらくら、その場で見上げただけでくらくら。うかつに頭を動かせないくらいだ。

 でも、私はまだましな方といえるかも。どうも世の中、さらに厄介なめまいが存在するらしくてね。私の母親が体験したことがあるらしい。

 聞いてみるかい? 将来、自分に来た時のための用心になるかもしれない。



 母が初めてめまいを経験したのは、お風呂だったらしい。

 さっき話したような、のぼせてのめまいじゃない。服を脱ぐ途中、洗面所の鏡を見ていたら「ぐらり」ときたらしい。

 危うく転びそうになるのを、近くの洗濯機によりかかることで防ぐ。足からも力が抜けて、ほとんど機械本体に体重を預ける形になった。

 このとき、母は目を閉じていながらも、その視界の闇の中でぐるぐると回る、白い軌跡を見たらしい。白い糸のみで紡いだかたつむりの殻のようだった。めまいがおさまってくると、その回転も次第に遅くなっていったそうだ。

 やがてめまいがおさまると、回転もぴたりとやんだ。ぱっと目を開けば、そこはいつもの脱衣所。もう一度目を閉じても、同じ光景は浮かんでこなかったらしい。

 気のせいかな? と目の近くを指で押しながら、母は風呂にゆっくり浸かる。湯船に浸かっているとうとうとしてくるときがあるから、それに乗じてもう一度目をつむってみた。

 やはり、同じことは起こらない。布団の中へ潜り込んでも同じだ。そもそも、めまいそのものも感じていないのだから、ないのも当然だったかもしれない。



 次の日から、母はときおりめまいを覚えるようになった。

 あの白いうずまきが、視界にうつる気味の悪いものだ。目を開いていると、本当に戻してしまいそうで、どうしてもまぶたを閉じてしまう。 

 ぐるぐると回る渦の中心と、衰えていく勢いを見ている限りでは、少し気持ちが落ち着きそうな気さえしてきてしまう。けれども、それらを台無しにするのが、渦巻いているときに聞こえてくる音だ。

 最初はあまりに小さく、聞き取ることができなかった。それが回数を重ねるたびに「かちん、かちん」と硬いもの同士がぶつかりあう音が、断続的に聞こえるようになる。

 心なしか、音がその大きさを増すたび、閉じたまぶたの裏が「びくり、びくり」と動くのも感じたとか。寝不足が続いたときに起こる、症状のひとつに似ていたらしい。

 それでも、授業中や移動中にこの手のめまいは襲ってこないのは幸いだった。まるで母自身がある程度落ち着いた状態になるのを、狙い定めているようにも思えたそうだけどね。



 母はこのことを、家族に相談しないままだったらしい。

 これまで健康体で過ごしていたこともあり、何かしらの病気とかが発覚して、お医者さんの世話になることに、強い抵抗があったとか。

 得体がしれないのなら、誰にもしられないまま、ひっそりと解決していった方がいい。

 そう考えて、その日も母はめまいが来ないことを祈りながら、学校から自宅に帰ってきた。


 すると、玄関の戸を開けるとともに、「かちん、かちん」というあの音が響いてきたんだ。母は思わずはっとして、自分の頭に手をやる。

 めまいは来ていない。それに、音の出どころは自分の内側じゃなく、台所からだった。

 乗り込んでみると、祖母がテーブルに腰かけてコーヒーを飲んでいたんだ。カップの横に置いたシュガーポットから、もうひとつ角砂糖を出し、カップの中へ落とし込む。そして、スプーンでよくかき回せる。

 そのとき、スプーンとカップのふちが立てるのが、あの「かちん、かちん」という音だったんだ。

 祖母が母に気づいて「おかえり」と返してくれるけど、母にとってはもう右から左。

 想像する音の正体が、母の脳内でどす黒くよどみ、うごめきだしていたから。



 そうして、その日のお風呂。

 警戒していたはずなのに、またも服を脱いでいる途中でめまいがやってきた。

 これまでよりも、ずっと激しい。洗濯機によりかかる余裕すらなく、母は半ば倒れこむように洗面台に手をかけた。

 目を閉じ、展開される渦の巻き方も普段よりずっと早い。それに合わせて「かちんかちんかちん」とひっきりなしに響く、金属同士の音。

 そしてまぶたの裏のびくつき。あたかも活きのいい魚が、中で跳ね回っているかのような錯覚さえ覚えた。

 

 ――このままだと、まぶたを内側から破られる!

 

 直感した母は、こみ上げる吐き気をこらえながら、ぐっと目を見開いたんだ。

 


 真っ白が、すぐに飛び込んできた。

 本来、見えるはずの鏡が視界に映らなかったんだ。もやがかかっているわけでもないのに。

 でも、それはすぐに視界の下へと流れていく。それだけでなく、顔を伝って洗面台へ、ミルクをたっぷり入れたコーヒーによく似た液体が滑って行ったんだ。

 とっさに顔を離した母だけど、流してしまった分はどうにもならない。そのまま排水口へ向かってまっしぐらだったけど、そのツボのような穴から、いつもとは違う、何かが吸いたてる音が混じったんだ。


 ちゅごご、ちゅごご……。


 音を立てて飲み込まれていく、母から出た液体。それらがすっかりなくなると、明らかに大きなげっぷが出て、音はやんでしまったとか。

 あっけにとられた母が、もう一度顔へ手をやったとき、ついさっきまでよどみなかったはずの液体は、すっかり乾いてしまったとのことだよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです! 読み終わるとそういうことだったのかと思わされました。 まぜまぜすればするほど美味しくなるものだったのでしょうかね。 何かしら彼女の一部が溶け込んだとかじゃないといいの…
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