表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーベナなんていらない  作者: ゆうま
8/15

第7話 約束

生存者:園田、峯、佳賀里、畠中、岸、金井、村田、多岐川、戸羽

死亡者:喜多、小野寺、片瀬

「…下手くそ」

「仕方ない。初めてなんだ」

「嘘だよ。アタシも初めてだから分かんない。言ってみたかっただけ」

「傷付いた。謝って」


正面に来ると妙に真剣な顔で見つめられる


「冗談だよ」


片瀬さんは真剣な表情を崩さない


「話し合い、なにもしないでよ」

「どうすれば片瀬さんが処刑されないか作戦を練るために待っていた」

「自分のことは自分でなんとかする」

「僕じゃ頼りないか。多岐川さんも協力してくれるし、大丈夫だか――んっ」


うわぁぁっ舌!


「…黙って」

「まさかそれを言うためにここに来たの」

「そーだよ。悪い?」


顔が真っ赤

キスが初めてなの、嘘じゃないんだ


「うっさい!」

「なにも言ってない」

「顔見りゃ分かるんだよ。ギャルっぽいのに本当に初めてなんだ。とか思ってた。絶対そう」

「ギャルっぽいとは思わない。僕は片瀬さんのこと、素直で可愛い子だと思う」

「なっ殴られたいのっ?!」

「痛いし嫌だよ」


肩に優しいパンチを食らう


「真面目に返すな、馬鹿」


耳まで赤い

この甘い空気…苦手だ

なにかギャグっぽいことを…駄目だ

陰キャだから持ちネタなんてない

面白いことを言えるセンスがない

空気を変えることに慣れていない

今初めて陽キャを羨ましいと思った


「…学校での僕のあだ名は「まじめがね」だから」

「視力悪いの?」

「両目とも1.5はあるよ。真面目は眼鏡ってイメージがある馬鹿たちがつけた面白くもないあだ名だよ」

「友達のこと悪く言っちゃ駄目じゃん」


寂しそうに視線を逸らして隣に座り直す


「僕に友達はいないよ」

「でもいたことはあるんじゃん」

「どうして」

「対等な人同士の、人の温もりを知ってる。そう思ったから」


身体を傾けて、僕にもたれる

女の子特有のいい匂いがすぐ近くでする


「アタシさ、子供の頃病気で入退院繰り返してて、友達なんていなかった。あるのは親からの過剰な愛と周囲からの同情だけ。窮屈だった」

「分からなくはない。同情ばかりじゃ息もろくに出来ない。そこに愛情があれば、生き辛かっただろうね」

「…ま、そんなとこ」


ここに来るまで片瀬さんはそんな生活をしていたのだろう

だから喜多さんと言い合うことが出来て嬉しかった

ほら、やっぱり可愛い人だ


「戸羽」

「――っ、なに」


弱々しく僕を呼ぶ声

近くに感じる体温と匂い


あのときと、同じ


「ここが本当の屋上なら良かったって思わない?少しだけでもこの悪夢から逃げ出せたような気がするじゃん?」


立ち上がって柵の方へ向かう

高い位置でひとつに結われた髪が風になびく


「…そっちは危ない」

「どうせゲーム以外で死ぬようになんてなってない。危なくなんかないって。それに柵の近くが危ないとか小学生じゃん」

「駄目。行かないで」


後ろから抱き付いて止める


「なっ…戸羽、調子に乗るな!」

「行っちゃ嫌だ。行かないで」

「――じゃあ一緒に行く?」


僕が回していた腕をほどくと横に並んで手を繋いだ

繋いだ手が震えている

どうして片瀬さんが震えているのかと思った

でも違った

震えているのは僕の方だった


「屋上が嫌いならなんでずっといるの」

「良い思い出も悪い思い出もない。あるのは後悔だけ。嫌いなわけじゃない」

「ふーん。アタシにはよく分かんない」


歩き出した片瀬さんに引っ張られて柵の手前まで来てしまう


「女は上書き保存。男はフォルダで保存。聞いたことあるでしょ」

「上書きするものがない」

「あるじゃん、ここに」


片瀬さんの手が僕の頬を包む

なにが起きるか分かった

拒否しなかったのは、僕が望んでいたからかもしれない


互いに見つめ合ったまま唇を重ねた

息遣い、リップ音、舌が絡む音、時々漏れる片瀬さんの声

すごく近くに聞こえる


唇が離れても距離は変わらない


「アタシだって最期の思い出にしたくない」

「うん」

「でもそれ以上に戸羽を危険な目に合わせたくない」

「…分かった」


真っ直ぐそう言える片瀬さんを強いと思った

でも、彼女もそうだった

実際2人は強く抱きしめればボロボロに崩れてしまいそうなほど、弱く儚いのだろう


「本当はこんなつもりじゃなかったんだけど」

「どんなつもりだったの」

「戸羽がなんとかしようとしてるのは勝とうとしてるからだと思ってた。それなら多分、朝言った通りの方が早いじゃん」

「だからって片瀬さんが死ぬのは間違っている」

「間違ってんのは「ここ」じゃん。あと、人のために行動出来るヤツが死ぬこと」


喜多さんと言い争っていたとき登場した「アイツ」のこともあるのだろう


「なんもすんなって言ったら戻るつもりだった。だけど、そうじゃないって分かったから。戸羽が思ったより優しいから」


僕がもっと利己的だったら片瀬さんは潔く死んだの

僕にもっと力があったら片瀬さんは僕を頼ってくれたの


「戸羽。どれだけ戸羽の口が上手くてもアタシは戸羽を頼らない」


片瀬さんの決意を固めた笑顔は、とても綺麗

真っ直ぐ僕を見つめる瞳には、ぬぼーっとした顔の僕が映っている

あのとき彼女も同じようなことを言った


もし戸羽がカースト上位でも、私は戸羽を頼らない


彼女は僕ではなく空を見て、決意と不安を混ぜたような表情をしていた

あのとき彼女はなにを決意したのだろう

聞いていたら、気付いていたら、なにか変わったのだろうか


「…ゲーム、これで終わりだと良いね」

「うん」

「2人とも生きて出られたらさ、デートしよ」

「うん」

「アタシ東京行ってみたいんだ。戸羽は?」

「案内する」

「マジ?約束だからね」







ベッドに顔を埋めて大きな声で泣いた

こんなに泣くのは初めてだと、冷静に考えている自分もいる


偶然出会った、互いになにも知らない女の子

彼女のときには全く出なかった涙

それが今は次から次へと溢れてくる


後悔が支配する

果たされない約束が頭を巡る

笑顔が脳裏から離れない


どうしていつも守れないのだろう

家族も、彼女も、片瀬さんも

「ここ」は全然分かっていない

僕は復讐なんてしたくない

もう失いたくないだけ


なんで第1回戦の「名前当てゲーム」が彼女をいじめていたクラスメイトばかりだったんだ

互いを責めたって、罪を悔いたって、彼女は帰らない


なんで「名前当てゲーム」をひとりで生き残ったときの報酬が「戸羽一家強盗殺人事件」の犯人の居場所なんだ

僕はそんなこと知りたくない


それとも愚かな僕たちに裁きでも与えているつもりなのだろうか

罪のない人間はいないってよく言うから、きっとそうなんだ

そう、僕らは罪人

10円の駄菓子を盗んでも、5人殺しても、罪は罪で、犯罪は犯罪で、罪人は罪人


僕らは罪人





                     ***





ドアをノックする音で目が覚めた

泣き疲れたのか、いつの間にか寝ていたらしい

ベッドの脇に座ったままだ


時計は8時15分を指している

僕と昨日襲撃された人以外は広間に集合しているだろう


「多岐川さんですか」

「金井です」

「広間に集合だね。ごめん、遅れて。準備したらすぐ行く」

「大丈夫ですか」


いつも進んで発言をしなかった僕が明らかに片瀬さんを庇っていたからだろう


「なにかのアレルギーで目が腫れいてるから驚かれるかもしれない」

「…そう言っておきます」

「ありがとう」

「それと…来ても取り乱さないで下さい」

「どういう意味」


返事はなかった

言うだけ言って広間に戻ったのだろう

不安が煽る

身支度をそこそこに、急いで広間に向かった


「ほ、本当だ…。すごく腫れてます。だ、大丈夫ですか…」


そういうことか…

金井さんは峯さんが屋上に行ったことを村田さんから聞いて知っていた

だからあんなことを言ったんだ


「大丈夫です。それより」


僕が村田さんを見ると、村田さんに視線が集まる


「これはどういうこと」


人が座っている椅子は6つ

僕が座れば7つになる

でも、それじゃおかしい


だってそうじゃないか

昨日の処刑が終わった時点での生存者は9人

今いるのは8人じゃないとおかしい


「どうして空席が2つ増えてるの」

生存者:岸、金井、村田、戸羽、他3名

死亡者:喜多、小野寺、片瀬、他2名

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ