第4話 タイトルの意味
生存者:園田、峯、佳賀里、畠中、岸、金井、村田、多岐川、片瀬、戸羽
死亡者:喜多、小野寺
「良い風ですね」
急に聞こえた声に驚いて目の上に乗せていた腕をどけて起き上がる
「ずっと屋内だと思っていました。やっと外の景色が見られて…少し懐かしいです」
風に綺麗な長い黒髪がなびく
金井さんは柵に肘をついて偽物の空を眺めていた
「ここは屋内だよ」
笑っていないからなのか、彼女と風貌が似ていないからなのか、似た光景でも自然に話すことが出来た
「でも空がありますよ。…あ、あの辺りにある雲たち、さっきも見ました」
「そういうこと。風も一定の間隔で吹いているから人工的なものだよ」
「不思議です。ここに来る前はこうして空を見上げる余裕なんてありませんでした。本物よりも綺麗かもしれません」
「本物か偽物か分からなかったら、それは本物と呼んでも良いと思う。だからこれは僕にとって偽物でも金井さんにとっては本物だよ」
「素敵です」
無表情で言われても、そう思っているようには思えない
ただ、返しが彼女と似ている
段々心がざわつき始める
「金井さ――」
「戸羽さんを呼びに来ました」
「…どうして」
「食堂が閉まってしまいます。12時から13時までの1時間しか開いていないんです。ここでは昼食しか出ないようですから、食べないと明日のお昼までなにも食べられません」
「食堂なんてあったんだ」
「村田さんが見つけました。話しが聞きたいところですが、食堂が閉まってしまうので一先ず行きましょう」
見つけたのは僕と話した後だったんだろう
声をかけに行き辛いから行ってほしいとでも言われた
それでなにがあったのか聞きたい
「広間で待っています」
言うと早々にドアを開けて行ってしまう
一緒に行った方が早いと思う
なんの意味があって別行動なんだろう
すぐに追いつけると思ってドアを開けて階段を覗いた
「…誰もいない」
5階くらいの高さはある
それをこの短時間で降りるのは無理だ
なにか仕掛けがあるらしい
下まで降りて、ここに来た辺りの壁をペタペタと触る
来たときと同じように壁が回って戻れるのだと思ったからだ
だけど一向にその気配はない
諦めて周囲を見回すと扉があった
来たときにはなかった気がするけど、ここから出るか…
ドアノブをひねり、押す
開けた先に広がっている風景は、トイレ
「…は???」
出た場所には取っ手がなく、押してもなにも起こらない
どうやら入るときも出るときも一歩通行らしい
広間に行くと金井さんは既にいた
寄りかかっている壁の近くに入り口があるのだろう
「これです」
防火扉についているような取っ手がある
村田さんはこれに気付いたのか、すごいな
部屋には大きなテーブルがひとつあるだけ
そして、そのテーブルの上には2つのフードカバーがある
「時間内でも食べると入れなくなります。と書いてあります」
「そうなんだ。2人と一緒に食べたかっただろうに、ありがとう」
「いいえ」
壁にこの部屋のルールが書いてある紙が貼ってある
さっき聞いたこと以外は「1人1皿」と書いてあるだけ
「村田さんのことだけど」
「…………」
音のした方を見るとフードカバーをとってカレーを食べている
頬を膨らませて咀嚼している姿は意外で、可愛らしくて、思わず笑ってしまった
「話すのは後にしよう。気にしないで食べて。僕も食べるよ」
一度大きく頷くと置いていたスプーンを持ち直した
「いただきます」
カレーは「名前当てゲーム」のせいで嫌いになった
ホテルの備蓄倉庫にあるものを食べていたから缶詰とかレトルト食品ばかりだった
一番多かったのはカレー
正直見たくもないけど、そう言っていられる状況ではない
黙ったまま食事を終えると金井さんは手を合わせて小さくお辞儀をした
だから食べ始めたときも気付かなかったんだ
「ごちそうさまでした。食べたら出た方が良いの」
「書いてないので大丈夫だと思います」
「折角椅子があるし、ここで話そう」
「はい」
とは言っても、改まってするような話しではない
「僕の顔色が悪かったらしくて心配してくれたんだ。でも手を払ってしまって」
「それだけですか」
「そうだよ」
「そうですか」
一度小さく頷くと真っ直ぐ僕の目を見る
「佳賀里さんのことは気付きましたか」
「園田さんと目が合っていたことなら」
「それです。慌てた様子だったと思うんです」
「相談の出来ない狂人か妖狐が出遅れたことに気付いて慌てたのかもしれないし、本当に処刑されるって思って慌てたのかもしれない。現状ではなんとも言えないよ」
村田さんのことは口実なんだ
なんでも利用出来るのか
それもそうか
そうでなくては生き残れない
「私もそう思います」
だったらなにが言いたい
なにがしたい
「戸羽さんを信じてひとつ話しをさせてもらえませんか」
「断る」
「どうしてですか」
本当は分かっているくせに
僕がなんと返すかで試しているのか
「僕を信頼出来る要素なんてない」
「喜多さんと片瀬さんの言い争いを収めようとして、どちらにも投票しませんでした」
「あれは話しの流れ。なにを言われても聞く気はない」
立ち上がってドアノブを握る
言っていないことがあることを思い出して振り返る
「食堂、教えてくれてありがとう」
返事を聞かずにドアを閉めた
屋上のときとは違って、僕がいるのは広間だ
金井さんは結局なにがしたかったんだろう
…思い出すだけで気分が悪くなりそうだ
風に当たりに行こう
人工的なものだけど、ないよりは良い
ドアを開けると、峯さんがいた
柵に身体を預けて偽物の空を見ている
視界の端で動くものを認識したのか、こっちを向く
そして、笑顔になる
「戸羽さん、こんにちは」
「…こんにちは」
ずっと同じ建物にいたはずなのに、なんだか変な感じ
「戸羽さんだったんですね」
「なにがですか」
「村田さんに屋上があるって聞いたんです。人がいるかもしれないけど、話せば良いことがあるはずだって言われました」
「…どんな反応が正しいですか」
良い事…
心配してくれたのに手を振り払ったんだから、むしろ不愉快にさせたと思う
でもそう認識していないのだとしたら、可能性はひとつしかない
「それが正しいと思います。でも、村田さんはどうしてそんなことを言ったんでしょう」
「…ひとつ心当たりがあるとすれば、役職を少しは信じるって言ったことですかね」
「そうだったんですね」
嬉しそう
意味が分からない
「峯さんは役職を自称していないのに、おかしな人です」
「自分では気付いてないと思いますけど、ずっと冷めた目で見てたんですよ。それが信じてるなんて、嬉しかったんだと思います」
誰かと対話しているときの自分を見ることなんてまずない
―――でも、そういえば
もう少し表情を柔らかくと言われたことがあったな
「だからって峯さんにそんな曖昧なこと。意味が分かりません」
「そうでしょうか。嬉しいことは共有したいものだと思いませんか」
「そう聞きます」
きっと彼女もそうだったのだろう
家や教室であった面白いこと、嬉しいこと、楽しいこと
それらに僕は一度だって笑ったことはあっただろうか
彼女のために怒ったことは、悲しんだことは、あっただろうか
「…俺、本当はタイトルの意味分かってるんです」
僕の近くまで来ると正面に座った
立ったままだった僕もその場に座った
「少し詳しいらしい園田さんが知らないフリをしていましたし、なにより目立ちたくなかったんです」
園田さんが知らないフリをしていたからって何故
やはり「アケルナーの向こう側」の3人の関係は歪だ
「それに「川の果ての向こう側」なんて、意味が分かりませんでした。でも、分かった気がします」
僕を見て笑う
「自分で見つけなくちゃいけないんですね、終着点とそこにあるものを」
「―――なにが、あったら良いと思いますか」
「大切な人の笑顔です。俺の大切な人はレストランの…あ、俺フレンチレストランで働いてるんです。俺の大切な人は、お客様とお客様の大切な人です。今度招待します」
「愛の告白みたいです」
「近いかもしれません。あ、でも俺は皿洗いとかで、招待したって意味のない立場ですから。だから俺が――戸羽さん?」
峯さんの手はざらざらしている
あかぎれもある
「腕のあるシェフの料理でも、汚い皿に乗ってきたら食べません。だから、誇りを持って招待しても良いと思います」
「ありがとうございます。やっぱり、良いことありました」
「自分で言っておいてなんですが、誰にでも言えるテンプレートな言葉だと思います」
「言われて嬉しい相手とそうでない相手がいます。俺は戸羽さんにそう言ってもらえて嬉しいです」
―――彼女もそうだったのだろうか
―――――
タイトルの意味を言う←選択
彼女について少し話す
―――――
「…「永久不変は叶わない」」
風の吹く向きが、変わった
生存者:園田、峯、佳賀里、畠中、岸、金井、村田、多岐川、片瀬、戸羽
死亡者:喜多、小野寺