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第1話

 好きなものを好きって言える環境は恵まれている。


 好きなのに「好き」って言えないのはストレスが溜まる。


 前世の私が置かれた環境は、後者であった。


 私の親は厳しく、見られるテレビ番組はニュースだけ。バラエティーや歌番組なんか夢のまた夢。勉強しなさいが口癖だった。

 私が自由に行けるのは本屋だけ。そこで、たまたま見つけたアイドルの専門雑誌に釘付けになった。表紙を飾っていたアイドルの一人に一目惚れしたのだ。

 そこからは親の目を盗んで、そのアイドルが載っている雑誌を買い漁った。雑誌は参考書の裏に隠した。こっそり、そのアイドルが出演していた映画も見に行った。初めて見る、動いてしゃべっている彼に感動した。それだけで幸せだった。


 そんなある日。


「貴女、こんな雑誌を買っていたのね!?」


 母に隠していた雑誌が見つかった。口論になり、家を飛び出した私は車に轢かれて死んだ。


 これが前世の私について覚えていることの全てだ。だから、今の私、熊沢ヒカリは、好きなものを遠慮なく好きと言おうと決めた。それは、テレビでアイドルが歌っているのを見た瞬間に前世を思い出した3才の時の事であった。


「ヒカリちゃんは、ませてるわね」

 

 子供向けのアニメよりアイドルが好きと公言した時の、今世の母の台詞だ。よし、行けると思った。その年のクリスマスにアイドルの写真集をお願いしたら買ってくれた。私のアイドル好きライフは幸先良く始まった。


 小学生になるとアイドル好きの友達が増えた。私は二度目のスクールライフを楽しんでいた。


 中学生になり、私は衝撃を受けた。なんと、クラスにアイドルの様にカッコいい男の子が居たのである。


 彼は、東雲ワタル君という名だった。前世の陰キャな私では考えられなかったが、私は数人の友人と一緒に、彼の取り巻きとなったのだった。休み時間の度に彼の元に向かい、一緒に下校する。家庭科で作ったクッキーを渡す。カラオケに誘われたら天にも昇る心地だった。


「東雲君って本当にカッコいいよね」

「うん。モデルとかなれるよね」

「スカウトとかされないの?」


 他の取り巻き達と一緒に彼を褒めそやす。そんな中学生生活だった。


 もちろん、高校受験も頑張った。前世の知識があっても受験って難しい。でも、東雲君と同じ高校に行くために頑張った。他の取り巻きの子達も頑張っていた。彼と同じ塾に通った甲斐もあって、一緒に合格できた。


 そして、高校一年生になった。東雲君と同じクラスになれた。


 東雲君の格好良さは、すでに高校でも知れ渡っていて、一年生のクラスをわざわざ見に来る上級生のお姉さま方も居るほどだった。私はそれを誇らしく思っていた。


 私の生活は変わらない。休み時間の度に東雲君の傍で彼を褒め、帰り道でも褒め称える。家でも東雲君の格好良さを語る。ずっと変わらないと思っていた。


 ゴールデンウィーク明けのことである。その情報を持ってきたのは、同じ取り巻きである犬飼ミサトであった。


「ねぇ、東雲君知ってる?今日、転校生が来るんだって」

「へえ、変な時期だね」

「なんでも、海外から帰国した関係で、こんな時期になったらしいよ」

「男?女?」

「ごめん。そこまでは・・・」


 朝のベルが鳴った。話を切り上げて席に着く。担任が入ってくる。


「すでに知ってる奴も居るみたいだが、転校生が来た。入ってこい」


 その瞬間をなんと言い表せばいいのか。少なくともクラスの全員が息をのんだ。東雲君を見慣れている私ですら衝撃を受けた。


 彼は格好良いという言葉では言い表せない。そう、美術館に飾られている彫刻級の美しさだった。


「ドイツから来た北条レオン君だ。自己紹介を」

「北条レオンです。よろしく」


 声まで良いとか・・・。クラス中が呆然とする中、先生が咳払いをした。我に返った数人が拍手する。つられて拍手が広がった。女子はもう北条君から目を離せない。私は東雲君が気になった。ちらりと様子を伺う。少し不機嫌そうだった。


 休み時間になると、ほとんどの女子が北条君に群がって質問攻めにしていた。例外は東雲君の取り巻きである私とミサトである。もう一人の取り巻きである鹿野メグミは別のクラスだ。


「転校生、男子だったね」

「うん。すごい人垣・・・」


 東雲君は不機嫌オーラ全開で、近寄れず二人で話す。彼の機嫌が帰りまでに治ると良いのだけど・・・。


 放課後、東雲君はまだ不機嫌で、さっさと帰ってしまった。それを慌てて追いかける私とミサト。しかし、下駄箱で私は忘れものに気が付いた。


「ミサト、先に行ってて」

「了解」


 クラスに戻り、忘れ物をカバンに入れて下駄箱に戻る。


 そこに北条君が居た。やっぱり美形だな~とは思ったが、東雲君が優先だ。


「北条君、明日ね」


 そう言って、横を通り過ぎようとした時、腕を掴まれた。


「ねぇ、熊ちゃんだよね?」

「え?」

「熊ちゃんでしょ?覚えてない?」


 私を熊ちゃんと呼ぶ人間は今まで居なかった。


「ごめんなさい。どこかで会ったっけ?」

「やっぱり、覚えてないか」


 いやいや、君みたいな美形を忘れる私じゃ無いけどね。


「ごめん北条君。私、急いでて・・・」

「ねぇ、熊ちゃん。東雲君の取り巻きなんてやめて、僕の取り巻きになってよ」


 私の頭の中は真っ白になった。

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