chapter2_4対立
ここはどこ?
周囲を見渡すが一面の闇で何もない。
夢?
「君はどうしたい?」
「!?誰?ここは、私の夢じゃないの?」
声が聞こえる。しかし周囲の状況に変化はない。
「君は、覚悟はある?」
「なんの?」
「誰かを不幸せにしてでも、手に入れる覚悟はある?」
「.......あなたも何か知ってるの?」
「覚悟があるなら、自ずと分かるよ」
「教えて!私はいったい何なの?」
「私が何者か思い出すことで不幸になるってどういうこと?」
「ヨゾラが言っていたことと関係あるの?」
「ナギは、ナギは」
ナギはどうして思い出してほしくないの?
「まだ材料が足りないようだね」
声がだんだん聞こえなくなる。
「待って!何も解決してない!分からない!私は私を思い出しちゃ駄目なの?そもそも私は思い出せるの!?」
「それは全て君次第さ。私は君の意志を最大限尊重しよう」
声は聞こえなくなった。
あなたは誰?
「あなたは誰!.......ってあれ?」
窓から朝日が差し込む。
何回か瞬きするが、まごうことなくここは私たちの家だ。
居間で待っていたまま気がついたら机で寝てしまっていたらしい。
あのあと、一人取り残され、やれることも無いので二人の言うとおり家で2人を待っていることにした。
早く帰ってきますように、と祈りも虚しくそのまま2人は帰ってこなかった。
「.......夢だったのか、でも」
夢とは普通会話は成立しない。
しかも、あの声は私の知らないことを知っているようだ。
こんなことがあり得るのだろうか?
「.......はないからな」
自分ではない誰かの声が外から聞こえる。
「? また声だけ.......なわけないか」
音の方向を確かめると玄関前で誰かが口論しているようだ。
そっと扉に近づき、耳をすませるとどうやら声の主はナギとヨゾラのようだ。
「昨日何を話してた」
「アンタには関係ない」
「関係ある!約束が違う。また閉じ込められたいのか?」
「声がでかい。冷静になれよ、シグレが目を覚ますだろう?」
「それにしても約束ねぇ、なあ。アンタは本当にこの状況で満足してるのか?」
私が起きていることに気づいていないヨゾラは、私を気遣いつつ、ナギに問いを投げかけた。
「お前に何が分かる.......っ」
「!」
昨日も思っていたが、ナギはヨゾラと話すときはいつもと口調が.......というか雰囲気が違う。
「わかんねーよ。何もな。お前はそうやっていつも何でも一人で抱え込んでこっちに助けを求めようともしない」
二人の関係は、何なんだろう。
昔からの知り合いなんだろうか?
「アンタはこのままでいいのかよ。シグレが、何にも思い出さないままで」
!!
「黙れ」
「確かに俺は俺のためにアイツには全部思い出してほしい。でもそれだけじゃない。俺以外にも本当は思い出してほしいやつがいるだろうよ」
「うるさい!それ以上言うなら」
「言うなら?」
「.......分かっているよ。ただの問題の先延ばしだってことくらいは」
二人の会話で確信した。
私の記憶喪失について、二人とも何かを知っている。
だがその何かとは何?
「だったら!」
「それでも、俺は、.......るわけにはいかないんだ。たとえ、あの子に恨まれたとしても、俺は」
ナギの声が小さくなる。大事なところなのに聞こえない。
もっと耳に神経を集中させ、自然とドアに体重がかかる。
ぎいっ。
「「!?」」
しまった。話に夢中で玄関の扉が立て付けが悪くてすぐ開くのを忘れてた。
「あー.......あはは。なんだかいつもより早く目が覚めちゃって.......。えーと」
2人の視線が痛い。
「ご、ごめんなさい!盗み聞きするつもりはなかったんだけど、会話に入るタイミングが分からなくて」
「.......」
「どこまで聞いてた?」
黙るナギと訊ねるヨゾラ。
「.......昨日の話したことについてナギがヨゾラに聞いてたところらへん」
「ほぼ全部じゃねぇかよ」
「.......聞かれたくないことを家の前で話す方も悪い、と思う」
「その通りだな、反論の余地なし」
もっと怒られるかと思ったが、意外とあっさりと引き下がってくれた。
「っつーことで、話はここまで、の方がアンタには都合がいいんだろう?」
「.......分かってるならわざわざ言うな」
「.......チッ、相変わらず態度が悪いな」
「アンタがその気ならこっちも考えがある」
そう言ってヨゾラは私を近くに引き寄せた。
「ヨゾラ?」
「俺はこいつの記憶を取り戻したい。ただしこいつが望んだら、の場合だが」
「もしこいつが記憶は無くていい、今の状況で満足するというのなら俺は諦める。お前の言うことも全部聞いてやるさ」
「その代わりこいつが自分の意志で思い出したいというのならナギ、アンタにも邪魔はさせない」
「あとはただ待っているだけなのは癪だから俺はシグレが記憶を取り戻したいと思うように説得する」
「ただし、聞かれない限り俺の口からは過去のことは一切伝えない。これでどうだ?」
ナギを見つめ、ヨゾラは宣言した。
「.......シグレが今の生活を望んだら、お前は、本当に何もしないんだな」
地面を向いたまま、静かに一言そう呟いた。
「ああ、何もしない。可能ならこの島からも出ていく。悪くはない取引だと思うがな」
沈黙の後、何かを決心したように顔を上げ、ヨゾラをにらむ。
「.......分かった。ただし今度はお前から言い出したんだ。次はないからな」
「いなくなっちゃうの?」
「アンタがそう願えばな」
少し困ったようにヨゾラが笑いかける。
私が思い出したくないと願ったら.......。
「もう一つ追加だ。期限が次の満月が来る前日までに説得できなかったら、その日のうちに島を出て行け、話は付けておく」
「そうだな、それがいい」
「次の満月ってえーと今は.......駄目だこの島暦っていう概念がないからぱっと分からない.......」
「今日が半月だから、あと7日間ってところだな」
「7日間!あっという間だよ」
「アンタが今日にでも意思を表明してくれれば解決するんだがな」
「うっ.......」
自分のことだというのをすっかり忘れていた。
「まあ、まだ時間はあるからな、ゆっくり考えることだ。」
「.......二つ、いや三つ2人に質問があるんだけど」
「俺は別に何でも答えられるが、あまりフェアじゃないからな、回答はナギ、基本的にアンタに任せるよ」
「.......どうぞ、答えられることがあれば、になりますが」
「ありがとう。1つ目、2人は、というか私たちは記憶がなくなる前から知り合いなの?」
「.......秘密です」
「だそうだ」
「教える気、あるの?」
「ですから言ったでしょう。答えられることがあれば、答えます」
「むむむ」
秘密、ということは2人(もしくは3人)の関係性は私の記憶とナギの行動に関連しているという風にとっていいだろう。
「二つ目、これはヨゾラに。記憶を取り戻したいのか、っていうけど、私が取り戻したいって思ったとして簡単に記憶が元に戻るの?だって1年生活しても何も思い出せなかったんだよ」
「あー、正直そこは分からん。昨日も言ったが俺もいまいち掴めてない」
「何なのさ!もう!」
「カリカリすんなよ、でもまあ」
「思い出せるかどうかは知らないが、思い出さないままでいることができることは知ってる」
「え?それは、どういう」
「回答は私に任せるのではなかったのですか?」
「審判からジャッジが入ったからヒントはここまでだ」
「ますます訳が分からないよ.......」
思い出さないままでいることができる?
そんなことがあるのか?
知れば知るほど謎が増していく様な気がするのは、気のせいじゃないよね?
「最後は2人というかナギにだけど、どうして私に思い出してほしくないの?何か都合の悪いことがあるの?」
「.......」
「秘密でも何でもいいが、せめて答えてやれよ」
「分かってます。.......都合が悪い、そうですね。そうとも言えますね。」
「私の考えを述べると、『思い出そうとしない方があなたのため』という感じですかね」
「私のため?」
「話はここまでです。朝食の準備をしますので、その間にでもシグレは仕事の準備をした方がいいと思います。ヨゾラは今日は私についてきなさい。これは妨害ではなく、何かあったら遅いですから」
「はいはい。仰せのままに」
いつものように喧嘩になるかと思ったら今日は素直に従うようだ。
「え?え?もうそんな時間?というか何にも解決してないよ?」
「私の口からはこれ以上何も言うことはありません。それではまた後ほど」
疑問だらけで困惑している私を置いて、2人は家の中に入っていった。
「えええ.......」
どうやらあと1週間で、私は大きな決断をしなければならないようだ。
「あ」
そういえば、あの変な夢のことを2人に聞きそびれてしまった。
「あれはいったい何だったんだろう.......」