chapter2_1説得
夕食後
「「ごちそうさまでした」!」
日が暮れた頃にナギが帰ってきた。
「いやーナギの料理はいつも美味しいなあ、この環境でどうやってこんなにナイスな食事を錬成するのか全く分からないよ」
色々あって昼ごはんを食べ損ねてたことを抜きにしてもナギの料理は絶品である。
「お褒めにあずかり光栄です。シグレはいつも美味しそうに食べてくれるので、こちらもつくる甲斐があります」
そう言ってナギは微笑む。
「いつお嫁に呼ばれてもお父さんは安心だよ!」
「そこはお母さんですら無いんですね.......」
「細かいことは気にしない気にしない☆」
たわいのない会話。
いつもと何も変わらない。
.......ちょっと怖いくらいに。
おなかも満たされて、大変満足したところで、意を決して、早速本題を切り出すことにした。
「ナギ、聞きたいことがあるの」
ナギは洗い物を終えてこちらに声に振り向く。
「なんですか?急に改まって」
すぐには答えず、席に座るように促す。
ナギが座ったのを確認したところで、一旦呼吸をする。
ぽつりと一言、彼に告げる。
「ナギ、診療所の地下室にいるあの人は誰?」
沈黙。
もっと驚くかと思ったけど、ナギは笑みを崩さない。
「なんのことですか、としらばっくれるのは無理そうですね。誰、ということはシグレはあの男と会ったのですね」
微笑んだまま、感情の読めない声で返される。
「驚かないのね、あと、怒らないのね」
「どうして?ああ、勝手に地下室に入ったことですか?うーん確かに怒るところなんでしょうか。でもバレてしまったのならあまり意味が無いですしね。どんなことをあれが言ったのかは気になりますが」
とても冷静だ。
人間1人を、いつからかは分からないが同居人に隠して監禁していたというのに、それがバレてしまったというのに。
バレるのは想定内だったのだろうか。
どちらかと言うと、ここに戻ってくる前に既に心の準備が出来ていた、という方が正しいような気もする。
荒らした訳では無いが、特にバレないように完璧に侵入の痕跡を隠したわけでもなかったから。
益々分からない。
ナギという人物が、分からない。
下手に手を打つより、さっさと切り札を出した方が早そうだ。
「ヨゾラから伝言です」
「ヨゾラ?あの男がそう名乗ったのですか?」
ナギが訝しげに尋ねる。
そう言えば勝手に付けた名前だった。
「ううん。名乗ってもらえなかったから、好きに呼べっていうから私が勝手に呼んでるだけ」
「.........」
なぜか少し、悲しそうな、複雑な気持ちを抱えているように見えたのは、気の所為だろうか。
「えーと、ヨゾラから伝言です。「余計なことをされたくなければ俺をここから出せ」だそうです」
私的には切り札だったのだが、相変わらず何を考えてるのか分からない。
思案顔で私の伝言を聞いていた。
「余計なこと、ね。一体何を企んでるんでしょうか。さっぱり検討も付かないです。それを聞いて、シグレはどう思いましたか?人間を監禁していた奴よりそいつの方が信用できると判断しましたか?」
切り札が効いてるかどうかは、よく分からなかった。というかそもそも私には交渉とか知略とかそんなのは向いてないのだ。
「うーん、もうぶっちゃけて話すと、よくわかんない」
「え」
「確かに地下室でヨゾラにあった時は、「え。誰この人怖っ」って思ったし、ヨゾラから話聞いたらナギはなんで私に黙ってこんな酷いことしてたんだろうって思ったよ」
「だけど、ヨゾラには何か閉じ込められる理由があったのかもしれないし、無いかもしれないし、ナギも私に言えない理由があったのかもしれないし、無いかもしれない。ヨゾラもナギも本当は悪人かもしれない」
「でも、それは私には分かんない。分かんないし、少なくとも今は私にとっては二人とも悪い人ではない。もし私の知らないところで2人がひどいことしてるならそれは良くないし怒るよ。そうじゃないなら私には何も文句言う資格はないよ。まあ結論としては」
一旦呼吸のために言葉を区切る。
ナギは私のことを待っている。
「ナギは色々考えてるかもしれないけど、ヨゾラは悪い奴じゃないと思うから、あそこから出してあげて、理由は.........女の勘!」
決まった、いやあんまり決まってないかも。
「..................」
ナギは俯いてしまったので表情が見えない。
「えーと、ナギさん?なんか言ってもらわないとこちらとしても辛いものがあるのですが.........!?」
「.........ふ」
「ふ?」
「ふふ、あはははは!あーもう、貴方には敵いません。降参です。負けました、いいですよ、あの男、ヨゾラでしたっけ?出しましょう」
お腹を抱えて笑っている。
笑いすぎて目じりに涙が浮かんでいる。
ちょっと失礼なレベルだが、嬉しい返事だった。
「ほんと!?」
「ただし」
「ただし?」
「二人きりで会うのはダメです。私が目の届く範囲で話すこと、これを条件とします。駄目なら私はまたあれを閉じ込めなければなりません」
指を立てて私に条件を出す。
「ナギがいる時に話しかければいいのね!それで二人きりにならないといいのね!分かった!ありがとう!」
お礼を言っただけなのに、どこか呆れたような表情を浮かべられた。
「全く、あなたは...何があってもあなたのままだ」
「?」
どういうことだろう。
「いいえ、なんでもありません、それと」
「それと?」
「ありがとう」
改まってナギにお礼を言われる。
「.......なんかしたっけ?」
「ええ、私を信じてくれました」
「そんなの当たり前じゃん!今の私がいるのはナギのおかげだよ!心配がないかといえば嘘だけど.........でも、理由もなくナギは変なことしないよ」
お世辞でもなんでもなく、私は心からそう思うのだ。
「あはは、すごい高評価ですね」
ナギは恐れ多いというジェスチャーをしながら言葉を続けた。
「でも、これだけは約束します。私は絶対貴方に仇なすことはしない、と」
「大袈裟だなぁ。うん、約束された。ちゃんと守ってね」
「ええ、たとえこれからどんなことが起きたとしても、絶対に」
ナギの説得に成功した。
この日から私とナギとヨゾラの3人の生活が始まった。