chapter1_3 地下室の男
最初に目に入ったのは、宝石のような青。それが2つ。
地下室には男がいた。
猿轡をされ、両手両足を縛られた男がこちらを見て驚きで目を見開いていた。
よくよく見ると青い宝石と思ったのは男の瞳だった。
「だ...誰ですか...?」
もちろん返事はない。我ながら馬鹿な質問だった。
「と、とりあえず、口の、取りますね.......?」
ロウソクを片手に、恐る恐る近づく。
色々と疑問はあるが、とりあえずコミュニケーション。話せば何とかなるかもしれない。
本音を言うと、やばい人なんじゃないか、襲われるんじゃないかとか思わなくもなかったのだが。
なぜか「この人は私に危害を加えない」という意味不明の確信を持っていた。
猿轡を取ると、男は落ち着きを取り戻したのか、何かを確かめるようにじっとこちらを見つめていた。
「.........あ、じ、自己紹介ですね!私の名前はシグレです!それ以外は.......すみません、実は記憶喪失でして、何も教えられることは無いのです。約1年くらいここに住んでいます。で、あのーあなたは.........?」
「何も聞いてないのか」
男が私に問いかけてきた。
「何を?誰に?」
「何も知らないなら、話すことは無い」
そう言い放ち、こちらの疑問には答えてくれない。
「.........」
(覚えてないけど)お父さん!お母さん!シグレはコミュニケーションが苦手のようです!ごめんなさい!
「.........す、すみません、何も覚えてなくて.........」
「あんたが謝ることじゃない」
どこまでも冷たい。
会話を広げようとはしてくれないようだ。
「そ、そうですよね.........。あ、ところで、ここナギっていう私の同居人の仕事場の地下室なのですが、なにゆえここにいらっしゃったのでしょうか?」
「どう考えても、アンタの同居人に捕まって閉じ込められたに決まってるだろう」
「で、ですよねー.........ナギとは、どのようなご関係だったりするのでしょうか.........?」
「アンタには関係ない」
さすがに辛くなってきた。
「うっ、そ、そうですよね.........関係ないですよね.........すみません」
私が項垂れて謝ると、バツが悪そうにこちらを見てきた。
「あーもうだから謝るな!アンタはなんにも悪くないんだから!」
突然大声で否定されたので飛び上がりそうになる。
「ひゃいっ!ごめあいやありがとうございます!?」
「.........全く、調子が狂うなぁ。緊張感とか、危機感とかないのか?」
若干哀れみの感情が混ざっている気もしないでもないのだが.......。
「自分でも驚くくらいないですね」
ここで嘘を言ってもしょうがないので、正直に返す。
「.........」
ため息をついて天井を仰ぐ謎の人物X。でも何だか悪い人ではなさそうな気がする。
「と、ところで、名前とか、って聞いてもいいんですかね?」
「.........別に、好きに呼べばいい」
「ええー、好きに呼べって.......うーん」
謎の人物Xだとさすがに怒られそう、というか長い。なんかないかな.........。
ふと、男の双眸を見る。
深い青、漆黒のような、まるで満天の星空を閉じ込めたような。
「【ヨゾラ】でどうでしょうか?」
「っ!?」
男の目が驚愕で見開かれる。
「え。ダメ?ダメですか?すみませんあなたの瞳がとても綺麗で、星空のようで、どうかなーと思ったのですが!?」
「シグレ、だったな。一つ質問だ、アンタ、本当に何も覚えてないのか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか。
「え.........はい、すみません、何も」
男、ヨゾラはそう返すと一瞬悲しそうに眼を伏せて、次にはその悲しみはもう瞳に残ってはいなかった。
「シグレ、頼みがある。ナギを説得して、俺をここから出してくれ」
「いまここから出すのではなくてですか?」
「それでもいいが、あいつが納得しなければ、どうせまた閉じ込められる、そうだなもしあいつが渋るようなら「余計なことをされたくなければ俺をここから出せ」と言ってたと伝えるといい」
「余計なこと.........?」
「アンタは気にしなくてもいい」
「でも.........」
「俺を信じろ、とは言えないが。でも考えてみたら、ナギって奴は俺を閉じ込めておきながら何食わぬ顔でお前と暮らしてたんだろう?このままなかったことにしてもいいが、果たしてそれでアンタは無事なのかな?」
ヨゾラはそうやって人の悪そうな笑みを浮かべる。
「.........」
確かに、ナギは、私と暮らしていたこの1年1度もこの人について触れなかった。
ナギは本当に、信じていい人なのだろうか。それとも、何か理由があるのだろうか?
「俺はどちらでも構わないさ。決めるのはアンタだ」
「私は...」
数秒悩み、そして。
「分かった。ナギを説得する。貴方が、ヨゾラがここから出られるように。不安なことは確かにあるけど、でも私はどっちも信じてる」
一瞬何を言ってるか分からない、といった顔で驚いたあと、男、ヨゾラは笑った。
「アンタ、最高だな。会ったばかりの俺も、俺を閉じ込めてたアイツも信じると。面白い、やっぱりアンタはそうでなくちゃな」
「え?」
「なんでもない。とりあえず俺はアンタの説得を待つとするよ。俺は気が短いからな、ちんたらしてるんじゃねーぞ」
そう言ってこちらに背を向け横になる。
「うん、分かった。待ってて」
私も地下室を後にした。
この出会いが私の運命をもう一度動かす。
だけど今の私は、まだそれを知らない。