chapter2_10決意
「今日の夜、大事な話があるから」
朝食を食べながら、二人に宣言する。
「だから、今日はちゃんと家にいてね」
「「!?」」
驚きを隠せないナギとヨゾラ。
「それじゃあ仕事行ってくる」
ごちそうさまでした、と朝食の片付けもそこそこに家を出た。
二人の顔はなるべく見ないで。
大分不自然だった気がするけど.......仕方ない。
決心が鈍らないように、問い詰めて二人を傷つけないように。
「よし!切り替え切り替え。今日もお仕事頑張るぞ!」
雲一つ無い空に太陽がまぶしく輝いていた。
今日はなんと仕事が3件もあって、なんとか片付けた頃には大分日が傾いていた。
急いで家に帰りたいときに限って繁盛するのも皮肉なものだ。
「ただいまっ!」
息を切らしながら家に戻ると、今日は二人とも家にいた。
「お帰りなさい」
「.......よかった。今日は二人とも揃っているね」
家に帰ると二人がいる。それだけで目に熱いものがこみ上げるがぐっとこらえる。
「早速だけど、2つほど二人に話したいことがあるの」
「2つ.......?」
ヨゾラは不思議そうに、ナギはやっぱりといった顔でこちらを見る。
「1つめ、ここ最近よく夜に出かけてるよね。何してるの?服に血がついてたみたいだけど、怪我でもした?」
「!シグレ、なんで知って」
「やはり起きていましたね。まあいつかはバレると思っていましたが」
「隠すんじゃなかったのかよ!」
ヨゾラがナギに噛み付く。
「シグレを甘く見てはいけません。私が言うのもアレですが、勘は鋭いし、行動力もありますから」
褒められたみたいだが全然嬉しくない。
「ナギは何でもお見通しなんだね、じゃあ最後の方は私にも言っていたのかな?」
「シグレの好きなように捉えて貰ってかまいませんよ」
「アンタらの頭の回転にはついていけないよ」
ヨゾラがため息をつく。
「あはは。.......話を戻すね、夜、外出禁止令を破って二人は何をしているの?」
「そうですね.......隠すほどのことでもないかもしれません。簡単でいいなら答えましょう」
答えてくれないと諦めていたが、ナギは教えてくれるようだ。
「簡潔に言うと、交換条件です」
「交換条件?」
「あなた、私、ヨゾラ。この三人の余所者が、この島に滞在するためにクズハさんから課せられた条件です。」
「夜の島の見回りなど面倒な仕事なことを押しつけられている、という感じです。まあその代わりに滞在許可に加えて物資の援助も受けているので、Win-Winの関係ですけどね」
「.......それだけ?でも昨日は血痕が.......」
「島の自警団みたいなものなので、もめ事に遭遇したりもするんですよ。昨日は特にやっかいだった。それだけです」
.......。
嘘をついているようには見えない。多分、ある面では正しいのだろう。
全てを言っているかどうかは別として。
「.......中身は分かった。でもそれを私に教えてくれなかったのはなぜ?隠すようなことでは無いと思うのだけど」
「昨日見たとおり、怪我もある程度仕方ない仕事です。でもあなたは心配性ですから、知ったら全力で止めるか、自分もやるといいかねないと判断した結果です。ちなみに一緒にやる案は却下です」
「う.......」
クズハといい、ナギといい、この島にはエスパーは多すぎる。
「それで?1つめは終わりましたよね?2つめは何ですか?」
もうこの話を追求するのは難しそうだ。
「うん。2つめ、記憶を取り戻すか、諦めるかについてだけど」
「!」
ヨゾラが身を固くする。
ナギは感情が読み取れない。
「いっぱい考えた。し、いっぱい悩んだ。正直なんでこんなに訳分からない状態で何かを決めないといけないのとも思った」
「あとナギもヨゾラも何にも教えてくれない。教えて貰った分だけ謎も増える。」
「私はずっと怖かったよ。何もないの。私には」
「生きていた痕跡も、理由も、帰る場所も、名前すら」
「私はどんな人間だったのかな。優しい人だったのかな、悪い人だったのかな」
「考えれば考えるほど正解は分からなくて、頭はこんがらがって」
「だから単純に考えることにした」
「単純に?」
「それは、つまり?」
二人が同時に訊ねてくる。
「.......私は、みんなと笑顔で、幸せに暮らしたい。」
「それが、記憶の無い『今』の私の、たった一つの願い」
「だから私は」
「今までの自分を知らずに、私の願いは叶えることはできるとは思えない」
「取り戻せないなら仕方ないけど、記憶を取り戻せるとするなら、それは私には必要なんだ」
「だって、今まで生きてきた私が、今の私を創ったんだから」
「どんなに悲しい過去でも、苦しい記憶でも、思い出さない方がよかったなんてことない」
「だから私は記憶を取り戻したい」
「誰かのためじゃない、私自身のために!」
二人は私の告白を、静かに聞いてくれた。
私の思い、ちゃんと伝わると信じてる。
誰かを切り捨てるんじゃない。
私は何も諦めない。