chapter2_6クズハに相談する
社にて。
「お前って本当に愚鈍なのね」
「いつも通り過ぎて安心したけど一応落ち込んでる私に対してひどすぎません!?」
「事実を口にしたまでよ、その悩みに到達するのに1年以上かかるって、引いたわ。」
「予想以上に愚かだったのね、お前」
「悔しいけど正論.......」
いつも通り毒舌、冷徹。でも変わらない日常がそこにあった。
ちょっと涙が出そう。
「それで?今日は仕事も依頼してないのにのこのこ来たから勤労奉仕の精神かと思ったら下手な探偵ごっこだったわけね」
「もう毒舌というか悪口だよ!」
「きーきーわめかない。どうせあの二人に何にも教えてもらえなかったから私に助けを求めてきたとかそんな具合でしょうに」
「ほんといつも通りエスパーですね」
「誰だと思ってるの。クズハ様よ、もっと敬いなさい」
「クズハ様~っ!助けて~」
「助けるわけ無いじゃない面倒くさい」
「そこを何とか!とにかく分からないことだらけで、決めようにもどうにもならないのです・・・」
「正直お前たちは余所者なの、だからさっさと記憶でも何でも思い出してさっさとこの島を出て行ってくれればこちらとしては万々歳。だから思い出す努力をしなさい。以上」
相変わらずクズハは冷たい。でも、一つ手がかりをくれた。
「『お前たち』ってことややっぱり、余所者は私だけじゃないんですね?」
「.......お前、鎌をかけたのか?」
「ごめんなさい。でもこうするしかなくて。誰も何も、大事なことを教えてくれないから。」
数秒見つめ合う。正直足ががくがくする。でも、もう逃げることは赦されない。
「.......はあ、お前さんをただの体力馬鹿と侮ってた私の負けね。仕方ないわ。話くらいは聞いてあげる。」
「クズハ!ありがとう!」
「様を付けなさい。っていうのも面倒ね。もう好きに呼べばいいわ」
我慢比べは私の勝利らしい。
「じゃあ質問させてもらいます。まずさっきの話だけど、余所者は私だけじゃないんだよね。ヨゾラと.......ナギも?」
「おや、あの目つきの悪いごろつきはヨゾラって言ったのかい?」
「いや、名前は私が勝手に付けました。名乗ってもらえなかったので」
「なるほどなるほど、それでヨゾラねぇ。ふうん、中々面白いことするじゃない」
「どういうこと?」
「それは、ヨゾラだっけ?そいつから直接聞くといいさ。私が話すのは少し無粋というやつさ」
「もう、二人みたいなことを.......分かった。ヨゾラから聞けばいいんですね」
「それがいい。質問は何だったかね。ああ、余所者の話かい。まあどうせ当たりを付けてるんだから自ずと分かるだろうね。」
「そうさ、私が出て行ってほしい余所者はシグレ、アンタと、ヨゾラ。.......そしてナギ。この3人さ」
「!」
やっぱり、ヨゾラもナギもこの島に元々いた人じゃない。
「二人はいつからここにいるんですか」
「いつ?はあ、時間なんていちいち気にしてないよ。細かいねえ。具体的な時期は覚えてないけど、ヨゾラはアンタがやってきたしばらく後にやってきたよ。」
「私よりも後.......」
「後はナギか、ナギはアンタと同じ日にこの島に来た」
「.......!」
ナギと私は同じ日に来た?
「というか、ナギがアンタをこの島に連れてきた」
ナギが、私を、連れてきた。
「.......もう少し詳しく教えて貰っていいですか?」
「一年前、何が起こったのか」
「言っておくけど、お前さんたちがここへ来る前に何をしていて、どういう関係で、どうしてここに来ることになったのか、なんてことは知らないからね」
「大丈夫です、知っていることだけでも」
「.......一年前、だっけ?住人から連絡を受けた。不審な人物が二人、海岸にいる。一人は女性で意識不明の重体。もう一人は男性でそいつを抱えて『この人を助けてくれ』と言って気を失った、とね」
男というのは、ナギで、女というのは私だろう。
「島の外からの来訪者をこの島は受け入れない。が、さすがに浜辺に流れ着いた怪我人を無視するわけにも行かない。しょうが無いから意識が戻るまでここで預かることにした」
「男はすぐに目を覚ました。そして女の容体を心配し取り乱した」
「女は3日後意識を取り戻したがすぐにまた眠りについた。その後しばらくしたら意識を取り戻したが、1人で動けるようになるまでに何ヶ月かかかった。そうして怪我が治った時に、その女が名前を含む全ての記憶を失っていることが分かった」
3日後?おかしい。今気づいたのだが、私には島に来てすぐの記憶がない。というか、怪我を負っていたときの記憶も丸ごと無い、それなのに。
私は意識を取り戻していた?
「男は女の記憶が戻るまで島で療養させてくれるように頼んだ。そして慈悲深い私は『働かざる者食うべからず』を条件に2人を住まわせてあげることにしましたとさ。なんて素晴らしい。神のごとき恩寵」
「まじめな場面なのによくそんなに自画自賛できますね.......」
シリアスが台無しである。
「全ては私の全知全能を伝えるためのお膳立てってやつよ」
「さすがぶれないクズハ様。一つ質問なんですけど」
「ナギは私の記憶が戻るまでここに置くようにお願いしたんですか?ヨゾラからはナギは私が記憶を取り戻すのをいやがってるって聞いたんですけど」
「そんなの私が知るわけ無いじゃない。興味も無いし。私が聞いた通りに話しただけよ」
#シグレ
「.......」
謎が解決したと思ったらまた謎が増えてしまった。
「1年前について私が知っているのはここまでよ。もういいかしら?」
「.......すみません。あと少しだけ。ヨゾラはどうして地下に閉じ込められていたのでしょうか」
「さあ?でもあれと喋ったのなら察しがつくんじゃないの?」
「.......私と会うと、私が記憶を思い出すきっかけになり得る?」
「かもしれないわね」
私に思い出してほしくないからってそこまでするのか。
そこまでして思い出してほしくないのか。
「私は、どうすればいいんでしょうか」
「今は、記憶は無いけど、のどかな日々が続いていて、島の人もいい人ばかりで。」
「クズハは、さっさと出て行ってほしいかもしれないけど.......」
「まあね」
「漠然と、いつか戻ればいいなとは、思っていたんです。方法とかがあるかは分からないけど」
「でも今は不安しかないんです。今のこの幸福が、あっさり壊れてしまうような真実が、私にはあるんじゃないかって」
「忘れていてほしいと誰かに願われるくらい、昔の私は、醜悪な人間かもしれない」
「戻るかどうか分からない、戻っても誰かを不幸にするかもしれない。なら私はこのまま自分が何者か分からないまま生き続けないといけないんでしょうか」
私は、どうしたいんだろう。
こんなこと、クズハも言われても困るだろう。
どうせいつもみたいに「知らん、自分で考えろ」って言われるに決まっている。
いつのまにかうつむいて地面を見ていたようだ。
顔を上げると、いつもと違って少し優しい顔をしたクズハと目が合った。
「いつの時代も、心を持つ生き物は大変ね」
「え?」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「残念ながら、それに関して私に何か助言できることはないわ。それはお前さんが解決しなきゃならない問題だから。だからせいぜい、己の決めたことを後悔しないようにたくさん考えることね」
「考えて、悩んで、そして答えを出しなさい」
「私が暇で暇でしょうが無いときは、仕方ないから付き合ってあげる」
「だからそんなしょげた顔しない。しゃきっとしなさい」
いつも上から目線で、横柄で、傲慢で、だけどいつもぶれない芯をもっている。
その意志の強さに、何もない私はこうやって救われる。
「うん。クズハ、ありがとう」
視界がぼやける。なんとなく恥ずかしいので目をこすってごまかそうとする。
「泣くなら勝手にすればいいけど、ブスがひどくなるからそこの小川で顔洗ってきなさい」
「優しさが遠回しすぎるよ!」
心が少し軽くなった気がする。相談できてよかった。
「ほら、もう日が落ち始めてるわ。早く家にお帰り」
「うん!ありがとう!じゃあね!」
すこしずつ前に進めている。
大丈夫。
何があっても、私は私だ。