chapter2_8TB 境界者たち side K
「正しさって何だと思う?」
「何よいきなり」
訳の分からないことを聞かれた。
「私、分からなくなっちゃって」
「自分でいうのもあれだけど、こんなことになるまで、私悪いことはしてないって思ってたの」
そう言って自分が何をしてきたのか滔々と語りはじめた。
これがどうつながるのだろうか。
「私たちのやってきたこと、ひいては私たちの存在が正しくないからじゃないのかなって」
(生きているだけで迷惑をかけて、思うとおりに動くだけで周囲に被害を与えてしまう。自分たちがやってきたことは、本当に正しかっただろうか。)
はあん。なるほど。
相も変わらず、心を持つ生き物は面倒なことにわざわざ首を突っ込んでいるようだ。
悩んだって答えなどないのだから、考えるのを止めればいいのに。
と答えるのは簡単だが、この娘達はそう単純な話ではないだろうな。
「あのね」
「正しいとか、間違っているとか」
「そういう価値判断に絶対なんて無いの」
夕立を生け贄にした奴らと、カヤを閉じ込めていた人間どもを思い出す。
私には信じがたいが、彼らの中でそれは「正しいこと」であり、「良い行い」だったに違いない。
つまり。
「誰かにとっての『正しい』は誰かにとっての『間違っている』なの」
人間という種は、他者に正しいと言われたら安心するだろうし、逆に間違っていると言われたら不安になるようだが。
そもそもその診断基準は他者の価値観という極めて曖昧なものによるだろう。
「正しさって何かと聞いたわね」
「私にとって『正しさ』は絶対的なものではなく相対的なもの。そして常に揺らぐ蜃気楼みたいなものであり」
「自らの原理を周囲に認めさせるための免罪符、より砕けて言うと言い訳」
「正しさ、正義。そんなもの環境や時代とともに簡単にひっくり返るわよ」
「悩むなとは言わないけど、そこで立ち止まっても何も生まれない」
そんな絶対的な概念があれば、あの子達は死なずに済んだだろうに。
「.......それなら」
言い分は伝わったようだが、まだ話したいことがあるらしい。
「正しい事なんてないのなら、じゃあ私たちは、私はどうすればいいの?」
「ううん。私だけじゃない。みんなそう、その基準がなければ、みんな好きなことをしていいってことになるの? みんなが自分を軸に好き勝手生きてきたらこの世界は終わってしまうわ」
ああもう、この娘はどうしてこうも純粋に愚かなのだろう。
.......誰も教えてくれなかったのか。
心を持ちながら、その心の有り様を誰にも教えてもらえなかった目の前の少女に憐れみを感じた。
「お前の頭は、お前の身体は、何のためにあるの?」
「他人と関わらなければ生きていけないお前達が、他者と己を通わせるために進化してきたのではないの?」
「心を通わせて、異なる価値観がぶつかって、わかり合えたり、わかり合えなかったり、それでも他者を知ることが出来て、他者を介して自分を知ることができる。」
「どうすればいいのか分からなければ考えなさい。考えても分からなかったら聞きなさい。聞いても分からなければ、別の方法を探しなさい。」
「そうやって模索した後に、歩んだ軌跡が導になる」
だからもがきなさい。
迷いなさい。
うまく行かなかったとしても、その過程でお前達は唯一の世界を手に入れるだろう。
シグレだけではない。
ナギもライラも。
人ならざる存在なのに、人としての心を持ってしまったものたち。
それ自体は仕方の無いことだ。
だからせめて少しでも、自分の脚で立ち上がり、歩けるように。