chapter2_7TB 正しさについて side S
「正しさって何だと思う?」
クズハの屋敷の広間に、私とクズハの二人でいる。
この世界では住人との交流があまりない。
なので私たちの家になるはずの家屋はリノベーションされずに放置されている。
よって行く当てのない私たち3人は、クズハの屋敷に厄介になっているのだ。
ちなみにカヤもここに暮らしている。
今カヤとナギはクズハのお使いをしにいっている。
ライラは部屋で休んでいる。
よってここにいるのは私とクズハの二人だけである。
思うことがあって、先ほどの問いを彼に投げてみた。
「何よいきなり」
当たり前だが、クズハは困惑している。
「私、分からなくなっちゃって」
「自分でいうのもあれだけど、こんなことになるまで、私悪いことはしてないって思ってたの」
「研究施設で育って、シェムーと一緒になって」
「ナギと出会って、生き残るために研究所から逃げ出して」
「ナギの延命方法を探したり、研究所にいた生き残りがいないか探したり、ドメインノヴァがみんなと仲良く暮らせる方法を探したりしてた」
「その途中でライラに会って、大変なこともあったけど、いつか訪れる未来を夢見てた」
「でも狩人にナギを殺されそうになって、クズハ達に助けて貰った」
「そのせいで島のみんなも標的にされてしまった」
「それって私たちのやってきたこと、ひいては私たちの存在が正しくないからじゃないのかなって」
生きているだけで迷惑をかけて、思うとおりに動くだけで周囲に被害を与えてしまう。
自分たちがやってきたことは、本当に正しかっただろうか。
「はん」
「何かと思えばその程度か」
「お前達は本当に悩むのが好きなのね」
「あのね」
「正しいとか、間違っているとか」
「そういう価値判断に絶対なんて無いの」
「誰かにとっての『正しい』は誰かにとっての『間違っている』なの」
「だから自分たちの言動を正しいかどうかを基準に持ってくるのが既にナンセンスなの」
「正しさって何かと聞いたわね」
「私にとって『正しさ』は絶対的なものではなく相対的なもの。そして常に揺らぐ蜃気楼みたいなものであり」
「自らの原理を周囲に認めさせるための免罪符、より砕けて言うと言い訳」
「そう考えるわ」
蜃気楼であり、免罪符である。
そんな風に思ったことが無かった。
「正しさ、正義。そんなもの環境や時代とともに簡単にひっくり返るわよ」
「悩むなとは言わないけど、そこで立ち止まっても何も生まれない」
「.......それなら」
「正しい事なんてないのなら、じゃあ私たちは、私はどうすればいいの?」
「ううん。私だけじゃない。みんなそう、その基準がなければ、みんな好きなことをしていいってことになるの? みんなが自分を軸に好き勝手生きてきたらこの世界は終わってしまうわ」
「その程度で終わるなら、さっさと滅びてしまえばいいと思うけどね」
「お前の頭は、お前の身体は、何のためにあるの?」
「他人と関わらなければ生きていけないお前達が、他者と己を通わせるために進化してきたのではないの?」
「心を通わせて、異なる価値観がぶつかって、わかり合えたり、わかり合えなかったり、それでも他者を知ることが出来て、他者を介して自分を知ることができる。」
「それがお前達の糧となり、未来をつかみ取るんだろうさ」
「どうすればいいのか分からなければ考えなさい。考えても分からなかったら聞きなさい。聞いても分からなければ、別の方法を探しなさい。」
「そうやって模索した後に、歩んだ軌跡が導になる」
「.......ありがとう」
「クズハはすごいね」
私よりもずっと、人間に歩み寄っている。
人間の可能性を信じている。
「別に、この意見も『正しい』とは限らないわよ」
ふんとそっぽを向かれる。
ひょっとして照れているのだろうか?
ほほえましくて、なんだか胸が暖かい。
クズハに出会えて良かった。