第20話~月明りの冠~
”ギィ…”
突然姿を現した地下室の入口にあるドアが、何の前触れもなく開く。
「みんな!ワナかも知れないから、気を抜かないで!」
アルモの忠告に、全員が無言で頷く。
”ギィ”
そして、暗闇に包まれたドアの内部から、真っ白な法衣のような服に身を包んだ人物が姿を現した。
「地下室の内部から、皆さんの戦いを拝見させて頂いておりました…クビラを……仲間の敵を撃退して頂き、本当にありがとう……ありがとう………」
そう言うと、その人物は膝から崩れ落ち、その瞳から大粒の涙を零した。
「…あなたは?」
「…申し遅れました。私は三日月同盟タマーン支部で技術者をやっておりました、エレーロと申します。あなた方のことは、同盟本部からの通信で、存じ上げております」
「えっ!?確か、同盟本部のネットワークは切断されていたはずでは!?」
「ええ。ですが、新しい総帥となったザイール殿が諦めずに各支部に送っていた通信を、我がタマーン支部が独自に開発した機械で受信することに成功したのです。もっとも、こちらからそれを本部に発信する機能は、通信鏡を教団に破壊されてしまった今となっては、ないのですが…」
「ザイールが、私たちが行くから協力するようにって信号を、各支部に送っていたのね」
「ええ」
「エレーロさん以外の支部のメンバーは?」
「支部に残っていた人間で生き残ったのは、残念ながら私だけです。諜報等の活動で外に出ていた十数名は難を逃れていると思いますが…」
「クビラの襲撃から、あなたはどうやって?」
「我がタマーン支部は、古代の遺跡を調査し、その力を復元させるのが主な目標でした。故に、本部と同等の、或いはそれ以上の技術力を持っていました。だから、ワイギヤ教軍の襲撃も古代の力で事前に知ることができました。ですが…」
「情報を得ることはできても、クビラの襲撃を防ぎ切ることはできなかった…」
「ええ。非戦闘員の中でも、武芸に最も秀でなかった私は、不測の事態に備え、支部の最深部に避難させられ、私以外のメンバーは、この丘に近づくクビラ率いるワイギヤ教軍に挑んでいきました。そして、誰一人として無事に帰って来ることはなく、丘はクビラに占拠され、私はここから出るに出られなくなったのです…」
「クビラは、この入口を見つけることができなかったのね」
「はい。クビラは、水銀魔法でこの丘のあちこちを爆発させ、入口を探していました。ですが、入口を埋めていた場所に、レイスさんを拘束する十字架をクビラが立てたお蔭で、丘の天辺周辺は爆発させられることなく、この入口を発見することができなかったようです」
「…不幸中の幸いだった、ってことだな…」
「はい。で、クビラが撤退したのを見計らって、この入口を外に出したという訳です」
「大変、だったわね…」
「いえ。あのクビラと戦った皆さんの方が、私の数倍大変だったかと…」
アルモがエレーロに手を差し出す。
「アルモさん、ありがとうございます」
エレーロは思いの丈をほぼ出し切ったようで、アルモの力を借り、難なくその場に立った。
「クビラとの戦いでお疲れでしょう。何もないところですが、休息をとることはできると思います」
入口に手招きしながら、エレーロが俺たちを支部の中へと促す。
「休息もだけれど、クビラの言ったことも気になるわ。遠慮なく、入らせてもらうわね」
エレーロとアルモを先頭にして、俺たちは三日月同盟タマーン支部へと足を踏み入れた。
***
支部の内部構造は、本部の構造に似ていた。
本部との相違が見られる箇所があるとすれば、本部以上に俺たちの与り知らぬ機械や装置がたくさんあることだろうか。
「散らかっていてすみません。薄暗いので、みなさん気を付けて歩いて下さい」
周囲は石のブロックによって覆われ、ところどころに当時の文明による装飾が施されている。
そして、魔法の力により光っているのだろう。装飾と共に等間隔に配置されたランタンが、青白く輝き薄暗い洞窟を照らしていた。
「ここも、フォーレスタの試練の洞窟や、三日月同盟本部と、作りが似ているな…」
「我が支部の研究では、同じ時代の、同じ技術によって、本部と支部、そしてそれに関連する施設が作られたということが分かっています。全く魔力を供給していないのに、ランタンが青白く光るなんて、普通に考えたらあり得ないですよね…」
しばらく内部を進むと、先頭を歩いていたエレーロが何の前触れもなく、一つの扉の前で立ち止まる。
「休息を取る前に、皆さんに見て頂きたいものがあります」
”ギィ…”
目の前にあった木製の扉をエレーロが開く。
「これは………本部にもあった『クレスの像』ね」
部屋は小さな礼拝堂になっていて、その奥には、アルモが本部で月明りの盾を手に入れた時と姿形が全く同じの、クレスの像が祀られていた。
「皆さん………もうお分かりかと思いますが、数時間前から、クレス像に装飾された冠が光り出したんです…古代の技術でいろいろと調査してみたのですが、私にはその原因がさっぱり分からずで…」
「アルモ!!」
「ええ!間違いないわ」
”コツコツコツコツ…”
”キィィィィン!”
アルモがクレス像に近づくと、ぼんやりとしていた冠を覆う光がその強さを増し、アルモがクレス像の元に着くころには、まともに見ることも敵わない程の輝きを帯びた。
”フワッ”
そして、アルモがクレス像に向かい両手を上げると、その冠はまばゆい光を放ったままクレス像から分離し、ゆっくりとアルモの手に収まると、その光を失ったのだった。




