第19話~奪還~
「こっ…これは一体………」
突然起こった自軍の惨劇に、クビラが狼狽の色を隠せずにいる。
「簡単に片づけられないのではなかったのかしら!!!?」」
”ブゥン”
”ザザザザザ…”
一瞬の隙を突いたアルモの攻撃をまともに受けたクビラは、防御態勢は取っていたものの、攻撃の勢いに負け、十数歩後ろへと後退させられた。
クビラが隙を作ったのも無理はない。どこからともなく発動した、精神支配の魔法に、麓から丘の天辺まで駆け上がろうとしていたクビラ軍の半数が飲み込まれ、気絶させられたのだから。
「!!まさか!?」
クビラが天辺の中央に設置された十字架を見ると、そこにいるはずの者の姿がなかった。
「将軍様!私たちがいるということ、まさかお忘れになったとは言わせませんよ!?」
「アルモとアコードが、お前を釘づけにしてくれたおかげで、随分と楽な仕事だったぜ!」
十字架のすぐ横には、拘束から解放されたレイス、そして拘束を解くことに成功したシューとサリットの姿があった。
シューとサリットは、アルモとクビラの激戦が始まった後、密かに十字架の元へと行き、レイスを解放していたのだった。
「スピリットドミネーーーーーション!!!」
”ボワボワボワボワ……”
レイスが再び魔法を発動すると、麓から砂塵が立ち昇っている先ほどの残り半分を、あっという間に紫色の雲が包み込んだ。
そして、その雲が消えると、それまで立ち昇っていた砂塵は跡形もなく消えていた。
「私が精神支配の魔法を使えると、我が主に化けていた将軍ラジマから聞いていないようだな。でなければ、私を捕縛した時点で、万が一のことを考えて魔法の対策を私に施したはず。ワイギヤ教軍も、一枚岩ではないと見える」
「ほざけ!!」
「さぁ、これで5対1になったわよ。それでも、私たちと渡り合う自信はあるのかしらね!?」
月明りの剣を、クビラに向かい真っ直ぐに伸ばし、アルモが冷淡に挑発をかける。
「…残念だが、反逆者の言う通りだ。魔法が使える者3人と、訓練された戦闘員2人を相手にするのは、ちと分が悪い…ここは、体制を立て直すとしよう!」
刹那、クビラの周囲を水銀が覆い被さる。
「ここにある聖遺物はくれてやろう。この借り、いつか必ず返させてもらうぞ!!」
「クビラ!待ちなさい!!」
”シュン…”
次の瞬間、クビラを覆っていた水銀が一点に集合したかと思うと、跡形もなく消え失せた。
***
「レイス!本当に無事で良かった」
「私としたことが、敵の術中にはまってしまい、本当に申し訳ない…」
クビラの数千はくだらないであろう部下全員を気絶させるだけの、精神支配の魔法を放ったレイスは、クビラが逃亡した直後、その場に崩れ落ち、動けずにいた。
「レイスの魔法に、私たち全員が助けられたようなものよ。本当にありがとう」
「アルモとアコードが、クビラを釘付けにできていなければ、シューとサリットは私を助けることができなかった…これは、私の力ではなく、全員で勝ち取った勝利だよ」
声に張りはないものの、力強い口調でレイスが告げる。
「シュー、サリット。周囲の様子は!?」
「レイスの魔法の効果が切れたと思しきところからは、再び砂塵が上がっているようだけど…」
「こちらに来る…というよりは、撤退のために下山しているような感じに見えるな。その証拠に、砂塵が上がったところは、少しずつその大きさが小さくなっていっているぞ!」
「それなら、ここにクビラ軍の残党が押し寄せる心配はないわね」
「ああ………レイス。この魔法で、少しは動けるようになると良いんだが…」
”ウィル・オ・ウィスプよ…光の力でこの者に活力を!!”
「シャイニングリストーーーーロ!!」
レイスを治癒したいと願った俺の脳裏に浮かんできた魔法を放つと、一瞬、光の精霊ウィル・オ・ウィスプが姿を現し、その姿が消えると同時にレイスの身体全体を光が包み込んだ。
「…暖かい……」
「その魔法は、対象者の体力を回復する魔法…アコード、いつの間に…」
「いや…いつも通り脳裏に浮かんできた詠唱をして、魔法を放っただけなんだが…どうやら、うまくいったみたいだな」
レイスを包み込んでいた光が納まると、レイスの体力はすっかり回復し、それまで支えがなければ起こすこともままならなかった上体を自力で起こすことに加え、自力でその場に立ったのだった。
「アコードの回復魔法は凄いな………これが、英雄の子孫の力、ということなのだろうな」
「やめてくれレイス。俺は、悪く言えばレイスを実験台に使っただけなんだから」
「例えそうだったとしても、その力は称賛に値する。今後、私たちの大きな力になるだろう!」
「なんだか、どんどんアコードが俺たちとは違う世界の人間になっていくようで、俺は寂しいぞ!」
「仕方ないでしょ!?アコードは私たちとは生まれが違うんだから!!」
「シューにサリットまで!!そんな言い方は止してくれって、言ったばかりじゃないか!!」
「まぁまぁ!君と同じ、英雄の血を受け継いでいる私も、そう思うわよ!?」
「アルモ!!」
「…冗談はこの位にして………アルモ、クビラが言い残した言葉が、私は引っかかっているのだが…」
「『ここにある聖遺物はくれてやる』…って言葉よね…」
クビラが言い残した意味深な言葉。
俺たちは、タマーン大陸にある三日月同盟の支部を探して、ここまで来た。
だが、グエンの街では支部の情報を得ることはできず、代わりにレイスが将軍クビラにさらわれてしまい、彼女を助けるために月明りの丘へと登り、クビラを撤退させレイス奪還に成功した。
恐らく、クビラは俺たちが支部の情報を握っていると思い込み、撤退間際に口を滑らせてしまったのだろう。
「それって、この周辺に三日月同盟のタマーン支部が存在するってことだよな!?」
「そういうことになるわ、ね!?」
”ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!”
アルモが俺の問に答えようとした次の瞬間、月明りの丘全体が地響きと砂塵に包まれる。
「一体、何が起こっているんだ!?」
俺たちが狼狽する中、地響きと砂塵が納まると、レイスを拘束していた十字架付近には、それまで存在しなかった地下室への入口が姿を現していたのだった。




