第57話~水銀の雨(メルクーリュス)vs暴風雨(ノテロース)~
“ザーーーーーー”
クビラが放った周囲に水銀の雨を降らせる魔法『メルクーリュス』により、周囲は一瞬にして銀色の世界へと変貌を遂げた。
私はそれよりも早く、咄嗟にロザンの手を掴み、もう一人の将軍メキラと対峙しているレイスとリーサの元へ瞬間移動で移動すると、光のエルフ、リョースアルブを召喚し、光の壁の魔法を放った。
召喚したリョースアルブを中心とした半径5メートルの範囲内を、透明なバリアが囲み、私たち4人を水銀の雨から守っている。
「アルモ、これは一体…」
「何が、起こったのですの?」
咄嗟の出来事に状況が呑み込めていないレイスとリーサに、クビラと私の魔法について、手短に説明をする。
「………水銀の雨、というよりは、豪雨だな、これは」
私たちを守るバリアの外では、いまだにクビラの放ったメルクーリュスがその効果を発現させているためか、レイスが豪雨と言った通り、もはや銀色以外の何物も見えていない状況だった。
だが、しばらくすると、まるで夕立が短時間で引いていくかの如く、水銀の雨もその勢力を弱め、立ち込めていた暗雲も周囲に離散していった。
離散した暗雲の隙間から差し込んだ日の光が、地面に溜まった水銀の水たまりに反射し、私たちの周囲を明るく照らし出す。
その状況を、利用しない将軍たちではなかった。
“バリィーーン…”
遠くから、何かが壊れる音がしたものの、水銀に反射された陽光を遮るために掲げた腕をおろすことができず、何が壊れたのかを目視できない。
だが、私の隣にいたリョースアルブの気配が消えたことで、私は一つの結論に至った。
「メキラとクビラが来るわ!みんな、武器を構えて!!」
次の瞬間…
“ギィン!!”
“ズシャ!”
「うっ…」
私に向けられた一方の攻撃は、気配だけでどうにか受け流すことに成功できた。
だが、ロザンに向けられたもう一方の攻撃を、彼は受け流すことができず、装備していたローブの一部が切り裂かれ、白い布地が赤く染まる。
「ロザン!!」
「大丈夫、かすり傷だ。それよりも、次が来るぞ!!」
“ズシャ!”
“ズシャ!”
「うっ…」
「ぐっ…」
ロザンが警告を言い終わるか否かのところで、光の中からの攻撃がレイスとリーサにヒット。致命傷は免れたものの、それぞれ腕と足に流血を伴う生傷が付く。
「レイス!リーサ!!」
「私は大丈夫だ」
「私も大丈夫ですわ。ですが…」
「このままじゃ、一方的に嬲り殺されるだけだぞ!」
ロザンが言った通り、このまま状況が好転しなければ、私たちはクビラとメキラのおもちゃ同然のまま、いずれその刃の餌食となってしまうだろう。
周囲は、以前に空から降り注ぐ陽光を地面に溜まった水銀が神々しい程に反射し、白一色の世界のままだ。
と、ここで私は、ある策を思いつく。
「みんな、数分で良いから、私の魔法詠唱の援護をしてもらえる?」
「アルモ、何か策を思いついたんだな」
「いいですわ。アルモさんの守りは、私たちに任せてくださいまし」
「いいだろう!」
私の周囲を3人が囲い、各々が得物を目の前に構える。
“何を考えているのかは知らぬが、目の前が見えなければ、何もできまい!”
“クビラ殿の魔法の前に、お主たちは敗れるのだ!覚悟するが良い”
“ズシャ!”
“ズシャ!”
再びクビラとメキラが攻撃を加え、今度はロザンとレイスが、その餌食となる。
「レイス!ロザン!!」
「私たちの心配は無用だ」
「早く、アンジャナ………いや、君の考えていることを、実行するんだ!」
「………分かったわ」
周囲を守りを3人に任せた私は、魔法の詠唱に入る。
そして、しばらくすると水の精霊ウンディーネが、姿を現した。
「水の精霊ウンディーネよ!その力を示し、我の周囲に嵐を呼び起こせ!!」
“その魔法は!”
“やめろぉーーー”
「ノテローーーース!!!」
私の詠唱に放とうとしている魔法を事前に察知したクビラとメキラだったが、レイスたち3人の完全防御の前に、私にその刃を届けることは叶わず、私は魔法を発動させることに成功した。
“ビュゥゥゥゥゥゥ…”
ウンディーネがウィンクをした次の瞬間、轟音と共に上空を雨雲が覆い隠すと、即座に暴風雨が発生し、それまで陽光により確認することができなかったクビラとメキラを吹き飛ばした。
“ドン!”“ドン!”
吹き飛ばされた2人の将軍は、それぞれ違う大木にぶつかると鈍い音を立てた。
レイスとリーサが相手をしていたメキラは、受け身の体勢を取ることができなかったのか、その場にうずくまっている。
一方、私とロザンが相手をしていたクビラは、飛ばされながらも瞬時に受け身の体勢を取り、大木に激突したダメージは負ったものの、その場にうずくまることなく、直立不動の姿勢を維持していた。
周囲を見渡すと、クビラが放ったメルクーリュスによってできていた水銀の水たまりは跡形もなく消え去り、代わりに私の放ったノテロースによりできた純水の水たまりが、地面に点々と残されていた。
「…こうなったら、小細工なしと行こうじゃないか。反逆者アルモ!我は一対一の決闘をお前に申し込む!」
「4対1になって、怖気づいたのかしら?私たち4人を1度に相手にするのが、そんなに怖いの?」
「笑止!お前を正々堂々の勝負で倒した後、他の3人も軽く伸してくれる………あぁ、そうか。お前こそ、我と1対1の勝負をするのが怖いと見える。仲間がいなければ何もできないとは。クレスの子孫が聞いて呆れるわ!」
クビラの言葉が挑発で、絶対的に有利な状況を覆そうとしていることは分かっていた。
だが…
「分かったわ。その挑発、受けてあげようじゃないの!!」
「アルモ!!」
「そうですわ!あんな奴の挑発にのる必要はありませんことよ!?」
「私たちで力を合わせれば、今のあいつには簡単に勝てるのではないか?」
「…みんなの言いたいことは分かるわ。でも、私は英雄クレスの子孫。今、ここでその力を示し、クビラを倒さなければ、ご先祖様に申し訳が立たないわ…」
「…アルモがそこまで言うなら…」
「分かりました。でも………」
おもむろに、リーサが、うずくまるメキラに近づいていく。
「アルモさんとの勝負を認めて差し上げる代わりに、あなたのお仲間を拘束させて頂きますわ。よろしくって!?」
「ああ。好きにしろ。反逆者を伸した後、我が同胞を助ければ良いだけのこと」
「決まったわね!」
“カチャ”
“カチャ”
私とクビラが、それぞれの得物を目の前に構える。
そして…
“ザザッ”
“ザザッ”
「ウォォォォォォ!!」
「ハァァァァァァ!!」
それぞれが気合の雄たけびを上げながら、私とクビラは突撃をしたのだった。