第54話~それぞれの思惑~
「…ここが、青の大地か………」
その男は、サプコッタ大陸のナヤラーン近郊に降り立つと、呟いた。
「………ずいぶんと、水資源が豊富なんだな、この大地は…」
近くにあった、初めて目にする湖を見ながら、ため息とともに吐き捨てる。
「灰色の大地の住人は、魔力枯渇に加えて水不足、食糧難に喘いでいるというのに………おっと。感傷に浸っている場合ではなかったな………彼女を…アンジャナを、早く見つけなくては…」
そう独白すると、彼は…ロザンは手始めに湖の周囲を歩き始めた…
***
「ここが………アルモの生家…」
「だった場所、なんだけどね…」
漆黒の翼から降り立った俺たちは、まずはアルモの両親を探し出し状況を確認しようということとなり、ワイギヤ教軍の将軍『メルクーリュスのクビラ』によって燃やされてしまった、アルモの元生家前にいた。
「クビラと戦った直後は、焼け落ちた家の跡が鮮明に分かったのだけれど………」
季節が巡り、半年が経過していたアルモの生家跡には、草が生い茂り、その中には綺麗な花を咲かせているものまでいた。
「焼け残った家の支柱等がなければ、誰もここに家があったことなんて、分からないでしょうね…」
「きっと、この周囲は湖が近くにあるということもあって、植物が育成するのに適した大地なのでしょう。恐らく、燃えカス等も、植物には有用な肥料になったのだと思われますわ」
「私の生家も、この森の自然のためになったのなら、それは良かったのも知れないわね」
アルモが苦笑しながら、独白する。
「私の育った家はなくなってしまったけど、私を育ててくれた両親は健在なんだもの。それに私には、アコード………君と、それにたくさんの仲間たちがいる。それで十分だわ」
「愛する者に素直に惚気られる、アコードさんは幸せ者ですわね」
“カァ………”
リーサの言葉に、アルモとアコードが同時に顔を赤らめている。
「冗談はこの位にして、アルモ。ここにいないとなると、ご両親の居所に心当たりはあるのか?」
「ここに居なければ、山の方の、生家が生家だったころは物置として使っていた小屋にいるはずだわ」
「その小屋までの距離は?」
「馬で数分の距離だから、歩いても数十分で到着できるはずよ」
「…なら、ここからは二手に別れよう。俺、シュー、サリットの3人は湖周辺の探索を、アルモ、レイス、リーサの3人はアルモのご両親の探索を…」
「待て待てアコード。別れて探すのは俺も賛成たけど、精神感応の魔法で交信ができるのは、アルモ達からだけだろ!?俺たち3人で対処できない事態が発生した場合はどうするんだよ!?」
シューの言葉に、俺は右手の人差し指と中指を右の蟀谷にあてた。
そして…
“シュー!!これなら、大丈夫だろ!?”
「!!!」
「まぁ!アコード様も、精神感応の魔法を習得なさったのですね!!」
「アコード!いつの間に習得したの?」
「サプコッタ大陸に来る途中、漆黒の翼の中でアルモに教わったんだ。アルモみたいに、大陸の端と端を結ぶまでの力はないが、ここの湖の数倍位の広さまでなら、大丈夫だと思う」
「教団の将軍が、私たちを待ち構えていることも考えられるわ。二手に別れても、それぞれ慎重に行動して、何かあったら私と君の…アコードの精神感応で連絡を取り合って、場合によってはすぐに合流しましょう」
「決まりだな」
「それじゃ、俺たち3人は早速湖の方へ行ってくる。アルモ達も、くれぐれも気をつけて」
「君こそ、本当に気をつけてね」
「シュー様にサリット様!アコード様のサポート、頼みましたわ!」
「リーサに言われるまでもないわ!任せておいて!」
こうして俺たち3人はアルモ達と別れると、湖の畔に向かって歩き始めた。
***
「クビラ殿!斥候が戻って来たようだぞ」
サプコッタ大陸にある湖の畔に、3人の将軍の姿があった。
その元に駆け寄る斥候の気配を察知した将軍の一人が、3人のリーダーとなっている、メルクーリュスのクビラに進言する。
「将軍殿に申し上げます」
「反逆者共の………アルモたちの様子はどうであった?」
「はっ。クビラ将軍と反逆者のソレイユ・リュンヌが戦った場所に立ち寄り、そこから二手に別れました。一方が黒髪の魔法使い、もう一方が反逆者アルモをリーダーとし、それぞれ3人ずつのグループで周囲の探察を始めた模様です」
「クビラ殿。いかがされるか?あやつらと戦ったことのある、クビラ殿のご意見を伺いたい」
「左様。あやつらに、我らが十二将の3分の1が殺められている。将軍格の人材はそうそう育たない故、これ以上、将軍が少なくなる事態は、避けねばなるまい」
「ワイギヤ教軍の将軍とあろう者が………と言いたいところだが、二将軍のお考え、ごもっともだ。黒髪の魔法使い………裏切者の魔法使いの末裔は、さほど脅威ではない。警戒すべきは、クレスの末裔、アルモだ」
「他大陸で、聖遺物を揃えつつあるから、我々でも歯が立たぬ、と?」
「ああ。だが、それはあくまで『1人対1人』だったら、の話だ」
「つまりは?」
「我らのうち、2人がアルモらにあたり、1人が黒髪の魔法使いらにあたる」
「そういうことだ。我の魔法と相性の良いメキラ殿の魔法でアルモらの相手をし、剛剣で知られるアンディラ殿に、黒髪の魔法使いの相手をしてもらうことにしよう」
「了解した」
「承知した」
「アルモよ。そして黒髪の魔法使いよ。この地が、そなたたちの墓場となるのだ。覚悟するがよい!!」
3将軍は二手に別れると、それぞれの獲物の元へと、静かに進軍を始めたのだった。