第45話~包囲~
セレスタ王がランデスを討ち取った翌朝。
「将軍!!インドゥーラ将軍!!!」
「何事だ!騒々しい!!!」
女官が用意した湯桶に布を浸し固く絞った後、汗だくの体をそれで拭いながら、将軍は苛立ちを隠さずに答えた。
「我は今、湯浴み中なのだ!それを妨げるに値する報告なのだろうな!!」
「申し訳ありませんが、急報でございます」
「分かった。入るがよい」
「失礼いたします」
“バサッ…”
“ムワッ…”
入口の幕を上げ伝令が中に入ると、中は薬草の良い香りを纏った湯気に包まれていた。
「して、何があったのだ!?」
「申し上げます。セレスタ王国軍により、ザパート連合公国軍は壊滅。生き残った公国兵は全てセレスタ王国軍に帰順。公国軍を指揮していたランデスは、セレスタ王との一騎打ちにて討ち死にしたとのことです!!」
“ポチャン…”
固く絞った布を湯桶に落とす将軍。
「急報!急報!!!」
そこに、間髪入れずに外から急報を告げる別の伝令兵の声が響き渡る。
「今度は何事だ!?」
“バサッ”
「インドゥーラ将軍!本部からの急報でございます!将軍が本部までお運びになったクレスの鎧は、どうやら偽物であったようです!!」
「なっ………何だって!?」
「教祖様が御大自らクレスの鎧に魔法をかけたところ、教祖様の強大な魔法に耐えかねた鎧は木端微塵になったとのことです…」
「…」
「将軍!!将軍!!!」
苦労して教団本部まで運んだ鎧が偽物であるという報告に絶句しているところに、さらに急報を告げる伝令の声が、幕舎内に響き渡る。
「…中に入り、申してみよ」
“バサッ”
「我が軍が、セレスタ王国軍全軍に包囲されました!!」
***
「将軍インドゥーラよ!表に出るがよい!!」
セレスタ王の声が、公国軍からの投降兵を加えて当初の1.5倍程の数となったセレスタ軍の、本陣から後衛、中衛、そして前衛を飛び越して、ワイギヤ教軍の本陣まで轟いている。
元来、陸上での白兵戦においては、将の声の大きさや兵士への届きやすさが勝敗を左右するとさえ言われており、セレスタ王のそれは、まさに天賦の才と言って然るべきであろうものであった。
”バサッ”
3人の伝令から急報を聞き、急いで戦支度を整えたインドゥーラが、その場に轟いているセレスタ5世の声を聞き、幕舎から踊り出た。
「セレスタ王よ!これは如何なる所業か!?我が軍はセレスタ王の味方であるはずですぞ!!」
セレスタ王に負けるとも劣らない声の質と大きさで、インドゥーラが返す。
「これは失礼した。インドゥーラ殿、戦いが集結した故、貴殿と話し合いをしたいのだが…」
「よろしかろう。1時間後、両軍の中心でお会いしようではないか!」
「…よかろう。会談の席は余が用意する故、インドゥーラ殿は1時間後に来られたし!」
「相分かった!」
セレスタ王とインドゥーラの会話が終わると、セレスタ軍内部は会談の準備のため、慌ただしく動き始める。
会話が終わっても臨戦態勢を崩さない両軍の前衛の中心に1つの幕舎が設けられ、セレスタ軍の宮廷魔導士隊によって、その周りを魔法や物理攻撃が貫通しない特殊なバリアが貼られた。
幕舎の中にはテーブルとイスが置かれ、いつでも会談ができる状態となった。
そして、二人の会話から1時間後…
”パカラッパカラッパカラッ…”
未だに両軍の前衛が臨戦態勢を維持する中、乗馬したセレスタ王と、それを俺とアルモが先導し、両軍の境目の中心に設けられた幕舎へと近づいていた。
「…陛下…どうなさるおつもりでございますか?」
「アコード殿……余は当初の予定通り、ここでワイギヤ教軍を殲滅するつもりだ」
「であるならば、陛下自らお出ましにならずとも良いのではございませんか?」
「アルモ殿、確かにその通りかも知れぬ。だが、ここで余が代役を立てたとなれば、臆病者の国王として、後世に語り継がれることとなろう」
「…分かりました。私とアコードが、陛下を全力でお守り致します」
「そう言えば、アンティムさんの容体は…」
「アンティムは、ランデスの矢を受けてからの治療が早かったお陰もあって、快方に向かっている」
「ならば、ますます陛下にはご無事でいて戴かないと、アンティムさんに顔向けできないわね、アコード!」
「ああ」
「…どうやら、着いたようだな」
”ザッザッザッザッ…バサッ”
馬を止め、セレスタ王がその場に降りる。
「陛下の御馬は、私がお預かりいたします」
幕舎の近くにいたセレスタ兵が、馬の手綱を引き、幕舎の周囲に張られたバリアの外へ連れていく。
「陛下。インドゥーラ将軍は、既に幕舎の中に入ってお出でです」
「そうか…」
するとセレスタ王は、腰に携えた得物を鞘ごと外すと、報告に来たセレスタ兵に渡そうとする。
「陛下…いくらクレスの子孫であるアルモ様と、アコード様が一緒とはいえ、危険でございます」
「…だが、インドゥーラの得物も、そなたが預かっているのではないか!?」
セレスタ王の目線の先には、インドゥーラが携えてきたと思しき剣が、幕舎の入口に立てかけられている。
「確かに……その通りでございますが…」
「なら、余が得物を携えて中に入っては、対等の会談はできまい。インドゥーラもそうであろうが、余にも護衛を買って出てくれたアルモ殿とアコード殿がおる。心配するでない」
得物を預かるよう、セレスタ王は兵の顔前に得物を再度差し出す。
「分かりました…ですが、くれぐれもご用心ください」
「ああ、分かっておる」
「アルモ殿にアコード殿…陛下のこと、くれぐれも頼みます」
「分かりました。お任せ下さい」
こうしてセレスタ王に続きアルモが、そして俺が幕舎の中へと入り、会談が始まったのだった。