心はホット、頭はクールに
サラブレの右手に炎が宿る。
「……っ!」
炎を直接傷口にかざし、火傷を負わせて止血。
「ふぅ、ふぅ……」
じっとりと額には脂汗が浮かんでいる。
これを見た俺は、彼女らしくない思い切った判断だと驚いたが、よく考えると、この方法が一番手っ取り早いのかもしれない。
治癒魔術を使おうにも、中々高度かつ被術者の体力をかなり消費する。よって現状況では愚策。
痛々しく焼けた傷に氷を生成して冷やし、処置完了。
「わざわざ攻撃しないでいてくれるなんてね。とんだお人好しなのか、はたまた舐めているのかしら?」
見えない対象物に向かい、問いかける。
「まぁいいわ」
返事はかえってこない。
彼女としても、元々返事などハナから期待していない。
「それにしても、随分とまぁ厄介な術をお持ちですこと」
珍しくよく喋るサラブレ。
狙いは俺達には何となくわかっていた。
「相手の攻撃を待っていますよね絶対」
「ああ、しかしそれにしても……」
しかしその作戦をするにあたって、彼女には少し足りないものがあった。
「「ぎこちない……」」
身振りが大きくなり、段々と話題のネタも何故か彼女の日常生活になっている。
「……それで、砂糖と塩って、同じ色なのに対象的な味で随分と面白いなと、先日ふと思ったの」
もはや独り言。これ以上不名誉な傷を負わせたくない。自傷をしてはいけない。
「あ、あの、こういうのって、相手を挑発したりするモノじゃないんですか? 逆に相手めっちゃ警戒していると思うんですけど」
「まぁ、あいつなりの考えがあるのだろう」
「だといいんですけどね」
つべこべ言っていても、俺達にはどうしようも出来ない。今は彼女を信じる以外ない。
「あら、もうお話することがなくなってしまったわ」
態とらしく笑ってみせる。
「全く、流石にここまで反応してくれないなんて、丸で私がおバ――」
「……」
来た。
大きな爪を装備し、音もなくサラブレの背後へ忍び寄る。
「でも私も本当はそんなんじゃないのよ? わかる? 分からないわよね」
一方、サラブレは背後に迫り来る危機に未だ気づいていない。
「はぁ、もっと人との接触を試みるべきなのかしら――っ!?」
「……♪」
遂に、その爪がサラブレの体をあっさりと貫いてしまう。
「……」
人形のように、もう動かなくなってしまったサラブレ。
結果を見届けたピエロ男は、コツコツと厚底のブーツの底を引きずりながら自軍へと歩みを進める。
呆気なかった。ここまで上がってきた相手が、特に大したこともせずに終わった。まるで手応えがない。
いや、こちらのレベルが高すぎたのか?
ピエロ男の口端が上がる。
弱い、まるで訓練用の木製模擬兵士と戦っているかのようであった。
ん? 模擬兵士……
と、ここでピエロ男の口端が下がる。
喜びは疑惑へ、そして疑惑は核心へと変わった。
「はっ!? まずいッ!!」
ここで上げる初めての声。
余裕の表情は何処へ。彼の目は今、サラブレの亡骸へと向けられている。
「くっ、傀儡だとぉ……」
失策。このレベルの傀儡は、正しく今のレベルの戦いとなれば驚きはない。
いつ入れ替わった? それに当の本人は一体……
「あら、気づくの遅いわよ」
何故だ、何故お前がそこにいる。
驚愕のピエロ男の目が捉えたのは、ひょっこりと首だけ宙に浮くサラブレの姿。
普通なら生首だと驚くが、ピエロ男はもうそれどころでは無い。
「なぁ、私の術を使っているぅ!?」
己の唯一無二の術だと確信を持っていた術を、サラブレが使っているとなれば、もうこの術は見破られたも同然。
「さて、反撃と行こうかしら?」
「☆♪▽☆▽※◎□!?」
動揺しすぎて、転びそうになりながら、自ら作り出した別空間への入口を開く。
「ああ、これも一緒にどうぞ」
そう言ってサラブレは、黒い弾を入口が閉じる寸前に投げ込んだ。
「!?」
驚くピエロ男だが、時すでに遅し。
空間へ閉じこもる……つまり密室状態の別空間へ謎の魔術を放り込まれる。これ程恐ろしいものは無いだろう。
そして、空間が白く染まる。
ーーーーー
ーーー
ーー
ー
その後、プスプスと煙を上げて、気絶したピエロ男が現れた。
『勝者、センス学院!!』
会場は歓声に包まれ、サラブレが戻ってくる。
「お疲れ様です!」
「よくやった」
ええ、と一言。
「疲れたわ……」
何しろ、あのピエロ魔術を初めて見よう見真似で使ったという。
その驚くべき才能と応用力に感嘆しつつ、なぜ出来たのか問うと、
「あら、一度見れば大体の魔術は、他の皆も出来るものじゃないの?」
と回答された。
天才は凡人の気持ちが理解できるまい。と嫉妬したのは内緒の話。
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