オレ朱音! こっちは相棒の……
目の前に現れたのは一匹のゴブリン。敵意は無さそうだ。
ーーーん〜、無視するのが妥当か
ゴブリンの横を素通りする。
「ギャッ」
気のせいか、後ろから何者かの気配がする。
「……」
後ろへ振り返ることはせず、歩く速度を早める。
「ギャッ」
そして鳴き声がひとつなり、後ろに存在する者もこちらの速度に合わせてくる。
「……」
「ギャッ」
もう一段階速度を上げるが、まだ着いてくる。
「……」
「ギャッ」
「……」
「ギャッ」
「……」
「ギャッ」
何時しか、俺は全力疾走しいた。
何とか振り切ろうとするが、相手が走ることに関して一枚上手だったようだ。
「はぁ、はぁ……」
体力の限界を感じ、遂にはだらしなく地面に座り込んでしまう。
「ギャイ?」
そして、後ろの気配の正体……案の定、ゴブリンは、そんな俺の様子を見て首を傾げている。
「“何してんだコイツ”って思ってるだろ」
お前のせいだよお前。とツッコミたいが、魔獣相手にそんなこと、虚しくなるだけだ。
「はぁ〜、ちょっと休憩」
「ギャッ」
ーーー何なんだ? さっきから俺がなにかする度に、納得した感じで鳴くの。何なんだ?
クレルからの反応はない。
ゴブリンはじっと、俺を見つめて立っている。
ーーー居心地悪いな……
「ほれ、こっち。こっち来て座れや」
分かるのか知らないが、なるべくわかり易そうに、俺の横の地べたに手をパンパンと叩いて、ゴブリンをそこに座るよう促す。
「ギャッ」
返ってきたのは、やはり納得したような鳴き声。
「よしよし、いい子だ」
ゴブリンは俺の横に来て、胡座をかいて座る。
ところで、何故このゴブリンは、やけに俺に懐いているのか。
ーーー多分あの時助けたヤツだろうな
熊に襲われていたゴブリンを助けた記憶がある。そのゴブリンなのか、見た目で判断つかないが、当たっているだろう。
「ほれ、コレ食えるか?」
帰る途中に寄った店で買ったパンを半分、ゴブリンへ差し出してみる。
「ギャッ」
ーーーおぉ、食ってる食ってる
基本なんでも食べると思われる。イメージ的に。
「あっ!」
とここで、重大な事実に気がつく。
「何処だここ……」
ゴブリンとの追っかけっ子の際、深い森へ迷い込んでしまったようだ。
「やっちまったぁ」
ここから抜け出すのは至難の業。真っ直ぐ歩いているつもりでも……という話はよく聞く。
「ギャイ!」
そこでゴブリンの気合いが入った鳴き声。
「ギャイギャイ……」
「なんだ?」
俺の匂いを嗅ぎ始めた。
「ギャイギャイ……」
そして次に地面のにおいを嗅ぎ始める。
ーーーま、まさか……
そのまさかである。
ゴブリンはこっちだと、案内するように這いつくばって歩き出し、遂には森を抜けることが出来た。
「もはや犬、君犬出来るわ」
そう言ってゴブリンを撫でる。
「ギャイッ」
そう嬉しそうにする仕草は、犬そのもの。
「よし、お前の名前は”ベス“だ!」
「ギャイッ!」
よっぽど気に入ったのか、その喜び方は、さながら庭を駆け回っている犬そのもの。
「んじゃあベス、鍛錬のときは一緒に付き合ってくれよな」
「ギャイ!」
ベスは放し飼いすることにした。
▽
そして帰宅し、ソファに座って一言。
「何やってんだ俺」
犬は犬、ゴブリンはゴブリンであろう。
ーーー冷静に考えてベスはないわぁ〜、犬かよ
あの喜びようを見た後に名前を変えづらいと、もっとちゃんと名前を付けてやれば良かったと、今更後悔する俺であった。
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