ごちそうさま
「ん、ぅ……」
「あっ、ツダ君……大丈夫?」
目を覚ました場所は、魔王城。自室のベットで暫く気を失っていたようだ。
「ぁ、おはようございます」
「えぇ、おはよう……ふふっ、寝ぼけてるのかしら」
未だ意識がハッキリせず、微笑するレシファの顔を確認し、安心したように再び瞼を閉じる。
「これっ、二度寝はよさんかっ。我の仕事が片付くまで、レシファがお主のことをつきっきりで見てくれていたのじゃ……これ以上レシファに迷惑をかける訳にはいかん」
リリィだ。腰に手を当て、こちらを叱りつける。
「あら、魔王様は素直ではないようですね」
「むっ、どういう意味じゃ」
「本当は、久々にツダ君と二人きりになりたいと……そう仰ればよろしいのに」
「そ、そそそ、そのようなことは決して……」
「ふふふっ、とても可愛らしいですね」
「むぅ、言うようになったのレシファ」
和やかな二人の会話を、ぼーっと虚ろな目で見つめる。
「どうしたのじゃアカネ……すまぬ、未だ万全ではなかったか?」
「ううん、大丈夫」
「ツダ君、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ……どうかした?」
二人は不安そうに顔を見合せる。
少し経ち、リリィが意を決した様に、此方に向かって言った。
「アカネよ、なんと言うか、その……此方としてはどうて事ないのじゃが……」
「どうしたのさ、言ってよ」
「お主、ツノが生えておるぞ」
「ツノ……」
確かめるべく、自らの頭を撫で回してみる。
「あっ、これかな」
手に触れた固い、先の丸まった、一般の魔族のそれとは少し違った形をした“ツノ”と呼べる物が確かに存在していた。
「おぉ、これで魔族の仲間入りだね」
「気にならないのか?」
「うん、まぁ別に……というか寧ろ、ツノがあった方がこれから先色々と困らないしさ」
「うむ、そうか、なら良いのだが……」
瞬間、リリィの目付きが鋭くなる。
「お主……“こちら側”のアカネでは無いな」
「ん? どうしたの?」
「惚けるでない、我の目は誤魔化せんぞ」
「ふふっ、流石は将来のお嫁さんってところだね」
そう言って、少しからかう様に言う“ボク”は、警戒しているリリィと、悲しみに満ちた表情をしたレシファに薄く微笑む。
激しい胸の痛みを必死で堪えながら……
▽
「我の……我の知るアカネはどこに行った」
「今は関係ないことだよ……もう、終わったことだよ」
「っ! それは、それはどういう事じゃ!」
「レシファ」
問いただそうとするリリィに構わず、レシファに話しかける。
「我を無視するな!」
「ごめんね、リリィ……少しだけ眠っておくれ」
ボク自身が唯一使える魔術である、睡眠で必死な形相で叫ぶリリィを眠らせる。
「やっと、二人きりで落ち着いて話せる機会に巡り会えたよ」
「やはり貴方でしたか」
「気付いていたんだね……やっぱり、ボクじゃ嫌だったかな?」
泣きたい気持ちを堪え、努めて明るい調子で聞く。
「いいえ、そうではありませんよ」
「どうして? ボクは本当の津田朱音じゃないんだよ」
否定されたい訳では無いのに、何故か中々認めさせたくない自分がいる。
「確かに、貴方は本当のツダ君ではありません……でも、だからと言って、“偽物”という事でもありません」
「ぇ、どういう、こと」
「ツダ君はツダ君、貴方は貴方。本物だとか偽物だとか、そういった話は、正にお門違いと言えますね」
「……」
それに、とレシファが続ける。
「貴方、そろそろ限界なのでしょう?」
「……」
「黙っていても仕方ありませんよ、何のために私と二人だけになったのか……私に何か用がおありなのでしょう?」
「一言だけ伝えたいんだ」
「ん?」
緊張で手汗が半端じゃない。深く息を吸って、そして吐く。
気を引き締め、ボクは最初で最後の大勝負に出る……
「愛しています」
「……」
「この燃え尽きる命、ほんの僅か数分だけの残り少ない命……その間だけ、ボクと……ボクと付き合ってください!」
顔が熱い。恥ずかしさで死にそうだ。
「……」
返事までが永遠のように長く感じる。
そして、遂に、レシファが口を開いた。
「はい、喜んで!」
涙を流し、笑っている。
きっとこれは嬉し涙なのだろう。決して気を使って言ったわけじゃない。
そう思っても今は良いだろう。
最期なのだから。
心の中でそう言い訳をして、ボクは瞼を閉じる。
「嬉しい……嬉しいよ、ボクは幸せものだ」
「私もよ! 私、も……ぐすっ、私もしあ、わせだよぅ……!」
そろそろ眠たくなってきた。
「ねね、おねだりしていい?」
「うくっ、どうしたの?」
「おやすみなさいのキス。してちょうだい?」
「ふふっ、甘えん坊なのね」
レシファはそう言って、ボクの頬に優しくキスをする。
「おやすみなさい」
「っ、……おやすみなさいっ」
レシファの笑顔を最期に、ボクの意識は光に飲まれ……
死んだ。
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