手強い相手
遅くなりました。
何故だ、俺が何か魔王の気を損ねる事でもしたのか。
未だ消えることの無い恐怖を覚えながら、フロウと向かい合うようにして、リリィの座るソファに座った。
「……」
ーーーリリィは俯いて表情が見えねぇ
「……」
魔王は、ただ俺をじっと見つめている。
「……」
俺も視線を外さず、魔王を見つめる。
ーーー外したら速攻で食い殺されそうだな
暫く睨み合いが続き、遂にフロウが口を開いた。
「其方が、リリィの交際相手にあたる、ツダ・アカネで間違いないな?」
「はい」
余計なことを喋ると殺す。そんな目付きをしていたため、必要最低限の返事を返す。
「それで、其方はリリィをどれ程愛しておる」
「……」
質問の意図がわからない。この魔王は、一体俺をどうしたいんだ、目的はなんだ。頭を巡らせるが、答えにたどり着かない。
ーーーまぁでも、この質問は簡単すぎるな
「この世で一番愛している者の、”ひとり“です」
「……それはどういう意味だ」
隣のリリィがピクリと体だけ反応し、フロウは更に圧を強めて問う。
「魔王様は未だ存じていないと思いますが、俺にはもう一人、愛する愛娘がいます」
「なに?」
するとリリィから、ほっとしたように、肩の力が抜けるのがわかった。
フロウも、リリィと同じように圧を一段階落とし、再び俺に問う。
「今はおそらく昼寝の最中だと思われますが、それはそれは可愛らしい子ですよ」
「で、其方が父だとして、母は誰にあたる」
「勿論、リリィでございます」
「なぁ!?」
魔王、赤面。
「りりり、リリィ! お主は既に彼奴と身を重ねていたのか!?」
「!?」
突然の緊張の緩みと、魔王の豹変に驚く。
そして、先程から俯いていたリリィも、顔を勢いよく上げ、
「そんなわけあるかぁあ!」
と、彼女もまた顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……」
目まぐるしく変わる場の空気に、俺は置いてけぼり。
俺の様子に気づいた二人は、落ち着きを取り戻し、俺に事の経緯を説明し始めた。
▽
「ふわぁ……お姉ちゃん、ヴァンピィお昼ねするの……」
「夕飯には起きてくるのじゃぞ」
「んみゅぅ……」
昼食を平らげたヴァンピィは、直ぐに目をさすり、寝室へテクテク向かっていった。
朱音の居ないヴァンピィのお昼時間は、寝るか食べるかの二つだ。
「今日は寝る日か」
少し呆れたように笑いながら、洗い物をしに向かう。
「ふぅ」
洗い物やら、夕食の準備やらが終わり、書斎の椅子に腰をかける。
これから、紅茶を飲みながら読書という、リリィの安らぎのひとときを過ごす。
本日は魔獣の生態について、詳しく書かれた本を読む。
実は初めて読むものではなく、今回で三週目に入る。
「……なんじゃ」
中程まで読み進めていた時、背後に、空間の歪みができていた。
一度本を閉じ、その歪みを睨む。
「魔獣ではない……」
だとしたら考えらるのは、魔族。
しかも、空間を歪められるほどの力を持つ、極めて強力な者。
「……」
警戒していると、歪みから足がでてきた。
そしてゆっくりと全身が現れる。
「久方ぶりだな」
「フロウさん!」
正体が、凡そ百年ぶりに会う姉的存在と知り、直ぐに駆け寄る。
「どうして此処に?」
「休養が取れてな、そこで久しぶりにお前の顔を見たいと思って来た」
「我も会いたかったのじゃ」
早速フロウと居間に行き、お茶を用意する。
「やはり、お前の茶は美味いな」
「そうじゃろ?」
そこから、最近の様子はどうだとか、美味い菓子の話だとか、仕事とは離れた、和やかな話に花を咲かせた。
「なにぃ!」
話が恋愛に移った時、フロウが目を見開いて驚く。
「お、お前に恋人ができたとな……」
「驚くことか?」
「勿論だ、しかも人族とは……驚くばかりだな」
何か考え出すフロウ。
「よし」
「ん?」
「その恋人に、お前への愛を存分に語ってもらおう」
「ええ!」
「勿論ただ言ってもらうだけではつまらん……少し芝居をやってみるか」
いきなりの事に、恥ずかしさから、あまり乗り気になれないリリィ。
「安心しろ、いい機会だと思って、どんと任せておけ」
そして、朱音が帰宅し、現在のネタばらしまでに至る。
「はぁ……」
話が終わり、力が抜けた俺は、ソファにもたれ掛かる。
「すまんのぅ」
「いやいいよ、改めてリリィに言いたいことを言えたから」
「アカネ……」
「リリィ……」
と、いい感じのムードの中、
「おっ、しちゃうのか? おっ始めるか?」
それをぶち壊す者一名。
「「はぁ……」」
今は中学男子のようなフロウに、同時に呆れる。
「いや〜、面白かった……それでは、また今度会おう」
突然に一人で締めくくり、そのまま空間を捻じ曲げて消えて行った。
「なんか……」
「疲れたの〜」
振り回すだけ振り回し、更には微妙な空気を残してそのまま帰っていった魔王。
未だ詳細不明ながらも、既に、もう関わりたくないと思い始めた俺であった。
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