モテるのも大変です
目の前に、緊張した面持ちの少女が立っている。
「あ、あの! これ受け取ってください!」
少女はそう言って、此方に手紙が入っているであろう、可愛らしい封筒を押し付けるようにして手渡す。
「で、では!」
それだけして、少女は走り出して行った。
「はぁ……」
渡された自分は、本日三度目の事に、ため息を漏らす。
しかし、拝見せずに捨てる事は流石に出来ないので、開封している。
手紙を開き、目を通す。
カラ・リューカ様へ
入学当時から、貴女の美貌に惚れ込んでしまいました。
眠る時も、覚める時も、私の頭は常に貴女の事で満たされています。そんな日々が続き、私は遂に、貴女にこの様な手紙を渡してしまいました。恐らく、気弱な私は直接思いを告げることが出来ず、この手紙だけ手渡して今頃は無様にも、逃げ帰っていることでしょう。
そんな私をお許し下さい。なんなら、貴女に身を捧げる覚悟でいます。いえ、そのようなことは、かえって迷惑ですね。ですから……
長い。それよりなんか危ない子な気がする。
「はぁ……」
二度目のため息をつく。
「どうしてなのかしら……私は女なのに」
カラ・リューカはモテる。“女子”に。
彼女の大人びたルックスや、ストイックな性格からか、異性からは手の届かない存在となっている。
しかし、同性からは彼女の特徴が逆に、憧れる要素であるらしい。生徒会に入ったた途端、彼女の存在が一気に広まり、惚れた女子生徒達はほぼ毎日のように、彼女を呼び出しては恋文を渡すだけ渡して走り去る。そんな日々が続いているのである。
「男子も少しは私に興味を持ちなさいよ」
そう愚痴るカラ。頭に過ぎるのは同じく生徒会の二年。何を考えているのかよくわからない、へらへらと笑っている男の顔。
「あーもう! 甘い物食べよ!」
何故か腹が立たってくる。
買い物をして帰ろう。そう立ち去ろうとした時、
「カラさん♪」
また、告白をしに来た生徒が来た……
そう、何度目かになるため息を飲み込み、振り向く。
「あら、貴女は確か……」
見覚えのある顔に、少し驚く。
「覚えてくれてたんですねぇ♪」
「ええ、忘れようとしても無理ね」
「それはもう、私に夢中ということで確定ですね♪」
「ないわ」
腹立つ言い方が特徴の女子生徒……カプチ・コーフィは、腹立つ台詞をはき、益々腹が立つ。もう、腹が立つ。変に腹が立つ。
「いやー、まさかカラさんがおモテになっていたとは、羨ましい限りでございます〜、プクク」
「ぶちのめされたいの?」
さらに挑発をかけてくるあたり、流石だなと思う。
「こんなにも人を怒らせることが出来る人も、貴女位よ」
「光栄であります!」
「ムカつくわ……」
と言いつつも、怒る体力が残っていない。
「あら、元気ないですね」
「誰のせいよ誰の」
カラはそう言いながら、体を休めようと近くのベンチに座る。
「今ならカラさんを貪れそうですね……性的に」
手をわしわしさせながら、カプチは冗談に聞こえない冗談を口にした。
「そうね、したいなら勝手にしてどうぞ」
本来ならば、全力で阻止するのだが、今のカラにはそんな体力すら残っていなかった。精神的に。
「えっ……あ、あぅ……」
予想外の返答だったのか、カプチは顔を真っ赤にさせて、手をモジモジさせる。
「なに、しないの?」
「ん〜〜〜!」
つまらなそうな視線を向けるカラに、ぶんぶんと首を横に振るカプチ。
「ヘタレね」
「う、うるさいですよぅ」
「さっきまでの威勢はどうしたの?」
「もう! やめてくださいー!」
言葉は容赦ないくせに、行動に移せないカプチに、
「案外可愛いとこあんじゃん」
と、素直に口にする。
「そ、そそそ、そーゆーところですよ!」
すると突然カプチ、再び赤面し、こちらに指さしながら言う。
「なんのこと?」
「台詞がもう、女の子の言うことじゃないという意味です!」
「ん?」
さっぱり意味わからんと、首を傾げる。
「不意打ちでキュンとする言葉とか、キュンとする表情とか……全部女の子がする事じゃないんですよ!」
「何言ってんの?」
自分は普段通りで何も意識はしていない。そんな所が駄目なのかと、内心落ち込む。
「こほん、良いですか? 男の子にモテたいというならば先ず……」
「先ず……?」
何故こんな流れになった、そもそも何故それがバレている。
色々と疑問が浮かぶが、小さいことは気にせず、ゴクリと息を呑む。
「“デレ”を覚えてください」
「ナニソレ」
初めて聞く単語に、早くも混乱する。
「簡単に説明すると、相手にデレる……つまり、でれでれとだらしなく甘えてみるのです!」
「無理ね」
甘えるなど、相手に迷惑だ。寧ろ、自分はどちらかというと、甘えられる側に属するだろう。そう結論づけた。
「ダメですー! 男の子にモテなくても良いんですか?」
「そ、それは……」
「でしたらやりましょう!」
ふんすっ、と何故かカプチが張り切っている。
「手始めに、私にデレてみてください」
カプチが胸に手を当て、そう言う。
「貴女に?」
「ではそこら辺の男を呼んでみますか?」
「カプチさん、よろしくお願いします」
「よろしい」
不本意だが、やってくれると言っているのだ。
「こほん……ではいくわよ」
「どうぞ」
カラは少し照れた表情で、
「あ、あの……少しは私の相手もして……ね?」
「……」
何も言わずに、固まるカプチ。
「ど、どうだった?」
「……」
「何か言いなさいよ、恥ずかしいじゃない」
すると、カプチがこちらに抱き着いてきた。
「なにかしら!?」
「私が相手をしてあげますぅ♡ 何されたいですか? エッチな事ですか? 何でもしますからさぁ言って!!」
「落ち着きなさい!」
半分理性を失っているカプチ。
「はっ!」
「やっと正気に戻ったわ」
「すいません! 私としたことが!」
即土下座をしたカプチに、はいはいと頷いて許してあげる。
「それよりさ、貴女は私のために今日来てくれたんでしょ?」
「……はい」
からかいに来ただけとは、口が裂けても言えない。
「ありがとね、カプチさん」
「うっ……大した事じゃないですよ」
胸が痛くなる。
「あの、貴女に少し甘えてもよろしいでしょうか?」
「ひゃい!?」
まさかのカラの言葉に、返事を噛んでしまう。
「モテる特訓の、練習相手になってくれます?」
「もももも、勿論ですとも!!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶ。
「では早速、練習しましょうか!」
「そうね」
張り切るカプチに、微笑ましく思うカラは。
「では早速……脱ぎましょうか♪」
「え?」
「脱ぎましょう! さぁ早く!」
未だ理性がぶっ飛んでいたカプチ。ハァハァと息を荒くしながら、こちらに迫る。
「頭冷やせぇ!!」
「ふぎゃ!」
強烈なビンタをくらい、地面に倒れ込むカプチ。
男の子にモテる秘密の特訓……早くも難航か?
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