どらごんたいじ
「やっふーいなの〜!」
決勝戦開幕と同時刻。
ヴァンピィは現在、パタさんに掴まれ飛行中。
『本当に良かったのか、魔王の承諾も得ていないのだろう?』
「うぅ」
どうやらヴァンピィ、またリリィに内緒で、どこかへ行くようだ。
「へ、平気……なの」
全く平気ではない“平気”を口にして、ヴァンピィは話を別の話題へと変える。
「ねーねー、いつ着くの〜? “どらごんの巣”って所」
そう、本日ヴァンピィが向かう場所は、ドラゴンの住処。
そしてそこで……
「楽しみだな〜、どらごんたいじ!」
『そうだな』
ドラゴン。たった一匹で村もしくは、街を破壊し尽くすという。神獣を含めないで言うと、この世界で最も恐れられ、そして最強と言われている生物である。
一説によればはるか昔、一つの国を破壊し、それだけでは飽き足らず、二つ目、三つ目と次々と国を滅ぼし、魔界滅亡の危機に追い詰めたドラゴンも存在していたという。
そんな最強の生物に挑もうとしているヴァンピィを掴むパタさんは、昨日の夜の出来事を思い出していた。
魔王城にある書斎。静かなこの場所にひとつ、小さな人影がある。
「ふぅ、今日はこれくらいかの」
リリィだ。
最近彼女は、ある恋愛ものの小説にハマっており、ついつい夜更かしして読みふけってしまう。
因みに朱音はいびきをかいて、自室で就寝中だ。
そろそろ眠りにつこうと、しおりを挟み、席を立とうとした時、
コンコン
すぐ隣の窓を、何者かがノックする音が聞こえた。
「ん、なんじゃ?」
閉めていたカーテンを少し捲って確認する。
「うぉっ」
見えたのは、ホバリングをしながら此方と目が合った大鷲であった。
「パタさんか、脅かさんでくれ」
胸をなでおろし、窓を開けてパタさんを中へと入れる。
『すまんな、こんな夜更けに』
「よいよい……して、どうしたのじゃ?」
初めて此方への訪問のため、どうでもいい事ではないというのは明らかだ。
『手短に伝えよう……明日、ヴァンピ
ィがドラゴン退治に行く』
「……へ? い、今なんと」
あまりのことに耳を疑う。
『ドラゴン退治だ』
「誰が?」
『ヴァンピィ、そして私だ』
「う、嘘ではないのじゃな?」
『ああ』
止めなければ、今度ばかりは遊びでは済まされない。
「ならん! それだけは口を出させてもらう」
『やはり、か』
「当たり前じゃろ!」
分かっていたのなら、何故初めから……内心そう愚痴る。
『しかしながら、私はできるだけ彼女の願いを叶えてやりたい』
「それは分からんでもない、じゃが、今回は別じゃ」
キッパリと断るヴァンピィに、安心しろ、とパタさんは続ける。
『別に本気でドラゴンとやり合おうなど、ハナから思っていない』
「どういうことじゃ」
本質が読めず、聞き返す。
『ワイバーンを狩りに行く』
「ワイバーン……なるほど」
ワイバーンはドラゴンに似ているが、実際のドラゴンと並べると子供と大人以上の差がある。
しかし、ドラゴンを見たことのない者からすれば、ワイバーンは充分迫力がある。
「じゃがワイバーンとて、危ういことには変わりない」
それでも懸念を示すリリィ。
『問題ない、私がいる』
「確かにお主は神獣……じゃが戦闘においては未だ信用しきれん」
神獣がいても尚心配しきれないリリィ。そんな彼女に、パタさんは
『暫し待たれよ』
と言って、有り得ない速度で飛び去って行った。
「どうしたものかの……」
予想を大きく上回る子供の好奇心に、気疲れを感じながら、既に見えなくなったパタさんの方向を眺めているのであった。
▽
『只今戻った』
「随分と早かったの」
数分でパタさんは戻ってきた。
「一体何をしておった?」
リリィがそう聞くと、パタさんから淡い光が放たれた。
「なんじゃ!?」
その光は広がり、そして何かの形をして消えた。
「な、なんなんじゃこれ」
光が消え、残ったもの。それは、
『見てわかるだろう、ワイバーンだ』
約十匹程のワイバーンを床に広げて、誇ることなく言う。
「そんなことは分かる! じゃが、たった数分でこんな……」
『これで少しは信用できるか?』
実力をしっかりと見せてもらっては、頷く他ない。
『これでも神獣と呼ばれる身だ。少しはヴァンピィを任せてもらいたい、それに、私は彼女の従魔でもあるからな。命に変えてでも守り抜く』
「……そこまで言われては仕方ないのじゃ」
覚悟を示してくれたのであれば、此方としてもその覚悟を否定したくはない。
「一つだけ、条件がある」
『なんだ』
「帰ってきたら、ヴァンピィをしこたま叱ってやらねばならん。無理矢理でも此方へ連れてくるように」
『承知した』
ああそれと、と言ってリリィが続ける。
「一体何故またドラゴン退治に行くとなった?」
『絵本だ』
「絵本?」
『ああ、勇者がドラゴンを討伐するというありふれた内容のな』
「まったく……」
そんなことに憧れるなど、まるで少年だなと心の中でヴァンピィにツッコミを入れるのであった。
「ねーねー、パタさんまだ〜?」
『あと僅かだ』
飛ぶことに飽きてきたヴァンピィに、そう告げる。
「わかった! じゃあ、一緒に頑張ろうね、どらごんたいじ!」
『ああ』
どこまでも無知で、好奇心溢れるこの小さな少女に、とっくに心を奪われているパタさんであった。
『つくづく甘いな、私も、魔王も』
「んー? どうしたの?」
『気にするな……少々速度をあげるぞ』
ドラゴンの巣まで、もう目と鼻の先。
これから起こるであろう、スリルと冒険に、胸を躍らせながら、ヴァンピィは吠える。
「やっふーいなの〜!!」
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