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殺してやる…

作者: 嘘月

今回のテーマは『前進』です。

何かに行き詰まった時、一番頼れる親友のことを思って書いてみました。

もし時間に余裕がある、という方は読んでくださると幸いです。

  ビル群から少し離れた街、居酒屋が賑わう時間帯の空に、いくつものため息が溶けては消える。

  立ち止まってため息。

  通り過ぎる電車を見てもう一つ、ため息。

  一瞬、居酒屋のガラスに映った自分は、ボサボサの長い髪が不幸して、まるで貞子のような見た目をしていた。

  『汚れちまった悲しみに今日も小雪が降りかかる。』とは、よく言ったものだ。こんな負の感情で塗りたくられた私には雨すらも降ってくれない。

  つい最近、三年間付き合っていた彼氏と別れた。理由はあまり言いたくないが彼氏の浮気。それからの私はとても酷かった。

  寝坊に遅刻、書類に書かれた0の数が合わなかったり、提出に間に合わなかったり、極めつけは会社のお得意様に契約を打ち切られたこと。

  まるで絵に書いたような失敗ばかりをする私を、とうとう会社は手放した。

  原因は分かっている、何事にも自信を持てず、常に誰かを頼る私の性格だ。きっとこんなんだから彼も愛想を尽かしたんだろう。

  あぁ、死にたい…

「あれ?さゆみ?」背中をとんとん、と叩かれそっと振り向き、私は目を見開く。

「え、ゆき?」

「うん、久しぶり!どーしたの?暗いよ。」

  茶髪のショートカットをした、この現代に生きるような女性は『上白石 ゆき』中学校の頃、唯一腹を割って話せた親友だ。

「え、いや、なんでもない。」

  ゆきの顔から目を背ける、この希望満ち溢れた顔は今の私にとって毒以外の何物でもない。

  さっさと消えて欲しい…

  左手の時計を見て、あ、と口を開く。そして逃げるように、嘘をついた。

「ゆきごめん、私これから行くところが…」

  言いかけた瞬間、右手をガッと掴まれる。

「ご飯行くよ。」

「え、いや、私これから…」



「それじゃあ、すき焼き二人前で。」

  はいよ!と威勢のいい店員が消えていく。自分の仕事に誇りを持っている、とばかりに眉間に深く刻み込まれたシワは、そう語っているような気がした。

  ねぇ、さゆみ。向かいのゆきはテーブルの上で手を組む。

「最近、何かあったの?」

「…特になんにも。」

  ウソね。カランと音を立ててコップを口元に寄せる。そして私をキッと睨んだ。

「ねぇ、久しぶり会ってなんだけど、あなた自殺しそうよ。」

「…そんなことないよ。」

  私は無理やり笑顔を作る、喉の奥からこみ上げる吐き気を我慢して。

  気持ち悪い…。

  すると、この険悪な空気を切るように「お待ちどぉ、すき焼き二人前ね。」ゆき、私の順番にすき焼きの鍋とバーナーをセット、今流行りのスマイルをサービスして奥に戻って行く。

「それ、私の奢りだから。」

  ゆきの顔を見る、さっきとは打って変わって微笑んでいた。

「さゆみに何があったかは分からないけど、時には美味しいものでも食べて、気分入れ替えよ。」

  さぁ食べた食べた!と私のバーナーを点火する。

  しばらくして、コトコト、コトコト、鍋は弾み始めた。

  箸に手を伸ばす、その前に、

「ねぇ、これ本当にいいの?」

  私は問う、本当にこんな私が食べてもいいのだろうか?少なくとも、もっとふさわしい人はいるのに。

  あのね…ゆきは呆れた顔で、

「こういう時に遠慮したら負けなの。そーゆーところがさゆみの悪いところだよ。」

  それにね、一息ついて続ける。

「私は昔からこういう人間なの。さぁ、早く食べないとタレ全部蒸発しちゃうわよ。」

  ニッと笑う、不敵にもその笑みに安心感を覚えた。

  あの時と変わらない…

  すき焼きの香りが蓋を曇らせる。蓋を開けると湯気が私を包み込み、右手の箸が自然に鍋へと吸い込まれていく。

  アツアツの豆腐を、ハフハフとしながら一口で頬張る。それでも、なかなか冷めない熱を、なんとか冷まそうとするうちに、仕事のことなんてどうでもよくなってきた。

  勢いは止まらない、次はメイン、すき焼きの花、肉だ。

  2、3枚を一気に掴む、卵と一緒に日頃の鬱憤を絡め口に運ぶ。最高の調味料が絡まった牛肉は今までで一番美味しい。

  シャキシャキ、ネギの食感はストレスを消し去り、噛めば噛むほど甘みが口いっぱいに広がる。

  シメで投入したモチモチのうどんは、ポッカリと空いた私の心を満足感で満たしていく。

  おいしい、うまい、止まらない。

  途端、箸が空を切る。いつの間にか全部食べてしまったらしい。

  私は箸を置き天井を見上げる。そして大きく、大きく。

『フゥー。』ため息をついた、自分の中の悪いものを全て吐き出すように。

  こんなの、いつぶりだろう?

「おいしかった。ごちそうさま。」

  バーナーのゆらゆらとした火が消える、それはまるでお祭りが終わるように、静かで、虚しく。

  気がついたら私は泣いていた、大の大人が。表面張力を失った水のように筋を引いて。

 


 ――――


 

  一人一人の思いが交差する、きっとここは世界で一番居心地が悪い。

  ここで夢やぶれて、実家に帰る人もいれば、二週間後の合格発表を見て希望を手に入れる人もいる。

  そう私は今、試験会場に来ている。今年の試験は異例ずくしとの話を聞いた、異様に消防士の希望が多かったり、倍率が15倍という数字を記録したりと。

  ちなみに私は消防を受けることにした。理由は多々あるが、一番は、やはりゆきの存在だろう。実は彼女、救急救命士をやっていて、『人の命を救う。』ということに誇りも持っているんだとか。

  それを聞いた私も、『誰かを救ってみたい。』と消防を受けることにしたのだ。

  もちろん並大抵でないことは重々承知だ、でも…

  私は時計を見て、時刻を確認し長い髪を後ろで束ねる、より試験に集中するために。

  それとほぼ同じタイミングで前方のドアが開き試験監督が入室。

  会場が一気に静まり返る。緊張が高まり車の騒音さえもかき消した。

  そして、

「試験開始!」

  それでも、あの時の私はもういない。変えてやる、絶対に変わってやる!


  だから、私は…



  ――殺してやる…あの時の私なんて。

こんばんは、嘘月です!

今回の作品は少し重めの内容でしたが、いかがでしたか?

今回は前書きでも書いた通り、『前進』をテーマに描きました。

実は私も物事を前向きに考えるのが苦手です。それゆえかその場で足踏みをしていて前に進めないことも多々あります。まるで、すき焼きを食べたあの人みたいですね。

そんな時、私の父が「うまいものでも食って、元気出せ。」とラーメンをご馳走してくれたのをいまだに覚えてます。

だから、こんな親友がいたらいいなー、と思いその親友を「ゆき」として登場させました。

後書きが長くなってしまい申し訳ございません。まだ書きたいことはたくさんあるのですが、今日はここら辺で失礼させていただきます。

最後に、ここまで読んでくださった読者の方に感謝です!

誠にありがとうございました!またどこか『嘘月』という名前を見かけることがありましたら、よろしくお願いします。

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