82 湾岸戦線
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そこは暗闇で囲われた陰鬱な空間。奈落の底から響き渡る様な、悍ましい声。そこに男女の一組が寄り添っていた。
「供給が一つ絶えたな」
「愛しき君、どうなされます? 私が行って潰して来ましょうか?」
「待てメイロード、奴らはアルキエルまで倒したのだ、行っても確実に潰せる保証はない。それに神々の監視もきつくなっている」
「ですが愛しき君。あのクソガキ共が、今でものうのうと生きている。私はそれが我慢なりません!」
「今は力を蓄える時だ。いずれ奴らはこの手で八つ裂きにする。それまで人間共には、精々踊って貰うとしよう」
ロメリアは既に力を取り戻していた。しかし、神二柱を倒したペスカ達に脅威を感じていた。それ故に、グレイラスが起こした、ラフィスフィア大陸中の火種を利用した。
混乱を深め、人の悪意や憎悪、狂気や恐怖を増加させ糧にする。更に力を蓄え、今度こそ自分の存在を脅かした憎き奴らを抹殺する。ペスカと冬也が切り刻まれ、命乞いをする姿を夢想し、邪神ロメリアは悦に浸る。
「さあ、踊れ人間達よ。世を滅ぼし、我が糧となれ!」
だが、メイロードの気は収まらない。何もかもが気に食わない。邪神ロメリアが人間を操る事も、憎きガキ共に執心するのも全てが気に食わない。
愛しき君は、私の物だ。私だけ見ていれば良い。何故、他の物に目をやる。
腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。恨めしい。恨めしい。恨めしい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。あぁぁぁぁぁ~。何故、何故ぇ~!
メイロードの腸は煮えくり返る。だがメイロードは、煮えたぎる想いを内に秘める。来るべき時の為に、大陸を一瞬で消し飛ばす力が、メイロードの身に蓄えられ様としていた。
☆ ☆ ☆
一方、車を走らせるペスカ達は、国境沿いに近づいていた。農場から更に車中で一泊して、湾岸沿いに向かう。街道を走らず、平野や荒れ地をひた走る。
運転は空も加わり、冬也、翔一を含めた三交代で、車を走らせる。その間、ペスカは武器の作成の余念が無かった。
翔一により最新の情報が、スクリーンに映し出される。シュロスタイン王国から、徐々に赤い点が青く変わっていく。
「上手くやってるようだね」
ペスカは作業の手を止め、ほっとした様な表情でスクリーンを見つめる。アーグニール王国、グラスキルス王国は未だ赤い点が増え続けているが、三国の内一国が落ち着きを取り戻したのは、大きな前進だろう。
だが大陸が窮地を脱した訳では無い。再びペスカは作業を続けた。
湾岸沿いをひた走り、国境まで後数キロまで近づく。地図上では、湾岸沿いには山脈が有り、国境を隔てている。
運転を冬也に任せた翔一が、周囲の探知をし、走行ルートの検討をしている時だった。人とは違う気配を感じ取り、翔一は全員に警告をする。
「冬也、車を止めてくれ。みんな注意して、国境沿いに何かいる!」
翔一は集中して探知を強め、更に国境沿いを探った。
「何だろう、変なマナの塊を感じるんだ。ペスカちゃん、少し拡大して貰えないかい」
ペスカがスクリーンに国境沿いを映し出す。そこには、山の木々を薙ぎ倒し暴れるモンスターの軍団が映っていた。モンスターは互いに争い喰らい合う。血と肉が弾け飛ぶ、壮絶争いが繰り広げられていた。
「うぁ~、キモ!」
「ねぇ、ペスカちゃん。何あれ! 豚のお化けとか、大蛇とか、おっきい蜘蛛とか。あの鹿なんて、牙が凄いよ!」
「空ちゃん、あれがモンスターだよ。追々説明するって言ってた奴。因みにあの豚がオークだよ。お兄ちゃんの手にかかれば、美味しいお肉料理になるんだよ」
「ヤダヤダ、あれを食べてたの? うゎ~!」
「ペスカ。ついでだから、食材調達していくか?」
「冬也さん、呑気な事言わないで! これって前にペスカちゃんが言ってた、自然的なモンスター発生じゃ無いんですか?」
ペスカはスクリーンを一瞥して、空に話しかける。
「空ちゃん、多分違うよ。自然発生にしては、量が多すぎる」
「ペスカちゃん、どういう事?」
「オークの元は、只の豚だよ。マナの異常活性によって、モンスター化しただけ。昆虫系ならともかく、国境沿いの山の中に、オークの大軍がいるのは不自然なんだよ」
「何かの意図? ロメリアって神とかの?」
「可能性は有るね。あいつは何でもやるからね」
真剣な顔つきで空に答えるペスカに、翔一が質問をする。
「それで、どうするんだい? あれを何とかしないと、国境を越えられないよ」
翔一の質問に答える事無く、ペスカはクスクスと笑う。そして、笑い声は大きくなっていく。
「今まで、私が何を作っていたと思うの? 見よ、これがアサルトライフル改、ペスカバージョンだ~!」
銃身から銃床にかけて、余分を省いた流れる様な美しいフォルム。グリップは握りやすく、軽量化されボディは持ち運び易く軽い。身体に接触する床尾板は、体からダイレクトにマナを流し込めるように設計されている。
通常はマナを使用して魔弾を放つ設計だが、実弾も撃てる様にマガジンも用意してある。スコープ替わりの特製ゴーグルには、正確に目標を捉えられる様に十字線が記された上、装着者の意思を読み取って望遠を行う優れ物。おまけにゴーグルとライフルが自動リンクして、感覚的に目標を射撃出来る様にした、初心者向け親切設計。
キャンピングカーで使用した、遠見やサーチ、魔攻砲等のあらゆる技術が凝縮した珠玉の一品だった。
「これで、あいつ等をやっつけるんだよ! 空ちゃん、翔一君、今更血が怖いなんて言わないよね」
ペスカの言葉に、空と翔一は一瞬怯む。二人はただの日本人として、これまで充分過酷な惨状を見て来た。しかし、本物の戦争を知らない。本物の殺し合いを知らない。命を奪う覚悟なんて無い。奪った命を背負う覚悟なんて無い。
相手を殺さなければ、自分が死ぬ。狂気に満ちた空間、それが戦場。だが二人は思い出す、ペスカが言った人類の戦いという言葉を。その戦いが今ここにある事を二人は悟る。相手は人でも動物でも無い異形の怪物。倒さなければ、やがて人に危害を加える。
ここで怯んでいて、どうしてペスカと冬也に着いていける。ここで足が竦んで、どうして世界を守れる。拙いかも知れない、脆いかも知れない、だが戦うと決めた。その決意は、誰にも壊させはしない。
空と翔一は眼つきが変わる。そしてライフルを手に取り、ゴーグルを着けた。
「二人共、ゴーグル越しに十字の線が見えてるのはわかるよね。目標を十字の中心に据える様に視点を定めれば、自動的に銃身が目標に向かうからね。望遠は可能だけど、今の内に使用感を掴んでおいてね」
「ペスカちゃん、使い方は魔攻砲と一緒? マナを溜めて撃つみたいな?」
「空ちゃん、マナを溜める必要は無いよ。床尾板が体からマナを勝手に吸ってくれるからね。標準を合わせて撃つだけ」
「ペスカちゃん、連射とかは出来るかな? それと、かける魔法によっては、種類や威力の大小も変わるのかな?」
「翔一君。慣れない内は、マナを込めて撃つだけにした方が良いよ。慣れれば感覚的に連射が出来る様になるし、威力の制限も出来る様になる。勿論、沈静化や睡眠みたいな魔法を撃つ事も出来るよ」
空と翔一は使用方法を確認する様に、ライフルを構えた。ペスカは、冬也に車を走らせるように指示をし、冬也は軽く頷く。
「先ずは試しに射程一キロから行ってみようか!」
冬也はモンスター軍団の一キロ先辺りまで、車を近づけて止める。空と翔一は、上部ハッチから顔を出してライフルを構える。狙いを定めて放たれた光弾は、真っ直ぐにモンスターへと進むが、途中で消えうせる。
その結果にペスカは首を傾げた。
「おっかし~な? 二人共マナをちゃんと込めた? 練習が必要なのかな? 何回か撃ってみて!」
空と翔一は何度も繰り返し撃つが、目標のモンスターから半分位の辺りで光弾は消えうせた。
「ペスカ、あれの射程ってどの位だ? 前のライフルは精々三百メートルって所だろ?」
「実弾を使えば同じ位だけど、魔法ならマナ次第で結構遠くまで狙えるはずなんだよ」
「じゃあ、試しにお前が撃ってみろよペスカ。どうせ試射なんてしてないんだろ?」
「わかったよ。空ちゃん、ちょっと貸して」
ペスカはライフルを構えて、狙いを定める。ペスカの放った光弾は、勢い良くモンスターに向かう。そして一体のオークを貫いた上に、その後ろの大蛇を弾け飛ばした。
「これは単純なマナ容量の差だな! 空ちゃんに翔一、二人共気にすんなよ。ペスカが特別なんだ!」
空と翔一はペスカとの歴然とした差に、ショックを受ける。しかし、落ち込んでいる暇など無い。
何故ならペスカの放った一撃で、モンスターがこちらの存在に気が付き、列挙して襲い掛かって来ているからだ。
ペスカは空にライフルを預けて、念の為に魔攻砲の操作席に座る。冬也は車の外に出て待機する。
先頭を駆けるオーク軍団を始め、地を這う様に進む大蛇やサラマンダー、果ては黒光りして飛ぶ巨大なアレ迄、総数五百は優に超える大軍が近づいて来る。九百、八百、七百メートルと徐々にモンスター軍団との距離は縮まる。魔攻砲に慣れた空は、冷静に狙いを定めて待つ。
残り五百メートルを切った時に、空の放った光弾がモンスターの体を粉々に吹き飛ばした。空はライフルを連射し、モンスターを次々と駆逐する。先頭を駆けるオークは瞬く間に全滅した。
最初の何発かは射程が足りなかったものの、翔一は直ぐに感覚を掴む。狙うのは、上空を飛ぶ黒光りする巨大なアレ。連射で一掃した後、残りのモンスターも空と一緒に掃討する。
二百メートルも車に近づく事無く、モンスターの軍団は全滅する。冬也は死骸の山に近づき全滅を確認すると、車へと戻った。
「思ったよりやるね~二人共、グッジョブだよ!」
「あぁ、すげぇよ。空ちゃん。翔一」
「それじゃ念の為に、燃やしておこうか」
「それで、マナが地に返るのか?」
「うん。欠片を虫が食べてモンスター化したら面倒だからね」
ペスカと冬也が笑顔で話している一方、空と翔一はへたり込んでいた。
「あ~、気持ち悪い~! 特に黒いアレ! おっきいやつ~!」
「流石に、僕もアレは嫌だな。鳥肌立ったよ」
空と翔一は震えて、体を擦る様な仕草をしていた。
「ねぇ、ペスカちゃんは、何でそんなに平然としてるの? 心臓に剛毛が生えてるの?」
「キモイに決まってるでしょ! 剛毛とか言わないでよ、空ちゃん! 私だって怒るよ!」
「二人のどっちでも良いから、早く後処理しちまえよ!」
冬也を怒らせると怖い事を良く知っている二人は、黙って魔攻砲でモンスターの残骸を燃やし尽くす。燃やし尽くした為、オークの肉を手に入れる事は出来なかった。死骸の山に足を突っ込むのは、流石の冬也でも嫌だった。
モンスターの後処理をして、一行は再び車で進む。山中はモンスターが通ったと思われた後が明確にわかる程、木々が薙ぎ倒されている。地図と照らし合わせると、その道はアーグニール王国へ続いている様だった。
「もしかして、モンスター軍団はアーグニールから溢れて来たって事無いよね」
「空ちゃん、それをフラグと言うんだよ!」
「一応、気を付けていこうよ! モンスターについては、後処理を一々するより、初めから燃やす様にした方が良いかも知れないね」
「その辺の判断は、空ちゃんと翔一君に任せるよ。山を抜ける迄は、運転はお兄ちゃん。探知を翔一君、迎撃を空ちゃんにやって貰うからね」
冬也は慎重に車を走らせる。途中で何度もモンスターの襲撃を受け、空がライフルで迎撃する。山を下りきった時には日が暮れ、麓で車中泊を行う事になった。
国境を越えはしたが、先が思いやられる展開にペスカ達の表情は硬い。アーグニール王国の王都は遠く、状況の把握は出来ていない。平和への道は未だ遠く、果てない先に有る様に、ペスカ達は感じていた。
校正していると、人生を二度体験した気分になるんです。
時間遡行と言っても、小説内での事ですけど。
あの時こんな事をしていればとか、こんな選択をしていればなんて考えたりもします。
どれだけストーリに手を加えられる力が有っても、シグルドはあそこで死ぬんです。
そう言う事実は変わらないんです。だから複雑な気分になったりします。
まぁ何だかんだ言って、歴史を改変するのも、歴史の修正力を持っているのも、作者の私なんですよね。改変はしませんけど、めんどくさいんで。
さて、戦力が整いつつ有るのは、ペスカ達だけでは有りません。
次回もお楽しみに。
2019.5.16校正。




