57 ミノータル首都
主人公視点に戻ります。
街道を進むと平野が終わり、農園が見え始めた。農園では忙しなく働くミノタウロスを見かける様になる。街道では、行き交う荷馬車が徐々に増えて来る。そして木造の建物が、段々と数を増やして行く。
「少し賑やかになって来たな」
「そうだね、首都が近いんだよ」
冬也とペスカが会話しながら馬車を進める。すると街道の先に、大きな町が見えて来る。町の周囲には柵は無く、木造の建物が大小所狭しと並んでいた。
「なぁペスカ、あれが首都か?」
「多分ね。それにしても、お兄ちゃん。あんまり驚かなくなったね」
「まぁ、色んな場所に行ったからな。ファンタジーにも慣れて来たぜ」
「慣れただと! なんて事だ! それでは、新鮮な驚きを提供する、ペスカ商会の名折れじゃあないかあ!」
「うるせぇよ! 何がペスカ商会だ! いつからそんな商売を始めやがった!」
「いいねぇ。ナイス突っ込みだよ、お兄ちゃん。調子、上がって来たんじゃない?」
「馬鹿! 元々俺は、絶好調だ!」
「うんうん。それで、空回りしなければ、尚良しだね!」
呑気な会話を続けながらも、荷馬車は進んでいく。首都へ近づく度に、街道ではすれ違う荷馬車が増えていく。大陸中から首都へ訪れているのだろう。数種の亜人が荷馬車を操る姿も見受けられた。
冬也は荷馬車を停め、首都の入り口近くで作業をしていた、一人のミノタウロスを引き留める。
「ここがミノータルの首都で、間違い無いですか?」
「そうですよ。ご用がお有りでしたら、ご案内致しますが?」
「だったら、国家元首がいる場所を教えてくれないか?」
「この道を真っすぐ行くと、広場が有ります。そこに有る大きな建物に元首はいらっしゃいます」
「助かったよ、ありがとう」
冬也は再び荷馬車を操り、特に警戒される事無く首都内に入る。それにしても、危機感すら感じてないのだろうか。普通は警戒して答えないだろう事も、親切に教えてくれる。
この国に滞在していると、不思議な感覚に陥る。
人間は、未知の事象に遭遇すると警戒する。身近な例で言えば、見知らぬ赤の他人がそうだろう。だがそれは、自己防衛の為、当然の行動なのだ。しかしそれが過ぎれば、疑心暗鬼となる。疑心暗鬼は、諍いへと繋がる可能性が有る。特に人間の社会では、それが顕著であろう。
しかしミノタウロス達は、全くそれを感じさせない。初めから、見知らぬ他人に対して、親切であった。無警戒な程に。
例えミノタウロス達が尊者の様な種族であったとしても、それに付け込もうとする他種族は存在するはずである。しかし、この国に出入りする商人達は、護衛どころか武器を持っている様子さえ見受けられない。
「それだけ、ミノータルがこの大陸にとって、重要な国だって事だね」
「心を読むんじゃねぇよペスカ」
「違うよ。お兄ちゃんの場合は、顔に直ぐ出るんだよ」
「ところでペスカちゃん。重要って、どういう意味なの?」
「いい質問だね、空ちゃん。ミノータルにとって、国を守る防壁であり、最大の武器になるのは、恐らく食料供給なんだよ」
「大陸中の食糧を供給するのが、ミノータルを守るって事?」
「そうだよ。例えば他国の商人が、この国で違法行為をしたとするでしょ? その商人のじゃなくて直接その国に、供給量を減らすと警告する。そしたら、その国の食糧事情は困窮して、餓死者が出る可能性が有る」
「でも、ミノタウロスの人達は、そんな事はしなさそう」
「いや確かに、ペスカちゃんの言う通りかも知れないね。警告すると思わせるだけで充分。恐らくこの国では、諍いが起きないんじゃなくて、他国が協力して諍いを起こさせない。そんな所じゃないのかな?」
「翔一君、それはあくまで推測でしかないけどね。世の中、善人だけじゃないからさ。この国が数百年も続いている理由は、それだけじゃないと思うよ」
空に続いて翔一も加わり、会話が弾んでいく。そして、荷馬車は首都へと入っていく。
首都は、多くの亜人達でごった返していた。
ミノータルの各地から農作物が集まる集荷場であると共に、各国へ農作物を送り出す出荷場でも有る。大型の荷馬車が何台もすれ違える大通りに面して、大きな建物が並んでいる。集荷から、農作物が仕分け、出荷と一連の作業が、建物内で行われる。仕分けられた農作物は、次々と大型の箱形荷馬車に乗せられていた。
「ペスカ、あれ何だ?」
「多分、荷運び様の特別車だね。荷を乗せる箱全体に、時間経過を緩くする魔法がかけられているんだよ。だから、野菜の鮮度が落ちにくいって事だね」
「なんで緩くなんだ? 時間を止めちまう事は出来ないのか?」
「そんな事が出来るのは、お兄ちゃんみたいな馬鹿容量のマナを持っている人だけ! 一般人には無理だよ」
「ミノタウロス以外に猫耳とか、犬みてぇのがいるのは?」
「マナが扱えないミノタウロスは、特別車を扱えないんだよ。他の国から取りに来てるんだね」
冬也はペスカに質問をしながら、馬車を走らせる。集荷場を過ぎると、干し野菜を並べている建物が増えて来る。それ以外にも麦の脱穀、家畜の解体処理等で、ミノタウロスが忙しなく働いていた。
「あいつら農作業より、豚の解体している方が似合ってるな」
「中身は温厚だけどね」
ペスカと冬也の会話に、空と翔一は苦笑いを浮かべながら頷いた。
農作物の加工区域を抜けると、食堂や宿屋が集まる区域が有る。そこでは亜人達が集まり、市場が開かれていた。更に進むと大きな広場が見えて来る。広場を見渡すと、意匠の施された二階建ての建物が見つかる。
「あれじゃねぇのか?」
冬也が呟きながら馬車を進めると、ひと際体の大きいミノタウロスが近づいてきた。
「何か御用でしょうか?」
「俺達、国家元首に会いに来たんだけど」
「では、ご案内致します。その前に荷馬車は専用の馬宿にお繋ぎ下さい」
案内された馬宿は飼葉桶が並び、数名のミノタウロスが管理人として働いていた。盗難防止用にペスカが荷馬車に魔法をかけた後、簡単な書類にサインをして利用料を支払う。その後に案内されたのは、広場でみかけた二階建ての建物では無く、年季の入った大きな平屋の建物だった。
「何て言うかこれは、寄合所だな」
「そうだね」
冬也の呟きにペスカが頷く。どの国でも普通なら、国の代表がいる施設は、豪華な造りになっている。それは国の顔としての意味合いだけでなく、他国の使者を迎える上でも必要であるからだ。疑問に感じた冬也は、案内してくれたミノタウロスに尋ねる。
「なあ国の機関だろ? こんなにぼろくて良いのか? あっちの二階建てじゃねぇのか?」
「あちらは、図書館です。国外の方々が多く利用されるので、豪華な作りになっております。執務をする施設であれば、過剰な意匠は必要有りません」
柔らかな口調で説明をするミノタウロスに、ペスカ達は呆気にとられる。最早、質素倹約どころの話しではなかろう。
これまでの道のりでも、多くの建物を見て来た。立派なのは、農業に関する施設だけ。住まいは、あばら家に近い。
どれだけ、多種族に尽くせば気が済むのだと、言いたくなる位である。寧ろ、善人過ぎて守りたくなるのではと、考えたくもなる。
「ま、まあ。必要なのは通行証だし、私が貰って来るよ。お兄ちゃん達は、図書館で待っててよ」
ミノタウロスに案内されて、ペスカが平屋の建物に入って行く。
「なんか小さい子を誘拐している図に、見えるんですけど」
「空ちゃん、彼らは優しい種族だ!」
「仕方ねえよ翔一。普通の日本人が見たら、誰もが異様に感じるだろ」
ペスカを見送った三人は、図書館に足を踏み入れた。
立ち並ぶ書棚には書籍がみっちりと詰まり、所々に椅子やソファーが置かれている。天井は高く、天井近くの壁には窓が並び、穏やかな自然光が入り込んでいる。また建物の内部まで、自然光が入り込む採光設計が成されており、薄暗く陰鬱な印象を全く受けなかった。
「お~。すげぇな」
「冬也さん、驚く気持ちは私もわかります。私、図書館に来ても、異世界の文字なんて読めませんよ」
「冬也、僕もだよ」
「前にペスカに聞いたんだけどな。脳の中に有る言語何とかってのを、マナでちょいちょいってするんだ」
「さっぱり理解出来ないけど、言語中枢って言いたいのか?」
「ん~、それっぽいやつかな? とにかくそれをマナで動かして、日本語だと思わせるんだよ」
「相変わらず冬也の説明は、要領を得ないね」
「工藤先輩、言語中枢をマナで刺激して、異世界言語を日本語に認識させるって事じゃ無いですか?」
「そうみたいだね。取り敢えず試してみよう」
冬也の説明を何とか理解し、空と翔一はマナを脳に循環させ、言語中枢を刺激する。冬也は二人の様子を気にも留めずに、書籍を見繕い始めていた。
三人はバラバラになり、各々が必要と思われる書籍を探す。そして、小一時間程で、三人は四人掛けの大きなソファーに集合した。
空と翔一は、アンドロケイン大陸の地理や、歴史の記述が有る本を数冊探して来た。しかし冬也の探してきた本は、たった一冊である。ミノタウロス種の生態系と、タイトルが書かれた本だった。
「冬也。今の状況、理解してる?」
「ばっかだな翔一。気にならねぇか? あいつら頭は牛で、体はガチむちだぞ! 女でもおっぱいがねぇんだ! どうやって性別を見極めるんだ?」
「いや、それは前の町で聞いたろ。男は大きくて太い角、女は角が短い」
「じゃあ、子育てはどうすんだよ!」
「工藤先輩、冬也さんですし仕方ありませんよ。寧ろ、図書館探検と称して、ウロウロされるよりましです」
更に小一時間経過し、ペスカが用事を終え、冬也達を探しに図書館を訪れる。ペスカが三人を見つけた時、冬也は空の膝枕でうたた寝をしていた。
「あ~。何やってんのよ空ちゃん。羨ましい!」
「ふふっ、ペスカちゃん。頬っぺたつつくと、口をむにゃむにゃ動かすの。冬也さん、可愛い」
「それは、私の特権!」
「二人共、図書館は静かにね」
翔一に叱られ、ペスカは剥れながら冬也を揺さぶる。
「起きてよお兄ちゃん、早く起きないと地獄見せるよ」
「あぁん、何だペスカか。用事は終わったのか?」
「私が通告証貰ったり、宿の手配してる間に、膝枕とは、随分なご身分ですね、お兄様」
「兄ちゃんは今、休日を満喫してるサラリーマンの気分なんだよ。疲れてるんだよ」
「くっ、仕方ない。なら、私の可愛いお膝に移って来なよ」
ペスカは強引にソファーに座り込み、自分の腿をポンポンと叩く。
「お前が揺らすから、目が覚めちゃったよ。空ちゃん、膝枕ありがとう」
冬也が体を起こすと、空は名残惜しそうにし、ペスカは悔し気な表情を露わにする。
「ペスカ、機嫌悪そうだな、何か有ったか? 兄ちゃんがやっつけてやるぞ」
ペスカは盛大な溜息をつくと、冬也を脇腹を軽く殴りつける。
「鈍感お兄ちゃんは置いとこ。それで、何か分かったの?」
「マールローネの記述が少ないから、どんな船が有るのかはわからないね。少なくとも、国家元首の言葉通り、この国からは航行技術を失われてる。だけど過去の航海日誌だと、かなりの日数がかかったみたいだよ。少なくとも、一か月近くはね。それと海域によっては、かなり荒れるみたいだね。昔、大型船を利用したのは、兵士を運ぶ為だけじゃないと思うよ」
「翔一君、ありがと」
「ねぇ、ペスカちゃん。首都には神殿が有るみたい。行ってみる?」
「そうだね空ちゃん。神殿に行って、この大陸の大地母神と会ってみようか」
二人の報告を聞いたペスカは、最後に冬也へ視線を送る。
「一応、お兄ちゃんの成果も聞こうか?」
「ミノタウロスにも、生殖器が有る事がわかったぞ!」
「あ~偉い偉い。二人が調べ物してる時に、お兄ちゃんはミノタウロスの、生態調査をしていたんですねぇ~」
再び大きな溜息をつくペスカ、空と翔一は軽い笑い声を上げた。ただ空と翔一には、慣れない荷馬車の旅での疲労が見える。
一先ず調べ物は切り上げ、ペスカ達は図書館を後にする。そして今日はそのまま休み、神殿は翌日に向かう事にした。
ミノタウロスの町を出てからの数日間、野営が続いた為、ベッドと布団がとても嬉しい。早速ベッドに飛び込むと、四人共に夕食も忘れて眠りについた。
次は神殿ですね。
次回もお楽しみに。
2019.5.7校正。