411 帰宅
ようやく帰って来れました。
ロイスマリアに帰還したペスカ達を待っていたのは、女神フィアーナを始めとした神々、そしてその眷属達であった。
「お帰り。冬也君、ペスカちゃん」
「ダーリン、お帰りなさい。ペスカちゃんもお帰りなさい」
「よく帰ってきたね。あんたらは、良く頑張ったよ。胸を張りな」
「ペスカ、よく帰ってきたニャ。冬也は、帰って来ないで良かったニャ」
「はぁ。君達は、よくよく騒動に好かれるんだね。黄泉平坂が大混雑だって、向こうの神が嘆いていたよ」
「セリュシオネ様の言う通りだ、東郷冬也! 貴様らのせいで、私が地球とやらに、手伝いに行かされたのだぞ!」
「冬也殿、帰ったからには、勝負して頂かねば。次こそ、一太刀でも浴びせてみせましょう」
「モーリス。志が低くはないか? だが、仕方あるまいな。俺は、立ってる自信すらない」
「相変わらずお前等は、糞真面目でつまらねぇな。冬也、ペスカ殿。今度、タールカールに遊びに行くからな」
「御一同、少し静かになさって下さい。ペスカ殿、冬也殿。お帰りなさいませ」
がやがやと喧しく、そして皆が笑顔で迎える。それが何よりも嬉しい。
それまで大泣きしていたペスカに、笑顔が生まれる。
そして、冬也は柔らかい笑みを浮かべて、皆に告げた。
「帰って来たぜ。みんな元気そうだな」
「はぁ? 相変わらずの馬鹿だね、あんたは。自分が何をしでかしたか、覚えてないのかい?」
「そうよダーリン。いきなりロメリアがこっちに送られて来たから、驚いたんだから」
「何言ってやがんだ、ミュール。ラアルフィーネさんも。ロメリアは、滅多な事はしねぇだろ?」
「君ねぇ。説明も無しに送って来たのが、問題なんだよ」
「あんたまで、何言ってんだよセリュシオネ! 見りゃ、直ぐにわかんだろ! それとも、あんたの目は相変わらず節穴か?」
「君は相変わらずなんだね。はぁ、エレナの言う通りだ。君だけ向こうに残れば良かったのに」
冬也が一言を発しただけで、数倍になって返って来る。
古の邪神が、ロイスマリアに現れた。それだけで、かなり慌てたのだろう。しかし、一部の者しか反応しなかったのは、騒ぎにならないように、一部の神だけの秘密にしたに違いない。
遼太郎の説得をする為、女神フィアーナを日本に呼んだ時も、それに関する詳しい話はしていない。
「それで、ロメリアは何処だ?」
「知らないよ。それにあいつの承認は、据え置きになったからね」
「据え置き? ミュール、またあんたがいちゃもんつけたのか?」
「失礼だね。直ぐに信用しろなんて、無茶言うんじゃないよ!」
「ったく、頭がかてぇな」
ミュールと口論を繰り広げながらも、冬也は辺りを見回している。ペスカも、同じく周囲を見渡していた。
先に多くの荷物を送ったのだ。その荷物が、見当たらない。それどころか、レイピア、ソニア、ゼル、ブルの姿もない。この場にいるのは、アルキエルだけ。
また、スールとミューモなら、神々が出迎えに来る前に、目の前に姿を現しそうである。しかし、姿を見かけない。
ペスカと冬也が、少し訝し気な表情をしていると、アルキエルが静かに口を開いた。
「荷物は、他の議員が議事堂に運びやがった。一度整理するんだとよ。俺達の分は、後で持って来させる」
「アルキエル、他の子達は?」
「レイピアとソニアは、荷物の片付けと会議の準備するそうだ。ゼルは、ミューモがエルラフィアに送っていった。ブルは、スールが送っていった。苗を植え替えた後、家に寄るそうだ。スパイスの苗は、タールカールに植えるんだとよ」
さもダルそうに、アルキエルが説明する中、聞き覚えの有る言葉が耳に届いたのだろう。これまで静かにしていた女神フィアーナが、血相を変えてアルキエルに詰め寄った。
「あなた今、スパイスって言ったわよね」
「それがどうした、フィアーナ」
「スパイスって、あのスパイスよね」
「あぁ? 何だ? 知ってんのか?」
「ちょっと、フィアーナ。どうしたのよ。すぱいすって何よ」
「ラアルフィーネ。せっかくだから、お前もよく聞け」
「ちょっと、何? あんた、妙な物、持ってきたんじゃないでしょうね!」
「そうじゃねぇ、ミュール。いいか、よく聞け。スパイスってのはな、カレーに使うんだ。カレーってのは、すげぇうめぇ食いもんだ。お前ら、一度食ったら、病みつきになるからな。あれは、世界をひっくり返す食いもんだ」
「ほんとなの? アルキエル、ほんとうにカレーが食べられるのね」
「ったりめぇだフィアーナ。お前も知ってるなら、あの旨さがわかるだろ! 冬也が調合を学んで来た。それとな。いや、お前ら、ここだけの秘密にしとけよ」
「何よ、今度は何よ!」
「ラアルフィーネ。お前の所に、魚人がいるよな。この世界で唯一、生の魚を食う奴らだ」
「それがどうしたの?」
「いいか。タールカールにパーチェって町が有るだろ? そこで、寿司って食いもんが流行るはずだ」
「寿司? お寿司って言った?」
「そうだフィアーナ。お前、寿司も知ってのか?」
「お寿司って、そんな。誰が握るのよ」
「冬也だ。あいつは、修業をして来た。なかなかの腕だ。いいかお前ら、食の神が帰って来たんだ。革命が起きると思ってろ!」
アルキエルの言葉で、興奮した女神フィアーナは、冬也に詰め寄ると、両肩を掴んで大きく揺さぶる。対して冬也は面倒そうに、女神フィアーナの手を振りほどく。
また、名物らしい名物が無いアンドロケインに、名物が生まれるチャンスと、女神ラアルフィーネが小躍りをしている。
そんな光景を、呆れた表情でペスカは眺める。アンドロケイン出身である神エレナも、呆れた表情を浮かべていた。
「アルは、馬鹿ニャ。作るのは全部冬也ニャ」
「教官。それは、仰らない方がよろしいかと」
「それより、冬也はいつ、食の神になったのニャ?」
「恐らく言葉の綾でしょう。冬也殿とペスカ殿は、何にも囚われない自由な方です」
銘々が話し始め、議事堂前は更に喧しくなる。
ややうんざり気味の冬也を見かねたのか、女神ミュールが口を開いた。
「あんたら、そろそろ会議の時間だよ。皆、議事堂に入りな。冬也、あんたはパーチェの奴らに顔を見せてやりな。それとペスカ。あんたは、残るんだよ」
女神ミュールの言葉で、神々が次々と議事堂に戻っていく中、帰宅しようと歩き出したペスカ達は、思わず振り向いた。
「なんで、私だけ?」
「決まってんじゃないか。あんたは、神の長なんだよ」
「それって、マジなの?」
「大マジだよ」
「まぁ。仕方ねぇよ、先に帰ってるからな、ペスカ」
「ちょっと、お兄ちゃん。置いてくの?」
「適当に済ませて、早く帰って来い。飯の支度しとくからよ」
「もう! 仕方ないなあ」
冬也とアルキエルは、議事堂から少し離れた場所まで歩くと、自宅へと転移する。
そしてペスカは、女神ミュールの後に続いて、議事堂の中へ入っていった。
議事堂内は、レイピア達が準備を済ませており、多くの議員が席に着いていた。
議会は、レイピアの概要報告から始まり、簡単な質疑応答へと移る。レイピアのレポートは、膨大な量で有る。全てを説明しては、数日有っても足りない。
また、質疑応答の内容は、主な経緯に関する事に止まる。そしてこの日は、幾つかの事項を取り決めて、解散となった。
日本から持ち帰った物の内、資料用として購入した物は、議会で管理する事が決まった。
調味料を始め、加工品や飲料、家電製品等の製造方法も、レイピアのレポートに記載されている。流石に、全てを作れる訳もなく、取り入れる物も検討するべきだろう。
ただし、調味料については、ブルと冬也に任される事となった。
ペスカは、ブルが生産目的で購入し、冬也が了承している旨を、議会で説明した。冬也については、既にラーメン等で、成果を上げている。承認されるのは、自明の理であったのだろう。
日本から持ち帰ったものは、形が有るものだけじゃない。知識こそが、貴重な財産である。その意味では、レイピアのレポートは至宝と言っても過言ではない。
社会形成を司る概念的要素は、直ぐに取り入れられる訳ではない。今後、検討を重ねるた上で、是非を問う事になった。
そしてペスカは議会の場で、神の長となった事を、渋々とだが認めた。しかし、世界会議の参加は承諾しなかった。
自分の影響力が、強く反映される事を嫌ったのだ。その代わり、深山を通して地球の知識を得ているロメリアを、議員として推薦した。
ロメリアの議会参加は、大きな意義が有る。
世界中の各所で、新たなムーブメントを起こしているペスカ。そして、荒廃したタールカールの復興を続け、新たな社会を構築している冬也。
この二柱が、世界に与える影響は、計り知れない。
また、冬也の眷属であるアルキエル、ブル、スール、ミューモ。元々神であったアルキエルを除き、ただの眷属であった三体の魔獣は、既に神へと至っている。
それを統べる冬也、そしてペスカが加われば、ロイスマリアをたった数日で滅ぶす事が出来る戦力で有ろう。
更に、二柱に味方をする者は多い。
新たに神の一員となったズマ、エレナ。エレナの弟子、レイピアとソニア。
旧エルラフィア王国で要職に就いていた、シリウス、シルビア、マルス。
平和の象徴として称えられる、セムスとメルフィー。
更には、大地母神である女神フィアーナ、女神ラアルフィーネ。
そして、眷属として神への道を邁進している、モーリス、ケーリア、サムウェル。
数え上げたらきりがない。
ペスカと冬也の言動が、全て正当化されるのは、余りにも危険だと言えよう。判断を間違える事が、絶対に無いと言い切れないのだ。
だからこそ、正面から否と言える者が必要である。
これまで神の世界では、女神ミュールが苦言を呈する役割を果たしていた。
また、女神セリュシオネが中立の立場を取り、客観的な視点で理非曲直を説いていた。
ここにロメリアが加われば、己の意志を持たず、ペスカと冬也に追随するだけの者は減るだろう。
かつての邪神であり、生者の悪意を一番理解し、地球の文化や化学等を知っている。それだけに、誤った歴史を繰り返す事に否と言える。ロメリアは、貴重な存在であると言えよう。
☆ ☆ ☆
一方、パーチェの町に転移した冬也とアルキエルを待っていたのは、割れんばかりの拍手と喝采であった。
暫く、ペスカ邸に主人が居ない事を、パーチェの住民は理解していた。それとなく、執事達に尋ねても、行先は教えてくれない。ただ一言、いずれ戻られます、その際は皆さまにお伝えします、と言われるだけ。
ペスカと冬也に惹かれて、集まったのだ。帰って来ないとなれば不安にもなろう。戻ると言うならそれまでの間、しっかりと町を盛り上げねばなるまい。
そして言葉通り、執事から先触れが有った。待っていた時が訪れたのだ。パーチェの住民達はその日、朝から祭りの準備をしていた。
町を訪れるその瞬間を待って、準備を急いでいた。そして、観光客を巻き込み、目抜き通りは大賑わいになっていた。
それ故の、喝采であった。
ペスカが隣に居ない事に、疑問の声を上げる者も存在した。しかし、ペスカは世界中を飛び回っている。冬也が帰って来たなら、ペスカも帰って来るだろう。町の人間達は、口々にそう話した。
そう、町と深く関わってきたのは、冬也なのだ。
多くの住民達が冬也の名を呼ぶ。
仰々しい敬称を付けられるのを嫌う為、様をつけて呼ぶ住民はいない。呼び捨て半分、さん付け半分といったところだろうか。
「おい、冬也。今朝獲ってきた、大物だ。持ってけ」
「冬也さん。新しいメニューを作ったんです。味見して下さい」
「アルキエルさん。あんたも、食ってけよ」
「冬也さん、今夜は祭りだぜ。ペスカちゃんも直ぐに帰ってくんだろ?」
「冬也兄ちゃん。今度はいつ、武術を教えてくれるの?」
「冬也。土産話を聞かせてくれよ」
「馬鹿。土産話なら、ペスカちゃんかアルキエルさんに頼め。冬也さんの話しは、意味がわからねぇ」
「それが面白れぇんじゃねぇか。わかってねぇな」
冬也の影響が大きいのだろう。他の街と違いパーチェでは、アルキエルが怖がられる事はない。幾ら、アルキエルが悪態をついても、住民達は笑って流す。そして自然と皆が、冬也やアルキエルに集まってくる。
この瞬間だろう。帰って来た実感が、冬也の中にこみ上げたのは。
「みんな、わざわざありがとう。一旦、家に帰ってから出直すからよ。先に盛り上がっててくれ」
柔らかな笑顔と共に、少ない言葉を交わし、冬也とアルキエルはパーチェの町を後にする。そして、帰って来た実感を噛みしめる様に、ゆっくりと家までの道程を歩く。
自分が汗を流して開発して来た場所である。見渡せば、色々な思い出が蘇る。数年も離れていた訳ではない、しかし酷く懐かしさを感じる。
そして、ペスカ邸に辿り着くと、玄関前には執事とメイドが集合していた。そして執事長が、代表して口を開く。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます」
「長い事、留守にして悪かったな」
「いえ。スール様、ミューモ様、ブル様が気にかけて、度々屋敷を訪れて下さいました。フィアーナ様は、長期に渡って滞在なさって下さいました」
「そっか。あいつら、面倒かけなかったか?」
「その様な事はございません。ご自分で家事をなさる冬也様と違い、我ら一同、久々に腕が振るえました」
「あんたも、皮肉が上手くなったな」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、褒めてねぇよ」
「それと、お客様がお待ちになっております」
首を傾げながら玄関の戸を潜り、リビングへ向かうと、確かに見慣れた者がソファに座っていた。だがそれを、来客と呼んでいいのだろうか。
わざわざ訪れる理由がわからないのだ。
鷹揚な態度で、ソファーに身を預け、悩んでいる様子は感じない。神として迎えられる事なく、その扱いは曖昧なまま。それは奴にとって、大した問題ではないのだろう。
自分達が、ロイスマリアに帰った事を、歓迎する素振りも無い。わざわざ、礼をしに来る奴でもない。
冬也とアルキエルは、互いの顔を見ながら傾げた。何故、こいつがここにいるのだと。
「君ね。いつまで待たせるんだい?」
長かった本作に、ようやく終わりが来ました。
次回12/10の投稿予定、最終話。
希望の未来です。
お楽しみに。
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。