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妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
二つの世界、それぞれの未来
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407 希望の苗

真面目な話が続きますが、ついてきてね。

 社会見学の場所は徐々に、都内から地方へと移っていった。

 一通りの農業体験を終えたブルが、社会見学班に合流。滅多に訪れない機会に、クラウスも参加する事になった。

 

 見学場所が地方に移った理由は、求めれた場所が都内にはなかったからである。

 農業体験を終えて、様々な農業の知識を得たブルは、農作物がどの様に商品へと変わるのか、興味を示した。

 また、冬也の料理を始め、日本での食事を堪能したアルキエルは、調味料に関して多大な関心を示した。


 こうして、二柱の意見が一致し、食品加工や調味料を作る工場の見学へと、移行していく。そして翔一は、バスを一台チャーターし、全員を乗せて各地を走り回った。

 また翔一は、敢えて彼らに是非を問う為、二つのパターンを見せた。

 一つは、大規模工場での大量生産。もう一つは、生産量は限られるが、昔ながらの方法での生産である。


 多くの需要に応える為には、大量生産が必要となる。これは、ロイスマリアで需要が増加すれば、必然的に生まれる問題でもある。

 いままでの見学で、機械を用いて生産を行う工場は見て来た。しかし食品加工の現場は、電化製品等とは異なる面も多い。如何にして工場が品質を管理し、生産を行っているのかを知る必要が有る。


 昔ながらの方法での生産は、一つ一つ精魂込めて作り上げる、言わば職人の作業である。

 知識だけでは成り立たない。培われて来た伝統や職人の経験が有ってこそ、物作りが完成を見る。


 無論、味には明確な差が出る。

 しかし、これから社会がどの様な道を進むか、どの様な生産方式が求められるのか、未知数である。故に、いずれにも対応出来る様に、準備する必要が有るだろう。


 翔一はリクエストに応え、塩、醤油、味噌、砂糖、酒等、多くの工場に皆を連れて行った。

 ブルは、大量生産の工場に、然程の興味を見せなかった。しかし、手作りでの生産には、大きな関心を寄せた。案内係へ、しつこい程に質問を投げ、一つ一つの工程を確認していく。

 既に、大量生産の工場で、大まかな作業工程は理解している。しかし、大量生産と手作り生産の違いを、細かく問いただし、留意する点を確認していく。


 例え、知識を得たとしても、実践するのは難しい。長年の経験に依って培った技術、それこそが職人の技なのだから。

 しかし、ブルは実践する事を想定して、質問を重ねていた。特に、失敗談には、注意深く聞き耳を立てていた。

 外見上子供。いや、神と言えども、未だ幼い子供である。その幼いブルの真剣さは、他の者達にも伝播していく。

 

 二週間程度の僅かな期間で、彼らが体験した企業や工場は、百を下らない数に及んだ。その体験で得た知識が、今後ロイスマリアに持ち込まれる。

 ロイスマリアに無い物が、地球には数限りなく存在する。彼らが見たのは、単に機械での作業効率化だけではない。社会の仕組み、企業の成り立ち、株式の仕組み、最先端の科学、その他諸々、得た知識は多い。

 

 ロイスマリアで、導入するか否かは取捨選択すべきだろう。

 それに、元々の文化が大きく異なる。地球のそれを、そのまま導入しても、効果を発揮しないケースもあるだろう。その場合、ロイスマリアに合わせた形へ、変化させる必要が有る。

 その際に、今回の社会見学で得た知識は、大いに役立つ事だろう。


 また、この社会見学の裏で、翔一とエリーの多大な尽力が有った事を、忘れてはならない。

 見学先の検討、企業や工場との交渉、日程の調整、移動手段の確保、そして後半は運転までも自ら行った。

 最後まで疲れた顔を一切見せずに、案内をした二人の功績が有ってこそ、貴重な知識を得る事が出来たのだ。


 この日、一通りの見学を終えて、久しぶりの東郷邸へ戻った一同は、リビングに集まっていた。

 

「ブルさんは、報告書を書いてらっしゃるんですか?」

「違うんだな。それは、レイピアとソニアがやってるんだな。おでは、おでの覚書をまとめてるだけなんだな」

「真面目なんですね」

「違うんだな。せっかく翔一とエリーが、色んな事を見せてくれたから、ちゃんと記録しておかないと勿体ないんだな。翔一、エリー。本当にありがとうなんだな」

「いえ、仕事ですから」


 そう言いつつも、翔一の顔には笑みが浮かんでいた。

 翔一とエリーは、レイピア、ソニア、ゼル、クラウスからも、何度となく感謝の言葉を貰った。

 感謝されれば嬉しいと感じる。同時に照れ臭く、仕事だとぼやかしてしまう。しかし顔にはちゃんと、嬉しさが滲み出る。

 何よりの労いなのだろう。そして、金銭では味わえない、達成感なのだろう。


「ところで、ブルよぉ。お前の家庭菜園に植わってた、見慣れねぇ植物は何だ?」

「冬也が取り寄せたんだな。アルが我儘を言ったんだな」

「はぁ? なんだそりゃあ?」

「あれは、スパイスになるんだな。スパイスは、色んな料理に活かせるって言ってたんだな。アルが要求したカレエってやつも、スパイスで作れるって言ってたんだな」

「んで、その冬也は何処に行ったんだよ。また、いつもの親方って奴の所か?」

「アルは、聞いた傍から忘れるんだな。今日は、スパイスの調合を習いに行くって言ってたんだな」

「なるほどな。相変わらず、頑張ってるって事か。でもあの様子だと、大地の神ってより、飯の神になるな」

「おでは、両方だと思うんだな。冬也は、自分で言うほど馬鹿じゃないんだな。ちゃんと、必要な事を頑張るんだな。だから、おでも頑張らなきゃって思うんだな」

「ブル。そりゃあ、お互い様ってもんだぁ。傍から見りゃあ、お前らは互いに影響しあってるぜ」

「それは、アルもなんだな」


 互いに影響し高めあえるなら、その関係性は健全なのだろう。そんな彼らが、周囲に良い影響を与え、広がっていく。

 もしかすると正常な世界とは、そうやって作られるのかもしれない。


  ☆ ☆ ☆


 東郷邸を出た空は、直ぐに再開された大学の講義で忙しい毎日を過ごしていた。


 机上の学習だけでなく、実習が体験できるのは、医学を志す者にとって、非常に有意義である。

 ただ、他の医学生達と空が異なるのは、潜り抜けて来た修羅場の数である。空は、ロイスマリアで死を目の当たりにして来た。

 マナの扱いに長け、治療に関する魔法を直ぐに習得した空であったが、救えない命は沢山有った。それ故に、知識と経験を求めた。


 恐らく今の空は、解剖自習で不快感を覚える事は無いだろう。

 何故なら、腕どころか、両足まで失った兵士を多く見て来た。治療が不十分で死んでいく兵士を、嫌というほど見て来たのだから。

 

 ただし、そんな経験をして来たからと言って、正確な治療が行える訳は無い。知識をどれだけ詰め込んでも、実務を通してでないと身に付かない物も有る。


 日本では、臨床実習を重ね大学を卒業し、医師免許を取得した上に、二年以上の臨床研修を求められる。

 義務付けられた課題をクリアすれば、自分で開業する事も可能である。しかし、経験が浅ければ、それだけ戸惑う事も多いだろう。


 言わば戦力となるには、より多くの経験を重ねる必要が有る。医療の現場では、間違えたでは済まされないのだ。

 それでも、医療ミスは無くならない。


 それは、医者に掛かる負担が過大で有る事が、一因として上げられるだろう。求められるハードルが、異常な程に高いのだ。

 制度上、医師が偏在化し易い現象も見受けられる。

 また、過度な労働に見合った対価を得られない医師が存在する中で、倫理観の欠けた医師や団体等も存在する。

 医者というだけで、偉いと勘違いする愚か者が、存在している事は事実であるのだ。


 空の場合は、それらの欲に塗れた愚か者とは、掲げる目標が異なる。単なる医大生と比べ物にならない、遥か高い目標を掲げている。

 それは、医療というものを、ロイスマリアに持ち込む事である。

 

 医学は多岐の分野に渡る。

 だが空の場合は、単に外科的知識だけ有っても、意味がないのだ。内科的知識は豊富だが、外科的知識に疎くても、また意味が無いと言えよう。

 また薬学にも精通している必要が有る。精神や神経学についても、同様であろう。


 では、先進医療は? 

 それが、ロイスマリアで導入される事は、相当先の未来であろう。しかし、知識を有しているのと、全く無いのでは、いざという時の対処方法が異なる。

 

 多くの事を学び、身に付ける為には、一分一秒足りとも無駄にはしたくない。それが今の空である。

 

 空は、大学の授業だけでなく、自己学習でより多くの知識を得ている。また、大学の教授を捉まえて、幾つもの疑問をぶつける機会も多い。

 実際に医療現場で活躍する医者を紹介され、医療について学ぶ機会も少なくはない。


 ただ、そう言った機会で、女性が欲望のはけ口になる事は、少なからず存在するだろう。

 特に、容姿端麗でスタイルの良い空は、格好の的に違いあるまい。大和撫子然とした空が近付いてくれば、大抵の男は勘違いもするだろう。

 しかし多くの場合は、空が持つ芯の強さを感じ、圧倒されるのだ。それでも、勘違いが治まらずに、手を出そうとした愚か者には、手痛いしっぺ返しが待っている。


「君、酒の席で酌も出来んのかね。いいから、こっちにきたまえ」


 酒に付き合えば、医療現場について語ってやると豪語した、とあるベテランの医者がいた。彼は、酒の席で酌どころか、空の体を触り、夜の接待まで行わせようとした。

 しかし、あっさりと空に切って捨てられた。


「あなたのしている事は、れっきとしたセクハラです。この店内に、監視カメラが幾つあるかご存じですか? それとあなたの発言は、ボイスレコーダーに記録させて頂きました。あなたが、私を脅して卑猥な事を要求したのは、録音されています」

「な、生意気な! そんな物が証拠になるか! そんな物、私は簡単に握りつぶせるのだぞ! 医師としての君の将来は、私にかかっているのだ! わかったなら、そのボイスレコーダーとやらを、渡したまえ!」

「あなたが、医師会で発言権が有るのは、存じ上げています。ですが、あなたが行ったセクハラは、消える事は有りません。あなたは、他の女性にも同じ事をしているのですか?」

「私に歯向かえば、君の将来がどうなるか、わかっているのか?」

「構いませんよ。私は、日本で医者になるのが目標ではありません。医学を学べるのなら、日本でなくても構いません」

「なっ! 君にも、その気が有ったのでは無いのか? だから、私の誘いに付いてきたのだろ?」

「何を勘違いなさっておいでですか? 私はあなたの経験談を拝聴出来ると思い、この場に来ました。それ以外に何が有るのです?」

「馬鹿な! 勘違いは、君の方じゃないのかね!」

「少なくとも、私をお誘い頂いた時、あなたは仰いましたよね? さて、なんと仰ったか、再生してみましょうか?」


 医療の現場には、様々な問題が有る。それに対処しなければ、医療に明日は無い。君らの様な若い人を、育てるのは私らベテランの義務だ。だから、色んな事例を聞かせてあげよう。

 ただ、私も多少は忙しい身でね、時間には限りが有るのだよ。明後日の夜、八時なら時間の都合が付く、申し訳ないが、指定の場所に来てくれないか?


 ボイスレコーダーから流れて来たのは、間違いなくその男の声である。言い逃れも出来まい。そして空は、男を追い込む様に、言葉を続ける。


「大先輩から教えを乞う、貴重なお時間を頂戴したと、私は思っておりました。それ故、酔いつぶれない程度に、お酌をさせて頂いたつもりです。しかしあなたは、暴飲し酔った挙句に、セクハラ行為を行いました。あなたがどの様な形で、私の行く手を阻むのか、知りたくも有りません。ですが、私には警察の上層部に知り合いが居ます。現外務大臣とも既知であると、記憶しております。もしあなたが、私に戦いを挑むなら、正当な場で勝負をつけましょう。決して、あなたの汚い手で、隠蔽出来るとは思わない事ですね」 


 その後、そのベテランの医者は、医師免許をはく奪され、医療の現場から姿を消した。その医者を、空に紹介した大学教授も、お咎めを受けたのは間違いない。

 

「はぁ。相変わらず、残念な子だね。そんなの上手く躱して、煽てるだけ煽てて、美味しい所だけ貰えばいいじゃない」

「そんな器用な事は、ペスカちゃんじゃないと出来ないよ」

「はぁ。ほんと、空ちゃんは不器用というか、真っすぐというか。ある意味、お兄ちゃんとそっくりだね」

「そんなんじゃないよ。私は、冬也さんみたいに、立派じゃないし」

「謙遜が過ぎると嫌味になるって、ほんとだね。それで例の話は、どうするの?」

「応募したら、即採用されたよ。学生に頼る程、向こうは深刻って事なんだよね」

「そっか。まあ、採用の理由は、それだけじゃないと思うけど。でもそれなら、暫くは海外だね」

「私でも、力になれる事があるなら、何処にだって行くよ。不謹慎だけど、下心だってあるし」

「あのさ、経験が積めるって意味なら、下心って言わないと思うよ」

「ペスカちゃん。私、頑張るね。見送りは出来ないかもしれないけど」

「うん、応援してる」


 ヨーロッパ、アフリカ、中東、南北アメリカ大陸では、未だに戦争の爪痕が酷く、治療を待っている患者が多い。圧倒的な医者不足に陥り、医師を求める声が絶えない。

 通常、医者の海外派遣は、それなりの条件が存在する。しかし、通常とは異なる事態に、たとえ補助でも役立つならと、学生の参加が認められた。

 ただし、役立たずの学生を何人派遣しても、足手纏いになるだけ。採用されるのは、一定以上の成績を残した者に限られ、採用時に簡単なテストと面接が行われる。

 空は、そのいずれも簡単にパスし、採用となった。


「あのさ、空ちゃん。ゆっくりでいいよ。ちゃんと待ってるから、私もお兄ちゃんも」

「ありがとう」


 この言葉を最後に、空とペスカは、十数年に渡って会う事は無かった。だが再び会う時、空は医療の神と呼ばれる事になる。

 空はロイスマリアで、幾つもの奇跡を起こす。そして、ロイスマリアの医療技術を、大きく発展させる。その功績を称えられ、空の名を冠した医学の統括機関が設立される。


 未だ小さな苗。だが、希望の苗である。

 誰もが望んだ未来を手にする訳ではない。ただ、諦めなかった者には、必ずチャンスが訪れる。

 誰もが、希望の苗を持っているのだから。いつか、花開く時を待っているのだから。

段々と整理をしなくては、いけないんですよ。

だからスピード感よりも、内容を重くしてます。

なので、文字数も増えるわけで、長くなってすみません。


なんだかんだで、もうすぐエンディングです。

出来れば、最後まで付いてきて下さると、嬉しいです。


次回は、11/28の投稿予定です。

お楽しみに。


この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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