399 遼太郎の決断
今回は、遼太郎にスポットを当てます。
戦いが終わり数日も経たずに、各国は戦争に至った経緯や、その背景を詳らかにした。
邪悪な神の存在。ミストルティンの存在と、実行部隊として存在する複数の下部組織の暗躍。他にも深山達の行動とその理由、テロリストと見なされていた特霊局の活躍、組織に反抗してまで正義を貫いた一部の警官達の存在。
異界からの訪問者を除く、事態に関わった者達、戦い半ばにして命を落とした者達についても、説明が行われた。
そして自国の組織をテロリストと認定した日本政府は、公式に発言を撤回する。三島を除く特霊局員は、時の人となる。
また、佐藤ら警察チームも、その功績を称えられ、昇進した上で再度警察に迎えられる。
それと反比例する様に、ミストルティンやその下部組織へ批判は集中する。但し、既にミストルティンのメンバーは、生ける屍と成り果てている。
唯一、無事であった三島が、ミストルティンとそれに関わる組織の解体を宣言。そして、組織全体が保有する、財産の全てを復興へと充てる事を、公式会見で明らかにした。
そして自らは、経験と知識を新世界の為に活かす事を約した。
深山に関しても、批判の声は上がった。
確かに人類を洗脳した事は、許し難い。しかし、ミストルティンによる人類選別計画の阻止を、行動目的としていた深山に関しては、批判よりも養護する声が多かった。
三島の発言を受けて、富を独占していた富裕層は、保有する財産の全てを集めて、復興及び慈善事業を行う為の基金を設立する。
また三島の指導により、基金から復興に関する資金が各国に流れる。また、困窮する国々への援助活動も開始された。
世界各地で戦争復興が行われると共に、大々的な慰霊祭も執り行われる。
更に国連やその関連組織が解散となる。同時に、世界各国の首脳及び、それに代わる権限を持つ者を代表者とした、人類史上初の世界平和と統治を目的とした世界政府が樹立される。
慌ただしく変化する情勢、その多くを指揮していたのは、依然として世界中に影響力を持つ、三島であった。
無論、首脳達を集め、戦争を終わらせたペスカの存在も、欠かす事は出来ない。
ただしペスカは、既に異界の神である。地球での影響を軽減する為、直接的な関与は行わず、あくまでも補助的な役割を果たした。
それでも、世界政府を設立する中で、取り決めなければならない事は、山の様に存在する。
ペスカは、忙しく各地を飛び回る事になる。
また佐藤は、自ら宣言した通り、公的な記録作成に取り掛かる。
記録の作成に当り、佐藤は冬也に証言を求めた。冬也もまた、忙しない日々を過ごす事になった。
ミストルティンの下部組織が全て解散した事を受けて、特霊局も解体となる。但し、主な構成員が陰陽師である赤坂と北千住事務所の面々は、正式に政府の依頼を受けて、高尾周辺の復興に取り掛かる。
また、日本では内閣の解散と総選挙が行われる。この際に深山が当選し、外務大臣として入閣を果たす。そして深山の要望により、外務省の特別機関として、元特霊局の面々が集められる事になる。
☆ ☆ ☆
この日、珍しく休みが重なったペスカと冬也を連れて、遼太郎は外出する事にした。移動手段は、つい最近になって米軍から回収出来た、自家用車である。
ブルが着いて来ようとしたが、それを止めたのは意外にもアルキエルである。
後部座席を陣取る冬也に対し、珍しくペスカは、冬也の隣ではなく助手席に座る。そして、手を振るブルを横目に、車は走り出した。
「それにしても、外務省って。パパリンはともかく、他の人達は大丈夫なの?」
「問題ねぇよ。エリーは、日本語がいまいちなだけで、フランス語とドイツ語が堪能だ。安西は、中国語とハングルだっけか? リンリンはよく覚えてねぇけど、十か国語位は話せたはずだ」
「うそ! リンリンの癖に、ハイスペック! じゃあ問題は、翔一君だけだね」
「翔一の奴も、問題ねぇだろ。あいつが頭良いのは、お前も知ってんだろ?」
「う~ん、翔一君は成績は良いかもしれないけど、要領が悪いからね」
「相変わらずお前は、翔一に対して厳しいな」
「だって、お兄ちゃんがいなければ、何も出来ないんだもん。本当は、モーリスに鍛えて貰うつもりだったんだけどさ。まぁいいや。パパリンがちゃんと鍛えてあげてね」
「冬也がいなければ、何も出来ねぇのは、お前だろペスカ」
「そんな事ないもん! ちゃんと頑張ってるもん! パパリンのバーカ、バーカ、うんこ!」
車内の会話が弾んでいる訳では無い。冬也が押し黙っている為、車内の空気が重いのだ。故にペスカが、気を使って明るく振舞っている。
別段、冬也が怒っている訳では無い。目的も告げずに、遼太郎は車を走らせている。その事に対して、冬也が不満を持っているのでも無い。
冬也は何かを考える様に、じっと一点を見つめている。それに対して、遼太郎は一切触れない。
気まずい雰囲気を、何とか緩和しようと奮闘するペスカは、娘の鏡だろう。
一時間が過ぎた頃に、車は目的地に到着する。そして着いた先は、墓苑であった。
遼太郎の後について、ペスカと冬也は歩みを進める。目的の場所へと辿り着くと、そこには東郷遼太郎と書かれた墓石があった。
「これはよぉ。冬也、お前が生まれて直ぐに作ったんだ。当時は何となくって感じだったけど、今ならその理由が理解出来るぜ」
遼太郎は静かに語り出した。
自分の神気は、全て無くなった。それにより、神格の維持が困難になった。
元を辿れば、アルキエルから逃れる為に、神格を分断した。割れた神格を、誰ともわからない魂魄と、強引に融合させたのだ。
魂魄側に歪が出来なかったのは、神格が守ったせいである。しかし、神格の維持が儘ならなければ、魂魄は崩壊する。
地上の生物は、その一生で多くの経験を得る。しかし、魂魄には容量が有る。一生で得る経験は、魂魄の容量を超える。それ故に、星の記憶へ経験を託し、真っ新な状態で転生を行うのだ。
何度も転生を繰り返し、経験を積み重ねる事で、魂魄の容量は成長を遂げる。より、多くの経験が蓄えられる程に成長した時、魂魄は神格へと変わる。
ミスラの神格と融合した魂魄は、神格を持つが故に、成長する事は無かった。言い換えれば、既に神格を備えている為、成長する必要が無かった。
ミスラの神格が、融合された魂魄から消え失せれば、容量を超えて経験を蓄積し続けた事により自壊する。
「ミスラとして、神格を分断しても生き延びた目的は、既に果たされた。これ以上、転生する目的はねぇ」
最後の別れとも言える遼太郎の言葉に、ペスカと冬也は深い溜息をついた。
「なぁ、糞親父。俺達を馬鹿にでもしてんのか? それとも、てめぇが馬鹿なだけか?」
「そうだよ、パパリン。私達が気付いてないと、本気で思ってたの?」
ミスラの神格を失った遼太郎の魂魄を、維持する方法は二つ存在する。
一つは、いずれかの神の眷属になり、加護を受ける事。もう一つは、ミスラが存在していた事を、魂魄から完全に消し去り、長い時間をかけて修復を行う事。
それに関して、アルキエルは既に、ペスカと冬也に告げていた。
「あいつは、誰かの眷属になるたまじゃねぇ。目的もねぇまま、生き延びる事を良しとはしねぇ。あいつは、俺の為に戦い続けたんだ。そろそろ、逝かせてやってくれ」
それは奇しくも、遼太郎の考えと同じであった。
「魂魄の持ち主には、悪い事をした。だから返さねぇとならねぇよ。何て言うか、永遠の別れじゃねぇって。ミスラとしての神格は、アルキエルに融合された。あいつの中で、ミスラは存在し続ける。まぁ、俺とは全くの別もんだがな」
「それって永遠の別れじゃない。パパリンって、やっぱり馬鹿なの?」
「うるせぇよペスカ。俺が納得してんだ、それで良いじゃねぇか」
「あのなぁ、糞親父。てめぇが納得してんなら、俺は一向に構わねぇよ。だけど、アルキエルが本心で、あんな事を言ったとでも思ってんのか? てめぇは、親友の気持ちもわからねぇ程、馬鹿なのか?」
「あぁ? 何だと冬也! 俺が何にもわかってねぇとでも言いてぇのか!」
「わかってねぇだろ。現に、てめぇの中だけで、勝手に完結させてんだろ!」
「冬也! ガキのお前にはわからねぇんだよ。俺はここに至るまで、何千、何万の人間を殺して来た。そうやって、アルキエルに対抗出来る力を蓄えて来たんだ! もう充分だろうが!」
「それが勝手だって言ってんだ! てめぇがアルキエルの親友だって言うなら、あいつの気持ちを汲んでやれ! 残される奴の想いを汲んでやれ! 独りで完結すんじゃねぇ!」
「うるせぇ! ミスラの存在は、役目を終えたんだ。もう必要ねぇんだ! 返さなきゃいけねぇ時が来たんだよ! その位わかりやがれ、糞馬鹿野郎!」
「どっちが馬鹿だ! てめぇが、どんな事をして来たかなんて、関係ねぇんだよ! てめぇは、三島のおっさんに、家族になるって言ったんじゃねぇのか! 深山には何て言った? どうせ、生きて償えとでも言ったんだろ? 協力するとでも言ったんだろ? それを放棄して、てめぇ独りで逃げんのか? あぁ? どうなんだよ!」
「勘違いしてんじゃねぇよ! 俺が消えるのは、生涯を全うした時だ! 意地でもそれまでは、生き抜いてやる! この魂魄は自壊させねぇし、あいつらも見捨てねぇ!」
冬也と遼太郎は、睨み合う。
恐らく互いに譲らない。それは、両者共に理解していた。冬也はアルキエルや残された者達の為に。そして遼太郎は、名も知らぬ魂魄を輪廻に戻す為に。
どっちの言い分が正しいのか、それは誰にも決める事は出来ないだろう。
ミスラという存在が有って、遼太郎という人間がここに居るのだ。
遼太郎の選択では、魂魄はミスラの神格と融合する前の状態に戻る。
それは一見すれば、正しい事の様にも思える。ただし、遼太郎という存在を、愛した者もいるのだ。その想いを置き去りにしてまで、行うべきなのか。
ミスラと融合した魂魄は、アルキエルを倒せる者を生み出す為だけに、戦いに身を置いてきた。だからアルキエルは、宿命に縛られるだけの状態から、ミスラを解放させる事を望んだ。
正しい答えは存在しない。どちらを選択するのか、結局は本人次第なのだ。
ペスカと冬也でさえ、遼太郎の決断を止める事は出来ない。たった一柱を除いて。
だから冬也は、事前に呼んでいた。そして、凛とした声が、墓地に響く。それは美しさの中にも、憤りを含めた、複雑な旋律の様であった。
「遼太郎さん。それは、夫婦の問題じゃないんですか? あなたの選択に、私が納得するとでも?」
「フィアーナ! なんでここに?」
「神気を感じられない今のあなたでは、わからないでしょ? わたしは今日、ずっとあなたの隣に居たんですよ」
女神フィアーナの登場で、状況は一変した。
先の武闘会で、遼太郎がミスラの記憶を取り戻した時、女神フィアーナはこの状況を予測していたのだろう。冬也の呼びかけに、一も二も無く応じて、日本に訪れていた。
敢えて顕現していないだけで、この日はずっと一緒にいたのだ。
気が付いていないのは、遼太郎だけである。
ブルとアルキエルは、女神フィアーナが居る事をわかっていた。ブルが着いて来ようとしたのは、遼太郎を心配したからである。
女神フィアーナは、車内でも一緒だった。そしてペスカは敢えて、無視をしていた。
自分では説得が出来ない事を、冬也は理解していたのだ。だから、口論になった際の仲裁と、遼太郎の説得を、女神フィアーナに頼んだのだ。
そして女神フィアーナは、用意していた。
遼太郎が何を言おうと、女神フィアーナは論破する。冷静に、且つ徹底的に、ぐうの音も出ない程に。
それは、数時間に渡って行われた。
どれだけ意地があっても、説得する為の準備を重ねて来た女神フィアーナには勝てない。そして、女神フィアーナは一歩も引かない。
「別に、あなたが消滅する必要は無いんですよ」
最終的に、遼太郎を頷かせたのは、女神フィアーナが用意した、第三の選択肢であった。
それは、ペスカをして、考え付かない方法でもあった。
今生を全うした後、魂魄に残るミスラの記憶を分離する。その記憶に神気を与えて神格を作り上げ、遼太郎をロイスマリアの神として迎える
魂魄は、多少の修復が必要になる。ただその提案ならば、強引に存在を奪った魂魄を、元の輪廻に戻す事が出来る。そして、遼太郎の理由は消滅する。
「夫婦なんです。一緒にいて当然でしょ? それとも、まだ言い訳を続けるつもりですか?」
「はぁ。俺の負けだ、フィアーナ。ずっとお前の傍にいてやる。お前等もそれで良いんだろ?」
「初めから素直に、そう言ってりゃ良いんだよ。糞親父」
「もう、良いじゃないお兄ちゃん。そうやって、パパリンに喧嘩を売らないでよ」
「そうだ、糞息子。お前は少し黙ってろ!」
「うっさい、パパリン! パパリンは、三島のおじさんに、結果を教えてあげなよ」
「はぁ? なんで、健兄さんが出てくんだ?」
「だって、三島のおじさんは、土下座して頼んで来たんだよ。遼太郎の事を頼むってさぁ。お兄ちゃんにも土下座してたよね」
「ったく、どいつもこいつも」
遼太郎は、溜息交じりに苦笑いを浮かべる。
事情を知る者全てが、遼太郎の為に考え、行動していたのだ。遼太郎の中に、温かい気持ちが溢れる。
そして遼太郎は、誰にも気付かれない様に、そっと涙を拭った。
「冬也君、見直した? 母は強しでしょ?」
「あぁ。流石だよ」
「ただのロリババアじゃなかったね」
「ペスカちゃん。お仕置きされたい?」
何が有ろうと決して、家族の絆は途絶えない。
その結果を導いたのは、深い愛が有ったからなのだろう。
重い話が、三話続きました。
次は、ある方にスポットを当てます。
誰でしょうね。
当っても、景品は出ませんけど。
ここまで読んで下さった方なら、私の性格を理解しているはず。
そろそろ、重い話しに飽きてくる頃だろうな、珠の奴ってね。
しかし、ネタバレはしないのだ!
珠さんは、賢い作者なのだ!
それと、11/7で本作が二周年を迎えます。
なので、お祝いを下さい。
お祝いは、評価5ずつで、よろしくお願いします。
まぁ、冗談ですが。
二周年に関しては、私からのプレゼントがあります。
次の二話は、11/6、11/7の二日続けての投稿です。
こっちは、本当ですよ。
さて、次回もお楽しみに。
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません