336 ヴァンパイア ~吸血鬼になった男~
少し時間が遡ります。
遮光カーテンにより、光が遮られたワンルームの部屋。そこには、床に物が散乱し足の踏み場所も無い。暗闇の中で、パソコンのモニターだけが煌々と光る。部屋の中には男が一人。やせ型の体躯に肩まで髪を伸ばし、やや頬がこけ、目だけがぎょろりと出た男。男はパソコンに向かい、ケタケタと薄気味悪い声を上げていた。
「ハハ。凄い、凄いね。流石に課金兵は違うねぇ。あぁそうだよ、そうなんだよぉ。僕をただで遊ばせてくれるんだぁ。彼らに感謝して、僕はちゃぁんと負けてあげないといけないんだぁ」
気味の悪い笑い声は続く。何がそれだけ興味を掻き立てるのか、男はパソコンのモニターに釘付けになっていた。時折、床に散乱したゴミの中でガサガサと音が鳴っても、男は気に留めたりはしない。その目に映るのは、パソコンの中で起きている出来事だけであった。
「ハハハ、ハハハハ。見せてくれよ、金をつぎ込んで強化したんだろぉ? やっぱり世の中は金だよねぇ! ゲームの中だってそうさぁ! 金を持っている奴が一番強いんだぁ! あぁそうさ。僕は現実でもゲームでも、負け犬なんだぁ。ハハハ凄いよ。凄いよぉ、良いよぉ、そうだよぉ。その調子だぁ。僕を負けさせてくれぇよぉ」
男の癖なのだろうか、ややゆっくりとした口調、そして挑発的な物言い。画面の向こうにいる相手を煽る様に語り、刹那的に嘲り笑う。一方では達観的、若しくは諦観していると言えるのだろう。しかし、己の奥底にある情念は、ブスブスと燻っている。
男の中にあるのは、矛盾とも取れる感情であろうか。そして男には、己の感情を理解しながら敢えて、放置し観察している様子すら垣間見える。
夜が明けると、男の一日は終わりを告げる。男がモニターの下に映るデジタル時計に目をやった時、背後に気配を感じた。男は振り向く事すら億劫な様子で、気配の主に声をかける。
「で、君はどこから入って来たんだい? 鍵はかけてあったはずだけどねぇ」
「どこからでもいいだろ?」
「また奪ったのかな? 当りか? 当たりなんだねぇ! なんて非道な男なんだ! そして、僕の能力も奪おうっていうんだねぇ! 酷い奴だぁぁぁぁ!」
「あんたの能力が奪えない事くらい、わかってんだろ! 下らない挑発は止めろ! それより仕事だ」
「仕事? 僕はこれから寝るんだよぉ。僕は吸血鬼だからさ。昼間は寝なくちゃ」
「はぁ? 何を言ってる! 仕事だ、三堂」
「三堂? それ誰だい? 僕の名前は、破壊王ヴァルドラだよ!」
「それはゲームの中の名前だろ! 下らない事を言ってんな!」
「下らない? 違うね! 僕はこれでも、ギルマスなんだよぉ」
「あんたと話していると、頭がおかしくなりそうだ」
「頭がおかしいのは、本当に僕なのかなぁ? 君達じゃないかなぁ? この世界を正そうだなんて、ただの欺瞞だろ? 本当はこの世界を牛耳る、偉い大人達が憎いんだ! そうなんだろぉ!」
「違う! いいか! 下らない問答は、終わりだ! これからあんたを、ある場所へ連れて行く。そこにいる奴らを皆殺しにしろ!」
「ある場所? どこなんだい? 連れて行くのはいいけど、気が乗らなければ仕事はしないよぉ」
「特霊局だ。今は、東郷遼太郎が不在だ。三島健三もな。奴らの牙城を崩すチャンスだ」
特霊局の名が挙がった瞬間、初めて三堂は振り向いた。そして、にやついた笑みを深める。肌を粟立たせるほど喜色の悪い笑みは、侵入した男の表情すら凍り付かせた。
「特霊局? そうか、そこならご馳走がたんまりと有りそうだ。いいよ、わかったよ、そうしよう。協力する事にしよう。そうだね、それがいい。久しぶりに食事をする事にしよう」
三堂は、侵入した男を覗き込む様に、顔を近づける。流石に気味悪がったのか、侵入した男は後ずさる。
「よっぽど、君らは東郷と三島が、怖いんだね。僕から言わせて見せれば、東郷なんて唯の暴力バカじゃないか。確かに三島には、底が無い。だけど、唯の人間だ。恐れる事なんてないだろう?」
「別に恐れてない。深山の奴が、慎重になっているだけだ。あんなの、俺なら簡単に殺せる!」
「ハハハ。凄いねぇ。流石は、コピー能力者だね。あらゆる能力を奪って使う。何でも出来るエリートは、違うねぇ」
三堂は挑発気味に、煽る様な口振りで、侵入した男に問いかける。対して男は、冷静さを装いながらも、やや声を荒げていた。
三堂は会話をしながら、男との距離を縮める。いやらしい笑みは絶やす事は無い。そして、一拍おいてから、再び口を開いた。
「鵜飼君。君は、大人の世界を舐めすぎだね。僕が少し挑発した位で、カっとするなんて、若い証拠だよぉ。あのデブが、君になんて言ったかは知らないよ。でも君は、ちゃんと自分の意見を持った方が良い。そして本当は何が正しいかを、見極めた方がいい。今日の所は仕事を引き受けてやる。だけど、二度と舐めた口を聞かない事だね。じゃないと、死体になるのは君になるかも知れないよぉ、鵜飼恭弥君」
三堂は笑みを消し、一転して能面の様に表情を無くす。これまでと打って変わって冷徹になった口調は、鵜飼を怯えさせるには充分だった。
だがこの時に、鵜飼は確信した。
何度か面識があるだけで、鵜飼は三堂裕也という男を詳しく知らない。知っているのは、三堂の能力と多少の過去だけ。だが、特霊局への意趣返しに利用するには、三堂は充分過ぎる能力を持っている。ただそれだけだったのである。
しかし、自分を恐怖させる男が、使えない筈が無い。そう確信した鵜飼は、作戦の成功すら確信していた。
ポンと鵜飼の肩を叩いた時には、三堂は元のいやらしい笑みを浮かべていた。やる気の有無が判然としない表情に、やや不安を抱えながらも、手慣れた様子で鵜飼はゲートを開いた。無論、ゲートの先は特霊局に指定をしてある。
インビジブルサイトの能力を使えば、一瞬で遠距離の移動が可能となる。そして、二人はゲートを潜り異次元空間を通り、出口となる特霊局へと近づいた。しかしその時、三堂は口を開く。
「待て、鵜飼君。君さぁ、使い捨ての能力を持っているかい?」
「あぁ、持っている。それがどうした?」
「わからないのかぁ? それでもエリートなのかい? なんでもいいから能力使いなよぉ。それでわかるからさぁ」
鵜飼は、三堂の言葉が理解出来なかった。しかし、言葉通りに能力を使う。特段、使い切っても惜しくはない、偶然コピーした炎の能力である。鵜飼は炎の塊を造り出すと、特霊局側のゲートに向けて放り投げる。そして、炎の塊はゲートを超えた瞬間に、消えうせた。
何が起きたのかわからず気が動転し、鵜飼は言葉を失っていた。能力が消える事なんて、今まで見た事が無いのだ。そして、そんな事が出来るのは一つだけだと聞いている。新島空という女が持つ、オートキャンセルという能力。そして、特霊局の事務所に新島空がいない事は、事前に調べてある。
そう、能力が打ち消される事は、無いはずなのだ。作戦に抜かりがあるはずは、無かったのだ。
「なっ!」
「ハハハ予想通りだね。これを考えたのは、恐らく東郷ではないなぁ。別の奴だぁ。それにしても、チンケな罠の割には、効果はてきめんだねぇ」
そう言うと、三堂は鵜飼を眺めた。
驚いて、大声を上げなかっただけましだろう。仮にも隠密作戦であるのだ。如何に異次元を通っているからと言って、中で大声を上げれば出口から音が漏れる可能性が有る。
ただでさえ無策のまま突っ込んだら、能力が使えない状況になり、取り押さえられるのは確実なのだ。そんな時に呆然としていたら、逃げるどころでは無くなるだろう。
「まぁ、反省は次に活かすとして、君は宿舎の方に向かいなよ」
「何を言って」
「君は、それなりに賢いと思っていたんだが、間違いなのかなぁ? あれは、恐らく能力を封じる為の罠だよ。そんな物が、一つだけだと思っているのかい? 君は、あの中じゃ役立たずだぁ。早く、宿舎の罠を解除して逃げなよ。そうじゃないと、怖い鬼が、飛んでくるよぉ」
鵜飼の言葉を遮る様に、三堂は捲し立てる。まだ落ち着きを取り戻していない鵜飼は、三堂の言葉通りに宿舎へと急いだ。
そして、三堂はゲートの出口を出る。
「少しばかり躓いただけで、あんなに動揺するなんてねぇ。彼もまだまだだねぇ。まぁ、現場慣れってのもあるとは思うけどさぁ」
三堂が零す様に吐いた言葉は、特霊局の職員達を騒然とさせる。
能力者が侵入出来ない仕掛けが施されていたはず。それがいつの間にか突破され、入り口とは全く関係の無い場所に男が立っているのだから。
「はじめまして特霊局の皆さん、僕は吸血鬼です。さあて、どっちが狩る側か確かめるとしよう。どの道、僕からは逃げられしない。唯の人間ならねぇ」
後書きに書く程のネタが無ければ、書かない方が良いのだ。
どうせ、だれも読まないだろうし。
って言うネタを、敢えて書きました。
次回は、5/7の投稿予定です。
お楽しみに。