258 怨嗟が途切れる時
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魔獣の大陸ドラグスメリアから、モンスターが消えた。絶望を乗り越えて強くなった鋼の精神は、アルドメラクが放つ邪気を寄せ付けなかった。
鍛えられた体や技、そして種族を超えて団結する力が、モンスターを圧倒した。
邪神ロメリアの残滓に大陸を蹂躙され、多くの命が奪われ、自らも命の危機に瀕した。
確かにペスカと冬也、それにエレナの存在がなければ、今のドラグスメリア大陸は無いだろう。
魔獣達は幾多の困難を乗り越え、強く逞しくなった。誰もが勇敢な戦士であった。だからこそ、アルドメラクの悪意に、屈する事は有り得ない。
彼らはまさに、勝利者であった。
人間の大陸ラフィスフィアからも、モンスターが消えた。
ラフィスフィア大陸は、三つの大陸で最も飢えた大陸であった。全ての人間が疲弊していた。それでもモンスターを駆逐した。
武器を取って戦う者達がいた。その一方で、武器を持たない者達も、それぞれの立場で抗っていた。
英雄の言葉が、頭の中でリフレインする。
諦めるな、生きろ、守れと。
庇い合い、支え合いながら、必死に生き延びようと避難した。やつれて動かない体を、精一杯に動かした。
一人では動かせない体。しかし二人、三人と力を合わせれば、動かす事が出来た。
助け合う事が嬉しかった。そして、助けられたからこそ、手を差し伸べた。
傷つき、血を流す同胞を見捨てなかった。人間達は一つになっていた。
亜人の大陸アンドロケインから、モンスターが消えた。
手を取り合う事が無い亜人達が、共に肩を並べて戦った。それは諍いの歴史において、初めての奇跡であった。
農業国であるミノタウロスの国から、最も遠いライカンスロープの国は飢餓に瀕し、命を落とす者が多かった。
困窮に喘ぐライカンスロープ達は暴走し、戦争が始まった。各地で相次ぐ戦争、そしてエルフの暴挙。
狂乱が続く大陸には、狂気に満ちていた。
ミューモが各地の戦争を止めなければ、全ての亜人達がアルドメラクの邪気に呑まれ、最後の一体になるまで殺し合っていたかもしれない。
全ての種族が、滅び去ってもおかしくは無かった。しかし、亜人達は手を取り合った。
新たな歴史の一歩を、確実に踏み出していった。
そんな地上に生きる者達の行動が、神々に力を与えた。
かつて、神々が地上ロイスマリアから離れた時に、世界の崩壊は始まった。荒れる大地、枯れる川、淀む海、風は吹く事を止めた。
しかしロイスマリアは、再び神々の神気で満たされた。停滞したマナは、循環を始める。
澱みが消えていく。狂気が消えていく。悪意が消えていく。
波紋の様に広がっていく希望。そして、世界は再び息を吹き返す。世界は美しさを取り戻す。
邪神を生み出した混沌の世界とは、異なる様相を呈していた。
これは、決して奇跡ではない。
地上で生きる者と神が力を合わせ、成し遂げた結果である。
「ははっ、やるじゃねぇか。期待以上だな」
「そうだね、お兄ちゃん」
冬也は感嘆の声を漏らし、ペスカは頷いた。
ペスカと冬也が、アルキエルとの決着をつけて再び戻った時、世界の有り様は一変していた。清浄化など安直な言葉では、語れない美しさがそこにはあった。
「ちっと眩し過ぎだがな」
アルキエルは目を細める様にし、世界を見渡した。そして、かつての親友を思い出し、感慨に耽る。
「こういう強さもあるんだな」
ぽつりと、アルキエルの口から零れた言葉。恐らくそれが、全てを物語っていたのだろう。
親友がどれだけ求めても、叶わなかった世界が、実現している。
眩くも儚い、手を伸ばせば消えてしまいそうな輝き。一瞬で過ぎ去ってしまいそうな瞬き。
それでも、しっかりとそこに有る。与えられたからではない、勝ち取ったからこそ、途切れる事無く光り続ける。
だからこそ、アルキエルには眩しく映った。
「捨てたもんじゃねぇだろ? なぁアルキエル」
「確かにな。これは嫌いじゃねぇ。あぁ、嫌いじゃねぇよ冬也」
「アルキエル。こんな美しさは、守ってあげたくなるでしょ?」
「そうだなペスカ。壊しちまうのは、勿体ねぇな」
目を細めながら、アルキエルは兄妹に答える。
「あんたが気が付かなかっただけで、元々世界は美しかったんだよ」
優しく語り掛けるペスカの声に、アルキエルは目を見開く。
アルキエルの瞳には、世界の広がりが映る。
「そうかもしれねぇな。いや、てめぇの言う通りだ、ペスカ。俺達は何で気が付かなかったんだろうな。何で信じてやれなかったんだろうな。世界はこんなにも美しいのにな。神も人も亜人も魔獣も、てめぇで勝手に隔てねぇで力を合わせりゃ、簡単な事だったんだな」
アルキエルの眼差しは、とても穏やかだった。
戦いに明け暮れ、死の危険に酔いしれ、神々の半数以上を消滅させた、かつてのアルキエルとは明らかに異なっていた。
世界が美しさを取り戻すと共に、アルドメラクの力は弱まっていた。強大な存在感は影を潜め、脅威を失っていた。
そして、アルドメラクは逃げる様に、姿を消した。ロイスマリアは、アルドメラクが存在するには、苦しい世界になっていた。
「さて、ペスカ。そろそろ終わりにしようぜ」
「お兄ちゃん。そう言っても、アルドメラクの居場所、わかるの?」
「いや、わかんねぇ。何だか、やたらと弱っちくなってるしな」
意気込みも虚しく、冬也にはアルドメラクの居場所を把握出来ない。それはペスカも同様であった。
顔を突き合わせ、困った表情をする兄妹に、アルキエルは溜息をついた。
「けっ、使えねぇ主だなぁ、冬也よぉ」
「そう言うお前は、わかんのか?」
「ったりめぇだ、糞ボケ! 俺を誰だと思ってやがんだ!」
「戦闘狂だろ? ただの」
「あぁ? 言うじゃねぇか冬也ぁ! てめぇ、さっきの決着はまだついてねぇんだぞ! 糞雑魚より先に、てめぇを伸しても良いんだぞ!」
口角泡を飛ばし、冬也に突っかかるアルキエル。売り言葉に買い言葉である、だが身内で争っている場合では無い。
「言い過ぎた。悪かったよアルキエル。頼むから、糞野郎の居場所を探してくれ」
「けっ。最初っから素直に言えば良いんだ、馬鹿野郎」
折れる冬也に対し、アルキエルは悪びれる事も無い。そして、アルキエルは神気を高めた。
世界を超えてその果てにまで、アルドメラクの居場所を探っていく。
実の所、ペスカと冬也はアルドメラクと対峙していない。一方アルキエルは、一度だけ神の世界でアルドメラクと対峙している。
その為、アルキエルの方が、アルドメラクの居場所を探り易かった。
程なくして、アルキエルが呟く。
「糞雑魚が隠れてる場所が、わかったぜ」
アルキエルの指し示した場所を頼りに、一同は転移する。
そして、最後の戦いが始まる。全ての決着をつける為に。
何度目か、騒ぎ立てる目覚ましを止め、体を起こしベッドから飛び出る。そして、急いで支度を済ませると、部屋を出て階段を降りる。
朝食を食べろ、弁当を持っていけ。騒ぎ立てる母の言葉を聞き流し、玄関の戸を開けて足早にいつもの道を歩く。
平凡な日常、でもそれは多分、幸せな事なんだ。
成績は平凡、運動も人並み。容姿も人並みで、目立つ存在ではない。没個性というなら、その通りかもしれない。特別に自分が優れた人間だと思っていない。
だからと言って、自分を陰キャとは思っていない。それなりに友人は居るつもりだ。だからと言って、ラノベの様な華々しい青春が、自分に訪れる事は無い。
でも、それでいいと思う。
だって、面倒だろ?
主人公とか、青春とか、恋愛とか、色々とね。
クラスメートと当たり障りのない会話をし、授業を受けた振りをし、毎日が何となく過ぎればいい。この年で、将来をどうするとか言われても、ぴんと来ないのは、当たり前じゃないのか?
だけどこの日は違った。
朝のホームルームで放った担任の一言。
「今日からこのクラスに仲間が増えます。入ってきて」
そして教室のドアが開き、中に入って来たのは、スレンダーな体と黒髪が印象的な女子だった。多分、可愛いというより、美人と言った方が近いのかもしれない。
一部の男子からどよめきが走る。まぁ、それはそうだろ。高二の二学期に転向してくるなんて、滅多にないんじゃないかな。
それに転校してきたのは、目を引く様な美人なら尚更だろう。
でも、僕には関係ない。
僕は転校生の自己紹介を聞き流していた。昨夜、遅くまでやってたFPSの事を、何となく考えていたんだ。
自己紹介が終わったのか、転校生は教壇から離れる。
丁度、一番後ろの席が空いていた。自分の席に向かう為、転校生は僕の横を通り過ぎ様とした。
だけど転校生は、僕の横で立ち止まった。そして、僕の事を少し見ると、意味の分からない事を呟いた。
「そう。あなた三回目なのね。まぁ、頑張って」
僕は周りを見渡した後に、転校生を見た。転校生は、他の誰でもなく、僕にそれを言ったんだ。
その時、僕は確信した。この転校生は、残念系の美人ってやつだってね。
たまにいるだろ? 所謂、電波系ってやつだよ。
その時の僕はまだ知らなかったんだ。
転校生が言った言葉の意味を。そして、僕に降りかかる災難を。
それは、ラノベの様な冒険譚であり、目が覚めれば忘れてしまう混沌とした夢の様であり、過酷な運命でも有ったのかもしれない。
平凡な僕の生活は、この瞬間に終わりを告げた。
☆ ☆ ☆
珠さんの、適当に書いた冒頭シリーズです。
コンセプトは何だろう。
現代を舞台にした、タイムリープものが妥当かな?
異世界から転生して来た、ファンタジーものでもいけると思うな。
展開次第では、ホラーでもいけるかもね。
何度も言いますけど、続きは書きません。
気に入って下さり、続きを書きたいなんて奇特な方は、ご一報下さい。
次回もお楽しみに。
2019.11.4校正。




