254 アルキエルとの再戦
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ペスカと冬也は、邪神との戦いに向けて、準備を重ねていた。だが邪神が誕生し、世界情勢を悪化をさせても、傍観をしていた。
何故なら、邪神に立ち向かう為に、足りないものが有ったからである。
単に力尽くで排除するなら、今のペスカ達であればそう難しい事ではない。しかし悪感情を糧に、これからも生まれ続ける邪神に対し、いつまで力尽くで処理し続けるのか。
それでは根本的な解決には、ならないのである。
それなら、怒りや嫉妬などの感情を捨てさせるのか?
違う! そもそも、怒りや嫉妬などの感情は、誰しもが持つ自然な心の動きである。
自然な心の動きを無くせば、文字通り不自然となる。マイナスの感情が有ってこそ、プラスの感情も存在を得る。
言い換えれば、喜びも感動も無くなる。
大事な事は、悪意に負けない事である。弱さを理由に、逃げ出さない事である。
誰もが逃げ出したくなる時が有る。投げ出したくなる時が有る。
強くないから他者を助けられない、確かにそうだろう。
弱さから目を背け臭い物に蓋をする、見て見ぬふりをする、それで良いはずが無い。
立ち向かう心の強さ、他者に手を差し伸べる優しさ。命の危機に際して共に逃げようと、手を差し伸べる事が出来るなら、それは立派な強さである。
直接的に邪神と対峙するのは、ペスカと冬也になるだろう。
しかし、地上に生きる全ての者が、邪神と戦わなければならない。彼らこそが、悪意に打ち勝たねば、新しい未来は訪れない。
苦しい選択を強いたのは、事実である。ただ、皆がそれに応えた。誰かが悪意に膝を屈しても、仲間がそれを助ける。
そして、神と生物が手を取り合う。これこそが、邪神から世界を救う本当の力。
世界は、確実に成長を遂げつつある。それを見極め、ペスカと冬也は新たな行動を起こした。
地上では仲間達が頑張っている、今は信じて任せれば良い。今は一つでも、懸念材料を消しておかなければならない。
それは、神の世界から消えたアルキエル。
そして、アルキエルは、来るべき戦いに備えて、ひたすらに研鑽を重ねていた。
盲目的とも言える行動の奥に秘められたものに、未だ気が付かず。冬也との再戦、それが今のアルキエルを突き動かしていた。
アルキエルは、完全に行方をくらましている。
アルドメラクが、行方を追えない状況が、それを立証しているだろう。しかし、これまで世界を傍観していたペスカと冬也だけは、アルキエルの潜む場所を突き止めていた。
「行こうペスカ。多分あいつも、俺を待ってる」
「うん。お馬鹿さんの目を覚まさせないとね! 期待してるよお兄ちゃん」
「あぁ、任せろ」
そしてアルキエルの作り上げた空間の中に、ペスカと冬也は転移する。
冬也の来訪を歓迎するかの様に、大剣を振り続けていたアルキエルは、動きを止めて笑みを浮かべる。
「待ってたぜ冬也ぁ! さぁ、殺し合おうや!」
その言葉に、冬也は溜息をつく。
アルキエルの目には、冬也しか映っていない。まだ何も見えてない。何も得ていない。
強烈な殺気を消すまで、至ったにも関わらず・・・。
冬也は少し失望しつつも、ペスカを後方に下がらせて、アルキエルに近づいていった。
そしてペスカは、直ぐに辺りを神気で囲み、結界を張った。これから始まる戦いを、誰にも邪魔させない為に。
「まだそんな下らねぇ事を言ってんのかアルキエル。そんなんじゃ、俺には勝てねぇよ」
「下らねぇかどうかは、戦いで証明してやる!」
大剣を大きく掲げるアルキエル。
「今度は、得意な剣で戦うのか?」
「ったりめぇだ! 手を抜いて負けたと、思われたくねぇんでな!」
「はぁ、まぁいい。武器の差じゃねぇ事を、てめぇの魂に教え込んでやる! 来いよアルキエル! 待ち焦がれてたんだろ! 相手をしてやるよ!」
冬也は体中の隅々まで神気を満たして、構えを取った。そしてアルキエルは、大剣を振りかざして、一歩を踏み出す。
次の瞬間には、冬也が居た場所に、大剣が降り下ろされていた。
直線的すぎる攻撃が、冬也に当たるはずが無い。冬也はアルキエルの懐に入り込み、右拳を振るった。
神気の籠った強烈な一撃が鳩尾を抉り、アルキエルは吹き飛ぶ。
そして、吹き飛んだアルキエルを見下ろす様に、冬也は言い放つ。
「一本だ! アルキエル!」
しかし、冬也の行動は、アルキエルを激高させた。求めてたものとは、完全に異なる。
生死を賭けた緊張感を保って、冬也が来るのを待っていた。冬也の闘志も漲っていた。望んだ戦いが出来るはずだった。しかし、冬也はただ殴りつけるだけ。
今の冬也なら、この一撃で神格ごと破壊する事も可能だったはず。
「本気を出せ! 何故手を抜いた! 馬鹿にしてるのか冬也ぁ! ふざけんじゃねぇ!」
声を荒げるアルキエルに、冬也は静かに言い放つ。
「馬鹿にしてねぇし、手も抜いてねぇ。わからねぇなら、お前はまだまだって事だ。さぁアルキエル、かかって来いよ! 稽古の時間は終わってねぇぞ!」
「なめんじゃねぇ~!」
アルキエルは再び上段から大剣を振り下ろす。
右に躱す冬也を追い、アルキエルは降り下ろした大剣を途中で止めて、横薙ぎに振るう。
それは、アルキエルの剛腕が成せる技である。それでも、アルキエルの攻撃は、冬也を捉えられない。
右に左に大剣を躱し、的確にアルキエルの急所を抉る。その度にアルキエルは、大きく吹き飛ばされた。
冬也が稽古と言った通りの様相が、展開されていく。
地上の生物を模して作った神の身体に、痛覚は存在しない。ただし、神格が傷付けられれば別である。冬也の拳は、アルキエルの神格にダメージを与えている。苦しまないはずが無い。
しかし、アルキエルは痛む素振りも見せず、冬也に向かっていく。
冬也と戦う中で、アルキエルは精神を研ぎ澄ませていく。
あれだけ戦い方を模索したのに、何故届かない。意思の力では無かったのか?
俺の剣は、何が足りない。どうしたら、冬也に届く。
その思考は、無意識だったろう。それは戦いへの集中を誘い、アルキエルの大剣に鋭さを与えていく。
冬也は避けきれずに、アルキエルの大剣を手で往なす。
アルキエルの攻撃は、徐々に鋭さを増していく。アルキエルは、冬也に吹き飛ばれる回数が、明らかに減っていた。
互角の戦いが繰り広げられる。
目に留まらない斬撃と拳が激しいぶつかり合い、轟音だけが空間内に響き渡る。ペスカでさえ、その動きを捉えられずにいた。
どれだけの轟音が、響いただろう。ふと、冬也が攻撃の手を止め、アルキエルと間合いを取る。
「何を笑ってやがる冬也! ふざけんな!」
確かに、冬也はアルキエルを見て、笑みを浮かべていた。
「いや、俺じゃねぇよアルキエル。わかんねぇか? お前、いま笑ってんだぜ! 楽しそうによ!」
アルキエルは、理解が出来なかった。楽しそうに笑うなんて、冬也は何を言っているのだ。
「アルキエル、気が付かねぇか? お前はいま、ちゃんと勝負をしているんだぜ!」
剣は途中で止めるよりも、振り下ろした方が簡単である。そして、殺す気で振った剣は、絶対に止められない。止める強固な意思がなければ。
冬也を殺すはずだった。殺し合いが全てのはずだった。もしかして、俺は手を抜いていたのか?
いや、全力だった。全力で冬也に向かっていった。
アルキエルは、気が付いていない。
もしかしたら、懸命に気が付かない様にしていたのかもしれない。そうしなければ、これまでの戦いが嘘になってしまう。
どれだけ多くの神を消滅させて来た。どれだけ多くの生き物を殺して来た。
戦いの果てに命を落とすのは、自然な事である。それの何が悪い。俺は間違っていない。
絶対に間違っていない。
アルキエルは、冬也を睨め付ける。しかし、冬也は笑みを崩さなかった。
「まだ下らねぇ事を考えてんのか? お前はもう、俺を殺せねぇ」
「何を言ってやがる、ふざけんじゃねぇぞ! てめぇをぶち殺すなんて簡単なんだ!」
「だったら、やってみろ! 抵抗はしねぇ、俺を殺してみろ! 絶対にお前は、俺を殺せねぇ!」
冬也は大きく両腕を広げて、声を荒げた。そして、神気を解き丸腰の状態になる。
いくら冬也でも、神気での防御が無い状態で、アルキエルの剣を受ければ、神格ごと粉々にされる。
顔を真っ赤に染め、鋭い眼光でアルキエルは冬也を睨む。そしてアルキエルは、大剣を勢いよく振り下す。
だがその大剣は、冬也を切り裂く事は無かった。冬也の頭上で固まった大剣は、そこからピクリとも動かなかった。
アルキエルは、冬也を殺すつもりで振り下ろした。しかし・・・。
アルキエルの手から離れた大剣は、冬也を避ける様にし、音を立てて転がる。
そしてアルキエルは、弱々しく崩れ落ちた。
「何でだ冬也。何でだ・・・」
がっくりと項垂れるアルキエル。
これまで戦い続けて来たのは、何だったのか。人間の脆弱な体を纏い、全力を出す事さえ出来ない半端な神を、殺す事さえも出来ない。戦いの神が聞いて呆れる。
アルキエルは、全てが失われる感覚に陥っていた。
そして冬也は、静かに口を開く。穏やかな神気が辺りを包む。
冬也の言葉は、自然とアルキエルの心に届いた。
「お前は殺す事が目的の、機械じゃねぇからだ。心が有るんだ。お前が目指した本当の目的を思い出せ、アルキエル」
冬也の言葉で、脳裏に浮かんだのはかつて失った友の姿。アルキエルの中には、在りし日の情景が浮かんでいた。
「兄貴、出かけなくていいんすか? しのぎ、どうするんすか?」
「たけしぃ、俺はいなくなった」
「意味わかんないっすよ、兄貴」
「うるさいわボケ。俺は今日、死亡中なんや」
「飲みすぎっすか?」
「ちゃうわボケ。たまには休ませろや!」
ってな訳で、珠さん絶不調です。
次回もお楽しみに。
2019.10.31校正。




