155 暗闇の戦い その2
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ペスカの念話を受けた冬也は、思わず大声を上げた。
「どう言う事だペスカ!」
「トロールがモンスター化したっぽい。多分、攻めて来るのも時間の問題だと思う」
「マジかよ。どの位の大きさのが必要なんだ?」
「手榴弾っぽく加工して欲しいの、それを五百個」
「たぶん、二百個が限度だな。その代わり俺の神気を込めてやる」
「おぉ、ならそれで良いや。大至急だからね」
「マナキャンセラーで良いんだな」
「うん。一応、切り札なんだから、大至急ね」
「やってみるから、待ってろ!」
冬也は急いで、鉱石が積まれた場所へ駆け寄る。そして、ブルに向かい大声を上げた。
「ボブ! わりぃけど手伝ってくれ!」
「名前を間違えるのは失礼なんだな、冬也。慌てても、良い事無いんだな」
「わりぃブル。ともかく、お前が今日掘った中に、魔鉱石が入ってるはずだ。魔鉱石だけ分けてくれ」
「もう分けてあるんだな。おでも覚えたんだな」
「じゃあ、それを持って来てくれ」
「わかったんだな」
冬也の表情は、いつに無く硬く強張っている。尋常じゃない様子と、断片的に聞こえた話し声から、山の神は異常事態を察した。
「冬也、何が起きた?」
「トロールの連中が、糞野郎の悪意に呑まれたみたいだ。モンスター化が始まってやがる」
「何じゃと! それでどうするのじゃ!」
「ありったけの魔鉱石に細工をする。上手く行けば、奴らを元に戻せるかもしれねぇ」
「モンスター化すれば、止める事は出来んじゃろ!」
「わかってる。代わった体は元に戻らねぇ。だけど、魂は清浄化できんだ。見てろ山さん、ペスカの技術を」
冬也は険しい表情のまま、魔鉱石に向かう。既に製錬したものとは別に、今日ブルが採掘した分が運ばれてくる。
冬也は全ての魔鉱石を手元に集める。それと同時に、しっかりとイメージを固めた。
サイズは手のひら大で有る事。マナキャンセラーの魔法を封じ込める事。魔鉱石が対象に当たると、爆発し魔法が発動する事。
そして、冬也は神気を高める。神気の高まりと共に、魔鉱石の塊を光が包む。加工されていない魔鉱石の塊から不純物が取り除かれ、適切な大きさに寸断されていく。
そして寸断された魔鉱石は、光を吸収しながら丸みを帯びていく。魔鉱石は、楕円形となり完成を見た。
ブルは、その神秘的な光景に歓声を上げる。山の神さえ、驚きの声を漏らした。
「綺麗なんだな。冬也は凄いんだな」
「お主、存外器用じゃの。どんな効力なんじゃ?」
「マナと精神の異常を、同時に鎮めるんだ。そうだ、ブル。試しに一個投げてみてくれ」
冬也は何も無い平地に、大きなバツ印を描く。ブルに指示し、完成した手榴弾型の魔鉱石を、バツ印を目掛けて投げさせる。
放り投げられた魔鉱石は、バツ印に当たると、爆発して光を放った。
「一先ずは成功だな。魔法の効果は確認出来ねぇけどな。ブル、あの大きな木桶に、これを全部入れてくれ」
「わかったんだな」
ブルは完成した魔鉱石を、まとめて木桶に放り込む。冬也は続けて木々に向かい、大急ぎで集落に木桶を運ぶ様に念じた。
木々は蔦を伸ばし、物凄いスピードで木桶を運んでいった。
「冬也。お主の言っていた武器は、作らんで良いのか?」
「あれが必要になるのは、今後だ。どんだけ馬鹿でかくなっても、所詮トロールだろ。あんなのも倒せねぇなら、これ以上あいつ等を鍛えるのは無駄だ」
「辛辣じゃのう。まぁ、ゴブリンに並みの強さを要求するのは、酷ってもんじゃ」
確かに辛辣かも知れない。
ゴブリンが生きる為の充分な力を得たなら、彼らの訓練はお終いで良いと冬也は考えていた。戦力になるか否かは、この戦い次第。トロールとの一戦は、ゴブリン達の見極めでもあった。
☆ ☆ ☆
時は戻り、夜闇がゴブリンの集落を包む。
広場に戻ったエレナは、ズマに命じ対トロール用の班別けを行わせた。
先ずは、索敵班、遠距離狙撃班、近距離攻撃班、後方支援班の各班から、一名づつ選別しパーティーを組ませる。
その内、十のパーティーは直ぐに出発、残り十のパーティーは、集落で待機させる。
エレナがゴブリン達に伝えた作戦は、非常に単純である。
先発したパーティーが、それぞれ密林の中に潜み、神経毒を含ませた弓で、遠距離攻撃で狙撃する。戦力を分断する様に、トロールを引き付けながら、繰り返し遠距離攻撃を続ける。
トロールが徐々に弱ってきた所で、一体を複数で近距離攻撃し意識を奪う。
三百対四十、数の差は歴然。
巨人の様な体に変化したトロールと、やっと身体強化を覚えたばかりのゴブリン、戦力の差も歴然。もし、唯一のアドバンテージが有るとすれば、密林が味方になる事であろう。
木々を踏みつぶし、薙ぎ払いながら進むトロールを、密林は決して許さない。
冬也やペスカと信頼関係を築いた密林は、必然的にゴブリンに対して友好であろうとしている。地の利はゴブリン達に有る。
素早い行動と、的確な狙撃。それは集団での狩りで、日々鍛えられた。後は、如何に実戦をこなせるか。圧倒的な力の前に、怯まず戦えるか。
ゴブリン達が血反吐を吐きながら耐えた、訓練の成果を見せる時が訪れた。
そして、先発のパーティーが密林に潜る。戦況は、木々がつぶさにペスカに報告する。ペスカは戦況をエレナに伝える。そして直接的な指揮をズマにさせた。
木々を薙ぎ倒しながら真っすぐ進むトロール達は、自分達の居場所を教えている様なもの。
先発隊は、直ぐにトロールを見つけ、狙撃の位置取りをする。ただ遠目でも、その巨大さはわかる。頭は密林の木々よりも、高い位置にある。
巨人と同様のサイズに変わったトロールを見て、ゴブリン達は息を呑んだ。
だが、怯む訳にはいかない。
何の為に訓練に耐えて来たのか。今、この時の為に乗り越えて来たのだ。ゴブリン達は己を鼓舞する様に、それぞれの胸を軽く叩いた。
パーティーに一体ずつ配置された遠距離狙撃組が、一斉にクロスボウを構える。そして息を殺し、トロールが射程範囲に近づくのを待つ。
狙うのは、赤黒く光るトロールの瞳。
汗がゆっくりと、ゴブリン達の頬を流れる。
最初の一撃を成功させる為に、激しい緊張がゴブリン達を包む。一秒がとても遅く感じられる。じりじりとトロールは迫る。否応なしに手が震え、照準がぶれ始める。
そんな時、ゴブリン達はふと、エレナの言葉を思い出した。
「必ず当たると信じろ。その想いをマナに込めて、矢を放て! 肝心なのは信じる事だ。落ち着け! お前の矢は必ず当たる!」
そして、数本の矢が放たれる。木々を潜り抜け、真っ直ぐに矢は進む。放たれた矢は、トロールの瞳を深く抉った。
トロールの大きな呻き声が上がる。それは、戦いの合図となった。
種族の命運をかけた、激しい戦いの幕が上がる。
その3に続きます。
次回もお楽しみに。
2019.7.16校正。