第一章9『瞬く間の模擬戦』
放課後、少し傾き始めた太陽だがその輝きは日に日に増すばかり。その五月の日差しがハルトに降り注ぐ。校庭ではお喋りする者もいれば熱心にギターを弾く者もいる。運動場では陸上や野球、サッカーに勤しむ者もいる。そんな彼らを横目で見ながら歩くハルトがいた。
「うちの学園の奴ら勉強もできれば運動もできるってオールラウンダーかよ」
ボソボソとそんな事を言いながらこれから見学する剣術部に向かう。そこへ向かうにはグラウンドを横断した方がはやいのだが部活の邪魔になる。仕方なく、グラウンドに沿っている道を必然的に歩くことになった。入学した時はこの道に両脇には桜が満開になって立ち並んでいたのだが今はその面影をなくし翠色に染まってしまった。
「そういえば、俺も中等部だった頃は家の道場でよく剣を振っていたもんだなぁ。」
僅か数か月前までの俺も彼らのように何かに没頭していたことを思い出し少し照れくさくなる。頭の良さと剣術だけが取り柄の俺は中等部の頃、魔術が苦手だった。当時の同級生達は次々と高等魔術が使えるようになるのに対して俺は未だに中等魔術すらマスターしていない。しかし、幸いにも高等受験では高等魔術ではなく中等魔術までのレベルが採点される試験だった。シャナの厳しい魔術指導がなければ俺はこの学園に入学することはなかったであろう。シャナは俺に何かある毎に手助けをしてくれる。そんなシャナが俺の幼馴染で本当に良かったと思っているが、やはり素直には慣れないのだ。感謝の気持ちはあるのだが、口には恥ずかしくて出せない。
しばらく、無心になりながら歩いていると目的地である道場が見えてきた。見るからに立派な和風建築である。この道場はグラウンドから少し離れた位置にあり木々に囲まれている。石段が三十段ほど登るとその全貌が明らかになった。本当に立派な建築だと思う。俺の家の片隅にある道場の四倍はあるだろう。その道場からはたくさんの勢いの良い声が聞こえてくる。ガッシリとしたその道場の入り口の引き戸を少し開け、中の様子を伺う。中では木刀の素振りをしている。その中でも一際目立つ青年がいた。明らかに他の生徒とは異なる威勢を放つ青年だ。剣先は1ミリ足りともぶれることはなく、そして何よりも速いのだ。木刀が中段構えの位置で止まっているようにしか見えないのだが、気がつけば剣は振り下ろされている。少しではあるが胸が高鳴るのがわかった。彼となら本気でやり合えるのではないのかと。これまで剣術に関しては俺より右に出る者がいなかった。剣術に卓越した俺には熱くなれる相手がいなかった俺はどんな大会も本気を見せることなく優勝してきた。俺はこれからもずっとそのような道を歩き続けるものだとばかり思っていたが、今まさにその道を破る存在を見つけてしまったことに俺は歓喜する。今すぐにでも剣を交えたい、そのことが頭の中から全身にまで痺れるように伝わる。俺は深く息を吐き心を落ち着かさせる。その引き戸を今度は全開し中に入り一礼する。何事かと見る部員もいたが俺は気にせず言う。
「練習中失礼します。体験入部に来ました。一年A組千代田ハルトです。本日はよろしくお願いします。」
テキパキと挨拶をこなして俺はもう一度深く頭を下げた。俺が今までにこんなに深いお辞儀をしたことがあるだろうか、恐らくない。頭を上げると一人の勇ましいオーラを醸し出しながらも優しそうな顔つきの青年が近づいて来た。身長は俺より少し高い。茶髪。茶色の瞳。彼は俺から一歩離れた場所で足を止めた。
「君が千代田ハルトくんだね。僕は剣城アラン、剣術部の部長を務めている。ライト様から話は聞いているよ。君はずいぶんと腕がいいみたいだね。今日はよろしくね。」
ライトから話は本当に通っていたことをここで確実なものにしていく。凄く丁寧な対応であった。すかさず俺は彼に握手を彼の右手に求めた。すると、彼は少し困った顔をした。
「すまないね、ハルトくん。実は右手に神経が死んでいてね。手を握るどころか、動かすことも出来ないんだ。魔術治療で腕だけはなんとか維持しているんだ。」
よく見ると右腕は垂れ下がったままピクリとも動こうとしない。どうやら本当のようだ。俺は差し出した右手を引く。
「す、すみません。何も知らずに、」
「大丈夫だよ、初対面の人なんだから知らなくて当たり前だしね。」
彼は少し優し過ぎる気もする。それよりも先ほどからとても鋭い視線を感じるのはどうしてなのだろうか。間違いなく殺気を感じる視線だった。そんなことを考えているとアランは何を思ったのか、
「よし、おーい、みんな集合だ。神川ライト様直々のお客様だ。」
すると、練習していた部員らがすぐに手を止め顔色を変え一ミリものズレを許さないよう整列する。あまりの圧巻に俺は口が引きつってしまった。アランもどうだと言わんばかりにこちらにウィンクしたくる。プログラミングされた機械が並べたかのような、いやそれ以上の整列の前にアランは一歩出て言う。
「みんな、本日体験入部することになった千代田ハルトくんだ。ライト様の恥のないように。」
「いやいや、ちょっと待って下さいよ。俺はあくまでも体験入部をしにきただけでライト様がどうとか関係ないのでいつも通りでお願いしますよ。」
神川ライト。アイツがこれほどの影響力を与える人物だと実感させられた瞬間だった。何も特別ではない俺からするといい迷惑だ。
「ほお、そうか。じゃあ、いつも通りでみんな頼んだぞ。それからエルート、お前はこっちに来い。よし、練習に戻ってくれ。」
一列目の向こうから見て一番左の青年が返事する。よく見るとそいつは先ほど俺が興味をそそられた青年であった。茶髪は彼が持つ木刀の色と良い相性だ。髪は目や耳に被らないほどの短髪だった。彼以外の部員らは練習に戻って行く。そして、肝心の彼はこちらに駆け足でやって来る。
「兄様、何かお申し付けでしょうか?」
少し俺が思っている兄弟関係とは違うがこういう関係もきっとあるのだろう。エルートは兄を尊敬していることが良くわかる。
「あぁ、大したことではない。ハルトくん、こちらは俺の弟、エルートだ。知っているかもしれないが去年の剣術大会の優勝経験者だ。」
なるほど、それだけの技量はあるということか。なかなか楽しそうな大会になりそうだ。俺の目と経歴で彼、エルートの実力は他の者達とは一味違うものだとすぐにわかる。
「僕はライト様から剣術の凄腕の持ち主だと聞いているんでね、少し模擬戦でもしてもらおうかと思っているだが、二人はどう?」
「兄様がよろしいのでしたら私は大丈夫ですよ。」
エルートは即答してこちらの方を見て伺ってくる。しかし、その目には断ったら殺すという威圧感を含まれていたような気がした。もちろん、こちらとして興味のある相手戦える絶好のチャンスだ。首を横に振る理由もない。
「もちろん、大丈夫ですよ。」
俺がそう告げるとアランは笑みを浮かべた。これはとても面白い展開になってきたと練習しているはずの部員も盛り上がってきていた。いつもは威勢の良い声が響くこの道場もあまりの部員達の騒がしさに驚いていることだろう。
「ルールは剣術大会のものを使用するけど問題はないよね。問題がなさそうならすぐにでも始めてもらおうか、うん、よし始めるぞ。」
一人で楽しく淡々と物事を進めていくアラン。本当にこんな人が部長を務めているのかと疑問に思うが、それゆえに信頼性が高い。おそらく、そんな彼の部分が長としてやっていけているのであろう。そんなことを考えているとスッと前に木刀が現れた。エルートがそれを差し出してくれたのだ。
「ありがとうございます。」
俺はその木刀をありがたく受け取る。長年使われてきたせいなのか通常のものより歴史重みがあった。俺はその木刀で一振りしてみる。今朝振った対吸血鬼用装備とは違い軽いがこちらの方がしっくりきた。
「両者前へ!」
その合図とともに俺は三尺ほど引かれた磨り減った白線まで進む。もちろんエルートも同様に前へ進む。部員達がどちらが勝つかとひそひそと話していたが緊迫した空気によって静まり返った。しばらく、この空間は静寂に支配された。
「開始!」
その合図が聞こえて動こうした時には彼の剣線は俺の目の前にまで迫っていた。とても綺麗な手捌きで正しく直線を描く剣先は俺の首元に...
しかし、
「どうゆうことだ?」
俺はその剣先を自分の剣で難なく弾く。練習の時には全く見えなかったはずなのに何故か今はスーパースローモーションにしか見えないほど遅かった。
(それはそうだよ。僕が憑いてることをお忘れなのかなぁ〜)
天使の囁きだ。それがどのように関係しているのかは知らないが、天使が憑いていることによってこちらには大きなアドバンテージがあるようだ。つまり、本来の俺なら今の確実に負けていたということか。
「ほぉ、今のを凌ぐのか。」
審判として立合ってくれているアランが顎を掻きながら呟く。模擬戦中に何故か周りの音や動きに敏感になっている。彼らが話している内容、彼らの動きが事細かに脳へと情報が入ってくる。そして、俺は導かれるがままに体勢を崩した彼の首へと剣をかざす。勝負が決まった瞬間だった。
「そこまで!勝者、千代田ハルト!」
周囲が呆気にとられていた。僅か数秒の出来事に誰もが黙っている。鳥達の囀りがこの場に響く。仕方ないことだ。何せ、彼エルートは当校一番の剣使いだったのだから。俺はすかさず体勢を崩したエルートに歩み寄り手を貸す。それをしばらく見ていたエルートであったが正気取り戻し俺の手を借りず自らの力だけで立ち上がる。
「調子にのるなよ。」
彼は俺だけに聞こえるように告げて道場の端にある更衣室に入って行った。俺は差し出した手を戻さずその言葉の意味を理解せずにしばらく立っていた。
「す、凄いね。とても人間とは思えない速度だったけど。」
本当にすみませんと心の中で謝っておく。アランは少し戸惑っているが勿論、当の本人もそれ以上に戸惑っている。素足に道場の古くなって黒くなった木床からほんのり暖かみを感じる。しかし、俺はそれを冷たくも感じた。ここには俺の居場所ではないと告げるように_
_その頃、更衣室では、
「千代田ハルト、アイツは絶対に_」
しっかりとした筋肉がついた上半身。それに沿って垂れていく汗。着ようとしている上着を握りしめてしめて悔しがる。その瞳からは嫌悪感が漂っている。
「_殺す。」




