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Alchemist  作者: 無口な社畜
第一章 ホームタウンから出てみよう
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第七話 へぼい閃光

「あの、似合いますか? ソウザ様」

「お、おう……」


 服を汚してしまったお詫び……という訳ではなかったが、俺は新しい服を買って少しだけ恥ずかしそうに感想を聞いてくるシルキーにしどろもどろになって答える。

 

 あの不運な事故から少し時間が経過し、装備品その他諸々が売っているよろず屋に場所を移動していた。

 流石に、真っ白な服にベットリと真っ赤な手形が付いた服を着せて買い物をしていく勇気は俺には無く、一番近くにあった服を売っている店に駆け込んだ次第だ。


 ちなみに、俺の顔の傷は治癒魔法も扱えるというゲートキーパーの魔術師が治してくれたのだが、しっかりと治療費を取られてしまった。あまりの理不尽さに治療費を請求しようとした俺だったが、俺の治療が終わった頃には膝蹴りを加えた白い戦闘服を着た迷惑な剣士はいつの間にか姿を消していた。

 取り敢えず、今度会ったら文字通り慰謝料の一つでもせしめてやろうと心に誓った。


 ともあれ、そんな状況でもあり取り急ぎシルキーの着替えを求めた俺であったが、主に旅人や使徒用の装備品を売っている店であった為に売っている服もおしゃれなものとは程遠く、現在シルキーの着ている服はシンプルな草色のシャツと同色のハーフパンツだった。

 小柄なシーフが好んで着ていそうな服だが、目立つ白髪の少女が着るとなんだか似合ってしまうような気がするのが不思議た。


「私のような下賎な者にまで施しを与えてくれるなんて……。やっぱりソウザ様はソウザ様ですね!」

「取り敢えず褒められているのか馬鹿にされているのかわからないけど、服を汚したのは俺だしね。そもそも、このお金も君からもらったものだしお礼を言われるのも変な気分だ」


 少し減ってしまった布袋の中を見ながら答えた俺に対して、まだ少し赤い目を俺に向けてシルキーは首を振る。


「いいえ。そのお金はソウザ様に渡すようにと私が預かっていただけです。私は私でちゃんとお金は持ってるのです」


 ハイッとばかりに自分用であろう布袋の中身を見せてきたシルキーだったが、悲しいかな、中身はくすんだ色の硬貨が数十枚入っているだけだった。


「……俺は取り敢えず3日間君がどうやって過ごしていたのか知りたいね」


 少なくとも、まともな生活は送っていなかったであろう事は想像できる。

 雨風が凌げる小屋に居られただけマシなのだろうが、話を聞く限り俺のベッドは一度も使用しなかったらしい。

 確か、あの部屋にある家具はベッドが一つとメニュー板が一つと椅子二つと寂しい光景だったはずだ。余分なベッドどころか布団さえなかった。


 今回服を購入したことでわかったが、基本的にこの世界の物価は高い。

 金貨の下に銭貨は存在するものの、その通貨は殆ど使用する機会がないほどに価値の低いものだった。その証拠に、服を一式買っただけなのに俺の持っている布袋の中の金貨はそれなりの枚数減っていたのだから。


「今日降臨される事は知っていましたから、3日分の食事は持ってきました。寝床に関しても今は春ですから、お布団が無くても平気なのです!」


 衝撃の返事にもっと詳しく聞いてみると、シルキーの住んでいた町はウッドロックからかなり遠い場所にあるらしいが、ゲートがある為にここまでは一瞬で来られたらしい。その時に食べ物は持参したが、俺の家に着いた時に初めて一人分の寝床しかない事に気がついたが、“使徒様”の寝床を使うわけにもいかず、メニュー板に突っ伏して寝ていたという事だった。

 お金に関してはゲートの使用料を払うために殆ど無くなってしまったそうな。


「お金かかるんだ……ゲートって」

「はいです。ゲート自体は魔素の力で可動しますが、制御は魔術師の方がやっていますからね。無料で使用は出来ない……って言われたのです……」


 ウッドロックに来た時の事を思い出したのかシュンと項垂れるシルキーに苦笑しながら、俺は取り敢えずもう一つベッドを購入することに決めた。




◇◇◇




「ああ、それはきっと【ヘボい閃光】の【コウガ】様ですね」


 最低限必要な買い物を済ませ住宅街の門まで帰ってきた俺達は、今日の出来事を門番であるテムジンさんに話した所、ゲートで遭遇したひき逃げ犯の正体を特定する事が出来た。

 ちなみに、今日町で購入した家具や荷物に関しては、纏めて今日中に家まで運んでくれるらしい。

 なんだか色々とサービス過剰な気がするが、それはきっと俺が“使徒様”とやらであるからだろう。

 だからこそ、テムジンさんが俺と同じ使徒であるらしいコウガという人物の事を恐らくは蔑称であろう【ヘボい閃光】などという呼び方をするのかが気になった。


「それはまたひどい二つ名ですね。多分、そのコウガって人は使徒ですよね? 今日一日町を歩いてみた感想ですが、町の皆さん使徒である俺をとても良くしてくれたように感じたのですが」


 あの時のひき逃げ犯が使徒ではないかと疑いを持ち、敢えてテムジンさんに今日の出来事を話したのは俺だが、理由はあの時のひき逃げ犯の髪と瞳の色が黒かったことによる。

 日本で開発され、日本人向けに制作されたMMORPG「Alchemist」。当然、プレイヤーの殆どは日本人ばかりであろうが、対してこの世界の住人はカラフルな髪色をしている事が多い。

 

 目の前のテムジンさんの髪色は明るい緑色だし、シルキーも見事な白髪だ。

 もしもこの世界で黒髪が珍しいと言うのであれば、その髪色は使徒を見分ける為の目印になりうるだろう。

 そんな俺の考えを肯定するように、テムジンさんは笑顔のまま頷く。


「ははは。これは愛称のようなものですよ。コウガ様はこの町が出来た初期の頃から滞在している使徒様ですが、色々と面白い実績を残してきた方でしてね。事ある毎に自分の事を“ヘボい”と口にしていた事から、本人の称号である【白い閃光】にちなんで【ヘボい閃光】と呼ばれるようになったのです」


 詳細は教えてくれなかったが、本人がどんな実績を残して住人からヘボなどと言われるようになったのかはなんとなくだが予想はできる。

 この町が出来てから──つまり、サービス開始当初からいるにも関わらず、LV1の剣士の体力を削りきる事も出来ない剣士。その攻撃力は推して知るべし……だ。


「そのコウガという人の家を教えて貰ってもいいですか? “色々と”話があるもので」

「ええ。構いませんよ」


 俺の言葉に特に疑問も挟まずにコウガの住処を教えてくれたテムジンさんにお礼を言ってから門を離れた俺達だったが、一緒についてきたシルキーの姿に気が付いて足を止める。


「ごめんシルキー。コウガって人の家には俺一人で行きたいから、先に家に戻っていてくれるかな?」


 コウガがこのゲームのプレイヤーであるならば、色々と現地の人間には聞かれたくない話も出てくるだろう。

 そう思って一人で行動しようと思っていたのだが、シルキーは可愛らしく首をかしげるばかりだった。


「何故です? シルキーはソウザ様の使い魔なのです。使い魔は使徒様とずっと一緒に居るものなのですよ。片時も離れてはいけないのです」


 使徒と使い魔にどんなルールが存在するかはわからない。

 わからないが、シルキーとて神託とやらを受けるまでは普通の町娘として生活してきたはずだ。ならば、一般的な常識くらいは持っているはずだろう。

 俺は膝を曲げてシルキーと同じ目の高さに自分の目を合わせると、諭すように話しかける。


「今日は家に荷物が届く事になっているだろう? お店の人が訪ねてきた時に誰もいなかったら困るよね? シルキーにはお店の人が来た時に荷物を受け取って欲しいんだよ」

「だったら、ソウザ様がコウガ様の所に行くのを明日にすれば良いのです」


 俺の言葉に初めてシルキーが反抗してきた事に気が付いて、俺は思わず笑みを浮かべる。

 使い魔だとか下僕だとか言って笑っていた少女だったが、ちゃんと少女らしい我が儘も言えるし、盲目的に使徒様(オレ)に従っているわけでもないらしい。


「俺は直ぐに知りたいんだよ。君や、俺が知らないこの世界の事を。彼は俺よりも長い時間この世界にいた使徒だろう? きっと、俺達が知らない事も教えてくれる」


 俺の言葉に尚も引き止める言葉を選んでいたシルキーだったが、しばらく考えた後に自分では俺に教えられる事がそれ程多くない事に気がついたらしい。

 考えている間唇を尖らせて不満そうにしていたシルキーだったが、渋々頷いた後は出会った頃と同じような笑顔に変えて、両手を広げた。


「わかったのです。ソウザ様の言われた通りにしっかりお留守番しています。だから……必ず帰ってきてくださいね」

「うん。行ってくる」

「いってらっしゃい!」


 広げた両手のまま飛び込んで、ポフッと俺に抱きついた後に手を振るシルキー。

 そんなシルキーに手を振り返し、教えられた場所に向かって歩を進める。


「シルキーを相手にしているとあの子が16歳だって事を忘れそうになるな」


 実年齢とは裏腹に、その姿同様の幼い行動をしてくるシルキーを思い、道を歩く。


「……明日行けばいい……か。もしも俺に明日があるならば、それでもいいんだろうさ」


 怪しい薬とリングを使い、妙な世界に迷い込んだ俺自身。

 もしも目が覚めてこの夢から覚めたなら、俺は二度とこの世界に帰ってくるつもりはなかった。


 コウガの家に行くための最初の曲がり角に来た時に、俺はこれまで歩いてきた道を振り返る。

 住宅街とウッドロックの町の狭間の門の下。

 言うなれば、先住民とプレイヤーが暮らす境界線とも言うべきその場所で。


 白い髪の小さな少女は、今尚小さな体を精一杯使って大きく手を振っていた。



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