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Alchemist  作者: 無口な社畜
第一章 ホームタウンから出てみよう
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第六話 ウッドロック

 何となく微妙になってしまった雰囲気に耐えられなかったわけでもないが、俺達は外に出ることにした。

 一応名目はある。

 俺を出迎える為にこの町にやってきたシルキーだったが、3日間必要最低限の所持品のままあの部屋で一人で待っていたというのだ。


 その前に直ぐにやって来る事が出来る程にシルキーの住んでいた町は近いのか。とか、そもそも引越しをしてきたにしては荷物が少なすぎるだろう。とか、色々聞きたい事はあったのだが、それら含めて町を案内しながら説明するとの事だった。


「それにしても、町の約半分が住宅地とは……」


 一言で済ますならばベッドタウンとでも言えばしっくりきそうだ。

 俺の呟きに、シルキーもほっこりした笑顔で頷く。


「はいです。ここウッドロックは使徒様達のホームタウンの一つですから。元々このウッドロックはとても小さな村だったのですよ。それが、2年程前の創造神様のお告げにより、大きく開拓されたのです」

「へえ」


 所々に大小様々な家が建っているが、基本的には整地された宅地に掘っ立て小屋が建っているだけの景色が続く歩道を歩きながら答える。

 俺達が住む事になった家も見事な掘っ立て小屋であったが、宅地の範囲内であれば自由に増築、改築していいらしい。


 最も、その為の費用は有料であり、支払い方法は魂貨か「ゲーム内通貨」のどちらかだ。

 俺は出かける時にシルキーから預かった布袋を開けると、その中に入っている金色の硬貨に目を向ける。

 入っている枚数は100枚。俺の感覚から言うと金貨100枚はかなりの額になると思っていたのだが、この世界での金貨は俺が思っている程の価値でのないらしい。


 金貨を貰った時に軽く受けた説明によると、この世界にある通貨は全部で6種類あり、下から順に銭貨、金貨、黄玉、青玉、紅玉、魂貨となっており、それぞれの価値は魂貨を除き1000の倍数となっている。


 魂貨は論外だが、価値の意味から言っても基本的な取引は金貨が主流であるらしかった。宝玉はよほど高い買い物をするとき以外は使わないとか。

 そんな訳で、俺達は町の案内がてらシルキーの日用品を買いに町に向かう事になったというわけである。


 シルキーにとっては当たり前である他愛もない、俺にとっては貴重な情報のやり取りしながら歩いていると、ようやくだだっ広い住宅街の出口が見える。

 アーチのような門があり、鎧姿の衛兵とおもしき男性が立っている所を見るに、この住宅街は彼らにとって同じ町の中でありながらも、どこか別の町のようなものなのかもしれない。


「こんにちは」

「こんにちはっ!」


 俺は小さく会釈をしながら、シルキーは元気に小さく跳ねながら挨拶をする。

 すると欠伸を噛み殺していたような表情をしていた門番は、驚いたような表情を向けた後に笑顔で挨拶を返してくれた。


「これはこれはこんにちは。貴方が先日降臨されたという使徒様ですか?」

「ソウザ様なのです!」


 どうやら俺がこの町に“現れた”事は町の人達の情報として既に周知の事実らしい。

 やはり元気に手を上げて答えているシルキーに苦笑しながら、


「ええ、まあ。どれくらいの期間になるかはわかりませんが、しばらくお世話になります」

「ははは。そんな連れない事は言わずにいつまでも滞在なさってください。この町の使徒様が少なくなって久しいですから」


 門番のセリフに俺は住宅街に振り返る。

 今見えるのは殆どが掘っ立て小屋だが、それ以外の建物は見える範囲では10も無いだろう。


「今この町に住んでいる使徒は10人位ですか?」

「13人、いや、あなたを入れて14人ですね。この場所を開拓してすぐの頃は60人を超えていたのですが、寂しくなったものです」


 俺の言葉に門番は遠くを見つめるように視線を投げる。

 1年前というとこのゲームが始まった頃と一致するが、この門番の様子から察すると、まるでそれ以前からこの世界が有り、あまつさえ使徒もいたかのような感じを受ける。

 最も、『そういう設定なのだろうが』。


「それじゃあ、俺達は買い物がありますので」

「お気をつけて。あ、そうそう。もしも大きな荷物を買うようなら声をかけて下さい。お屋敷までお運びしますよ」


 好意からそんな事を言ってくれる門番にお礼を言って俺達は門をくぐってウッドロックの市街地へと足を向ける。

 とはいえ、お屋敷と言えるような自宅は今の俺たちにはないけどね。



◇◇◇



「こりゃまたすごいな……」


 思っていたよりもずっと小さかったウッドロックの町を見て回った後にシルキーが案内してくれたのが、今俺の目の前にある【ゲート】だった。

 ゲート……門とは言ってもその形は一般的な門の形はしておらず、大地に描かれた魔法陣のような紋様の上に大きな宝玉が置かれた台座が鎮座しているだけだ。


 しかしながら、唯の宝玉のように見えるゲートからは色とりどりの光が溢れ、まるで意識を持っているかのようだ。

 一体どんなエネルギーを使用しているのかと思い周りを見渡すも、それらしい設備は床に描かれた文様と台座くらいしか無かった。


「このゲートを始め、お家にあるメニュー板なども空気中に漂っている魔素を取り込んで動力として使用しているのです」

 

 俺の疑問がわかったのか、質問する前に種明かしをしてくれたシルキーに目を向ける。


「マソ?」

「はいです」


 シルキーは頷きながら返事をすると、ちょうど近くにあった宿屋の屋根に指を向ける。

 そこにあるのはアンテナのような一本の鉄製の棒。

 そういえば、住宅街の全ての掘っ立て小屋にもあれと同じものが立っていたな。どうにも違和感がないかと思ったが、テレビのアンテナに似ているのだ。


「あの集魔塔で回収した魔力で動かせる道具は魂貨で買える品物に多いですね。以前お話した使徒様は、『電気みたいなもん』と仰っていましたね」


 成る程、そう考えるとこの世界での生活も以前いた場所とそれ程違いはないかもしれな──。

 いかんいかん。何を考えている。俺は直ぐにこの世界から帰るんだから、そんな心配は不要じゃないか。

 危うく違和感なく受け入れてしまいそうになってしまった自分にビビリつつ周囲を見渡すと、妙に点滅するゲートの宝玉が目に入った。


「あ、誰かがゲートを使ってこちらに来るみたいです」

「何だって?」


 シルキーの言葉に興味を持って宝玉に近づいた瞬間だった。


 一際光り輝いた宝玉を逆光にして、白い何かが猛スピードで俺の顔の付近を通り過ぎる。

 いや、実際には人は物体である以上通り過ぎるわけはないので、俺の居た場所を通り過ぎるには俺という物体をその場からどかすしかない。


 そして、突然光の中から現れた人物はそれを実行した。

 もっと正確に言うと、その人物はあろう事か俺に向かってジャンプしながら、立てた膝を俺の顔面に突き刺すという荒業をやってのけたのである。人それを飛び膝蹴りという。


「ごほっ!」

「ソウザ様ぁぁっ!?」


 綺麗に入った膝に俺はもんどりうって倒れると、顔を抑えて転げまわる。

 レベル1の俺に対してなんて事を! 取り敢えず死んでいない所を見ると、飛び膝野郎もそれ程高レベルではないのかもしれない。


 そんな俺の傍を慌てた様子のシルキーの声が右へ左へ移動しながら聞こえるが、今の俺には彼女を安心させる為の笑顔を見せる事は出来ないだろう。

 こんな時どんな顔をしていいかわからないの……。


「あ。すんません」


 しかし、俺を見ながら発したらしい加害者の軽い一言で、俺の頭からプツンと何かの音がした。


「『あ。すんません』じゃねぇぞごるあああぁぁぁぁぁああああぁっ!!」


 俺は勢いよく立ち上がると、未だよく見えない目の代わりに気配を辿って膝蹴り野郎がいると思われる場所に右手を伸ばす。

 案の定触れた服の感触にニヤリと笑うと、手に巻きつけて自分の近くへ引き寄せる。


「ひっ!」


 突然の俺の行動に驚いたのか、恐らくは血だらけであろう俺の顔に恐怖したのかはわからないが、シルキーの怯えた声が耳に入る。

 安心しろシルキー。今から俺がお前を怖がらせた奴に天誅を加えてやるからな。


 俺は口元を舐めるように舌なめずりをして血の味を確認すると、顔のすぐ傍まで巻きつけた服を引っ張り込む。

 思いの他小さい奴なのか、直ぐに俺の顔に奴の吐息がかかるのを感じた。


「この身長……ひょっとして子供か? ならばこの程度のダメージなのもうなずけるな。全く、これだからガキは嫌いなんだ。ゲームに年齢を持ち込むつもりは更々ないが、いい機会だ。これからたっぷり社会というやつを教えてや……」


 徐々に戻りつつある視力に俺は相手の顔があるであろう場所に超ガンをくれた所で、俺の言葉が唐突に途切れる。

 理由は単純にほぼ視力が戻った事に起因するのだが、止めた理由は別にあった。


 今俺が超ガンをくれている相手。それこそ吐息がかかる程近くにある顔は、今日知り合ったばかりの白い髪の女の子(・・・・・・・)だった。


「……ぴぃ……」


 桜色の小さな口から声が漏れる。


 しかし、それは俺が望んだ狼藉者の苦悶の声などではなくて。


「びえぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ゾウザざまぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」

「うわぁぁぁあぁっ! ごめん、すいません、ゆるしてぇ!」


 慌てて手を離したが時既に遅く、びっくりするくらい大きな声で泣き出したシルキーを必死でなだめる俺を見ながら、


「……なんか……ホントーにすんません」


 白い服に2本の双剣を腰に下げた少年の居心地悪そうな謝罪の言葉も、更に声量を上げるシルキーの泣き声にかき消されて俺以外の耳に入る事は無かった。



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