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Alchemist  作者: 無口な社畜
第一章 ホームタウンから出てみよう
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第十一話 奴の名はウナマズ

 取り敢えず、元の世界には簡単には戻れないとわかった以上、取り急ぎ必要なのは金である。


 そんなわけで、この世界での俺専属の使い魔(アドバイザー)であるシルキー嬢に使徒が金を稼ぐ為にはどうすればいいか聞いたのだが、返ってきた答えは「わからないのです……」だった為に、門番であるテムジンさんに訪ねた結果、依頼掲示板というものが町の中央広場にある事が判明。どうやら、その掲示板に張り出された町の人達の依頼をこなす事が使徒達が手早く金を稼ぐ事が出来る方法らしい。


「うーん。まさかこんな物があったとは。昨日町に来た時は完全にスルーしてたから気がつかなかったよ」

「……ごめんなさいです……」


 両手を腰に当てた状態で掲示板を見上げる俺の横で縮こまるように謝ってくるシルキー。

 相変わらずのポンコツぶりだが、こんな事でこの子を責めたりはしない。俺は出来た大人なのだ。


「取り敢えず、今の俺のレベルでも達成可能で、尚且つすぐに終わる依頼がいいのだが……」


 掲示板に貼られた依頼書を取って、条件達成したら依頼人に依頼書と報酬を交換するまでが一連の流れらしいのだが、張り出されている依頼書の殆どが簡潔な内容過ぎて目的地がよくわからない上にそもそも依頼の難易度がわからない。


 せいぜい、報酬の金額で難易度を測るしかないのだが、その幅が広すぎて絞り込めない上に、低報酬の依頼は冗談抜きで低報酬だった。


「食事一回で金貨1枚使うこの世界で、報酬が銭貨500枚? これでどうやって黒字に持っていけと?」


 どう考えても赤字にしかならない依頼だが、今の俺のレベルと装備ではこの辺の依頼をこなすのが精々といった状況である事はわかる。

 わかるのだが、このいかにも「すぐに強くならないと餓えて死んじゃうよー? さあ、課魂装備を買おう!」とでも言いたげな運営の声が聞こえてきそうでムカつく。


 それでも無理して無課魂で飛び出そうものなら、あっという間に死亡して復活料金取られるまでがデフォか?

 どうせ帰れないと思って悪意を隠そうともしていないだろう製作者め。見てろよ。絶対元の世界に帰ってその顔面ボコボコにしてやる。


「あ、ウナマズなのです」


 依頼書を見ながら一人そんな事を考えていた俺だったが、思わず口に出してしまったとでも言うようなシルキーの呟きを聞きつけ、彼女が熱心に見ていた依頼書に目を移した。


依頼者:中央西町『樹岩亭』店主ハルク

依頼内容:ウナマズの捕獲

報酬:一尾銭貨300~500枚

期間:いつでも

その他:なるべく状態のいいもの求む。グチャグチャなのは買取不可だ


 報酬はまあ、悪くはないが……。


「そもそもウナマズって何だ? 魔物か?」

「お魚の魔物なのです。でも、小骨も少なくてとっても美味しいのですよ」


 不味そうな名前なのにうまいのか。

 俺は「へぇ……」と言いながら依頼書を見る。


 魚の魔物というからには生息しているのは水中だろう。

 そして、ざっとこのあたりを見渡した限りでは近くに海は無いようだし、淡水魚の可能性が高い。

 淡水魚ならそれ程大きくはないだろうし、強さも殺されるというほどでもないのでは……。


 ピラニアみたいな奴が大量に……という可能性も考えられたが、そんな事を言っていたら何一つ実行できそうも無いだろう。

 仕事というものは一点のみで判断してはいけない。どんな時も複数の可能性と案を持って事に当たる事がやり切るために必要なことだ。

 

「よし、決めた」


 男は決めたら即実行。

 俺は貼られていた依頼書を引っ張って破り取ると、腰に下げた革袋の中に突っ込んだ。

 それを見ていたシルキーは、驚き半分、嬉しさ半分のような表情をしていた。


「ウナマズを捕まえるのです?」

「ああ。俺達の最初の獲物にはちょうどいいだろ。何より、取った後に全部渡さずに一尾でも頂戴すれば、そのまま俺達の飯になるしな」


 そんな俺の言葉に、シルキーは「はいですっ!」と元気よく答えると、俺の後ろをついてきた。

 ちなみに、ウナマズの生息地はテムジンさんに聞いた。

 本来その役割を果たさなければいけないはずのシルキーは「へぇー」と感心したように聞いていた。

 

 ……お前はもっと使い魔としての勉強をしろ。




◇◇◇



 ウナマズの生息地はウッドロックを出て西に2時間程歩いた先にある小さな川だった。

 そう、“小さな”川だった。

 俺は一つ目の懸念事項だった事柄が杞憂に終わった事にホッと一息付きながら、肩から下げていた竹製の網籠を川原に下ろした。ちなみに、これ一つで銭貨500枚もしている。これで、ウナマズ一尾……いや、変動報酬の事を考えると、最低二尾は取らなければ赤字決定である。


「さて、魔物という事だがどうやって捕まえるか」


 俺は腰から下げていた長剣を抜くと、川に向かって構えてみせる。

 一応魔物でという事から襲いかかってくるだろうとの判断からだが、水面は至って平和にサラサラと流れているのみだ。


「近づいただけじゃ襲いかかってこないか……。なあ、水辺の魔物の襲ってくるパターンか何か知らないか?」

「さぁ……。流石にシルキーも魔物の生態までは知らないのです」


 魔物の生態()の間違いだろ。


「……何か?」

「いや、別に」


 ちょっと自信をなくしたような澱んだ瞳を向けるシルキーを後にして、俺は更に川に近づく。

 つま先が水で濡れる位まで近づいて水面に目を向けると、陽の光に照らされて水面に映った自分自身の姿がよく見えた。


 剣など使った事がなかったから当然なのだが、見事なまでのへっぴり腰で、切っ先も右へ左へゆらゆら揺れていた。

 自分ではビシッと構えているつもりだったが、客観的に見ると格好悪い事この上なかった。


 そんな自分自身の姿を目に入れてしまい、思わずシルキーにどう見られているのだろうと、つい後ろを振り返ってしまった。

 

 ──それがいけなかった。


 水面から背を向けた瞬間に背後から響く水音。

 降りかかる水滴に慌てて振り返った俺の顔面に突き刺さる“膝”。

 その衝撃は昨日のコウガのモノ程では無かったが、この感触は間違いなく同質のものだ。そもそも、振り返った一瞬ではあったが、俺は確かに見たのだ。

 口元にヒゲのような物を垂らした長い体を持つ黒い生物が、胴体から生えた足を器用に折り曲げて、飛び跳ねた勢いそのままに俺の顔面に突き刺したのを。人、それを飛び膝蹴りという。


「ソウザ様!」


 突然の事に驚いたシルキーが走り寄ってきたが、俺は構わずに鞘を杖がわりに立ち上がると、先ほど俺に飛び膝をくれた奴に目を向ける。

 すると、そいつは一度地面に着地・・した後、水の中へと戻っていった。

 だが、その姿は……。


「て、て、て、手足が生えとる!」

「え? まあ、ウナマズですし」


 さも当然と言わんばかりのシルキーの言葉に、俺は冗談じゃないと吐き捨てながら再び水辺へ一歩踏み出した所で、もうすでに不意打ちは済んだからなのか、今度は堂々と襲いかかってきた。


「舐めんな!」


 飛び跳ねてきた手足の生えた気色悪い魚類に向かって剣を振る。

 だが、俺の頭の中で思い描いていたような鋭い軌跡とは程遠いヒョロヒョロとした動きをした剣筋の上を飛び越えて、再び俺の顔面に吸い込まれる化物の膝。

 二度目となると流石に俺は悲鳴を上げて地面の上を転げ回った。


「ウインドカッター!」


 俺が倒れ込むのと同時に地面に降り立ったであろう魚類に向かってだろう、シルキーの凛とした声が周囲に響く。

 俺は「おおっ」と思わず声を上げながら右手で顔を押さえたまま初めての魔法を目にしようと無理やり上半身を起こした。


 ペチンッ!


 その音は輪ゴム鉄砲をガラスに当てた音によく似ていた。

 当然、ダメージ等全く感じさせない足取りで、魔物は再び水中へと帰っていったのだが。


「……」

「…………」


 右手を水平に構えたまま固まり、沈黙しているシルキー。

 うっすら汗を流しているように見えるのは気のせいではあるまい。

 俺は顔を抑えていた掌に血が付いているのを確認し、服の袖で鼻血を拭き取りながらシルキーを見た。


「俺を囮に使っておきながら不発かよ!」

「お、囮になんかしてません! それにちゃんと発動したのです!」

「え!? ちゃんと発動してあれ!? いくらなんでも弱すぎだろ!」

「ひ、酷いのです!」


 衝撃の事実に思わず声を上げてしまう俺。さすが知力2は格が違った。

 しかし、俺の暴言に泣きそう……というより、既にシャックリを上げ始めている使い魔の少女にそれ以上の言葉は流石に酷だろう。

 俺は立ち上がるとシルキーを後方に追いやって、3たび水辺へ進みゆくが、すかさず飛び出したウナマズの突撃にタイミングを合わせる事が出来ずに、膝を顔面にもらって横転した。


 まずい……。威力自体はコウガ程ではないにしろ、流石に体に震えが走る。

 そもそも、なんであいつらは迷い違わず俺の顔面に正確に飛び膝を繰り出してくるのか。俺の顔面には何か膝を引き寄せる呪いでもかかっているのだろうか。いや、それよりももっと大きな問題がある。


「クソッ! どこに攻撃が来るのかわかっているのに、合わせられないとか、こんな屈辱は初めてだ」


 俺は起き上がりながら右手の長剣を忌々しく睨む。

 確かに俺は野球は苦手で、バッティングセンターでも三振の嵐だったが、事喧嘩では負けた事の方が少なかった筈だ。


 今では多少丸くなったが、十代の頃はとにかく切れやすくて、しょっちゅう喧嘩していた。それでも、腕力に任せた喧嘩に関しての敗北は、両手の指の数もなかったはずなのに……。

 だが、そこまで考えてふと気がついた。


「……ああ。こいつが邪魔なのか」


 俺は立ち上がると、右手の長剣を地面に投げる。

 なんて事はない。

 慣れない事をやっていたから、ずっと理想の動きが出来なかったのだ。


「ソウザ様!?」


 俺の行動にシルキーが信じられないというような声を上げるが構わない。

 俺は無手のまま水辺へと近づくと、調子に乗って無策で突っ込んできたであろうウナマズに向かって──


「死に晒せっ!!」


 ──綺麗な“クロスカウンター”をその顔面に叩き込んだ。




◇◇◇




 あの後、何とか4尾のウナマズを捕獲した俺たちは、疲れた体を引き摺るように何とかウッドロックに帰り付き、無事に3尾のウナマズの取引を終えた。報酬額は金貨1枚と銭貨300枚。この時点では(・・・・・・)何とか黒字に持っていくことには成功した。

 最も、その為に俺もシルキーも心身共に疲れ果てる結果になったのだが……。


 時刻はもうすぐ夕刻に差し掛かろうかという時間だったが、俺たちは既に自宅である掘っ立て小屋に向かって歩いている。

 お互い牛歩のような速度での帰宅だったが、俺とシルキーはそれぞれ荷物を持っていた。


 俺は網籠に入れたウナマズ1尾。

 シルキーは両手に持った1冊の書物。


 ウナマズは言わずもがな、先ほどの獲物であり、今日の晩飯の材料だが、シルキーの持っている書物は一般的な魔道書だった。

 それなりの値段がするものであったが、俺は今回の報酬が赤字になる事も厭わずすぐさま購入していた。

 理由は、今回の依頼人である酒場のオヤジであるハイドから、ステータスについての常識を聞いた為だった。


 曰く。

 レベルは生活を含めた全ての経験で上がるが、体力と魔力しか増えない。

 ステータスはレベルに関係なく己を鍛える事で増減する。

 要するに、体力と魔力はレベルが上がらなければ増えないし、ステータスは体を鍛えるか勉強しなければ増えないぞ。ということらしい。


 ちなみに、この事をシルキーは知らなかった。

 まあ、知っていれば最初のステータスの説明で言ってくるよね。この子の性格なら。


 そんなわけで、ショックを受けて固まっていたシルキーの手を引いて初級の魔道書を買ってきたのだ。

 もっと知力を上げてもらって、せめて自分の身を守れるくらいの力を手に入れてもらわなければ怖くて外に連れ出せない。


「今日の夕飯は俺が作るから、シルキーはしばらくその本で魔術の勉強だ」

「…………勉強は嫌いなのです……」

「あ?」

「……いえ……頑張りますです……」


 トボトボと拗ねたように歩くシルキーに心を鬼にして指示を出すと、俺は掘っ立て小屋に向かって歩く。

 ダメージのある俺と元気の無くしたシルキーの歩調がちょうど良かったが、毎回こんな目に遭っていてはダメだろう。

 

 ウナマズみたいな魔物とも言えないような敵に殺されそうになるようでは、これから先依頼をこなし続ける事など不可能だ。

 俺は兎も角、シルキーが死んでしまうかもしれない……。


 俺は未だにトボトボと歩いているシルキーにこっそり視線を向けながら、昨日の事を思い出していた。

 優しい使い魔と共にこの世界での生活を楽しんでいたであろう、嘗てのコウガ。

 だが、それは使い魔の死とともに砕けて消えてしまった。


「……俺は絶対に同じ間違いは犯さない」


 それこそが、昨日の出来事から俺が導いたこの世界で生きていくための基本ルール。

 せめて元の世界に帰るまでの間でも、このポンコツな使い魔を死なせないと誓ったのだ。


 そんな俺の呟きが聞こえなかったのか、それとも意味がわからなかったのか、シルキーは唯々俺を見上げて首をかしげるのだった。



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