第九話 2人の使い魔
コウガに案内された室内は、西洋ファンタジーであるこの世界での感覚で言えば場違いな、しかし、俺達の感覚から言えば非常に親近感を持つことが出来る一般的な男子中高生の部屋という感じだった。
6畳ほどの広さの洋間にシングルベッドが一つと、学習机にも見える机が一つ。テレビやゲーム機などは無かったが、代わりに机の横に設置された鏡台──メニュー板が浮いているといえば浮いていただろう。
ベッドの対面にはクローゼットであろう引き戸が一つに、ハンガーでかけられた白い戦闘服が見える。そのすぐ下の床には投げ捨てられたかのようにひと組の双剣が放置されていた。
「それで、今日来た目的を聞いてもいいっすか?」
自身は学習机の椅子に座り、メニュー板の前に置いてある小さな椅子を俺に勧めながら促すコウガに、俺は椅子に座りながら話を切り出す。
「目的って言うか話したい事は色々あるけど、まず一番に聞きたいのはこの悪夢の目覚め方だな」
「はは。そりゃまた随分と的確な表現っすね」
笑いながらコウガはメニュー板につけられていたリングを引っ張り出す。
「既に随分とこの世界の事を嫌ってるみたいっすけど、あなたは……そういえば名前聞いてなかったっすね。あなたはこの世界にきてどれくらいなんすか?」
コウガの指摘に俺も自己紹介していなかったことを思い出す。
使い魔の少女には名乗っていたのだが、彼女は俺の事をそれ程多く報告しなかったようだ。
「こいつは失礼。俺のこっちでの名前はソウザという。ちなみに、この世界に来たのは今日だ」
「今日!? こりゃまた随分と早い段階で嫌になったもんっすねぇ……。ああそう、もう知っていると思いますが、俺の名前はコウガっす。俺の事を知っている人は『ヘボい閃光』何て呼んだりしてますが、どっちで呼んでもいっスよ」
使い魔の少女は随分と憤慨していたようだったが、本人にはこれといって気にしている様子はないようだ。
あくまで笑顔のままで俺にリングを差し出してくる。
「折角ですから、はじめの質問に答えましょうか。メニュー板のショップの52ページを開いてください」
促されるままにリングを嵌めると、画面に現れるのは俺のステータスだった。どうやら、リングを嵌める事で本人確認をしているようで、各拠点にあるメニュー板は専用というわけではないらしい。
俺は言われたようにショップのタグをタップするとそのまま52ページを開いて見せた。
「このページの中間辺り……ああ、これです。これが先ほどの答えになります」
ズラッと並んだ課魂アイテムの中からコウガは一つ選ぶと、その詳細を俺に見せる。俺はというとその説明文と映像を見て息を飲んだ。
「【転移リング】。Alchemistと地球を繋ぐゲートを開く為の必須アイテム? 値段は……魂貨2万だと?」
映像に映っていたのは俺がこの世界に来るきっかけになった“ショックリング”そのものだった。だが、名称の問題など些細な事だ。それよりも問題なのは購入に必要な魂貨の額が2万──寿命55年分という部分だ。
「このゲームの運営にとっての“魂貨”の価値も利用目的もわからないっすけど、騙されたのだけはわかるっすよ。初めに無料で体験させて、絶対に戻れない状況にしてから高値で売りつける……詐欺の常套手段っすからね」
コウガの言葉に俺は画面から視線を外してコウガに向けると聞き返す。
「絶対に帰れない?」
俺の言葉にコウガは頷く。
「俺も全てを把握しているわけじゃないから断言はしないっすけど、知っている限りで俺たち【使徒】がこの世界から“消滅”する条件は2つ。1つ目は魂貨2万を払って転移リングを使う。2つ目は魂貨の全てを使い切った時っす」
一本づつ指を上げながら説明していくコウガ。
その内容に俺はシルキーとの会話も思い出しながら疑問点をぶつける。
「魂貨を使い切ると消滅するのか? 死ぬのではなくて?」
「消滅です。魂貨を使い切った使徒は光の粒子となって消える。それは、転移リングを使用した時も同様っす。この2つの違いは、使い魔が死ぬかどうかだけっす」
その説明に俺は以前聞いたシルキーの説明の意味を知る。
「魂貨を使い切ると使徒は消滅し、使い魔も死ぬ。でも、転移リングを使用した場合は、使徒は消滅しても使い魔は死なずに残るのか」
「その通りっす」
俺の言葉に頷きながら、コウガは机の上に置いてあったザックの口を開けると、その中から一枚の光沢のある板を取り出した。
その見た目は元の世界のタブレットにそっくりだった。
「ちなみに、俺がこの世界で課魂して手に入れたアイテムはこのタブレットと収納バッグの2つです。この世界で情報を仕入れながら旅をするのにどうしても必要だったんっすよね」
そっくりどころかモノホンだったらしい。言いながらコウガはタブレット本体に装着されていたリングを抜き取り指に嵌めると、画面を見せながら説明を続けた。
「さっき消滅する条件は2つと言ったっすけど、この世界での“死”という意味で言えばもう一つあります。その3つ目の死に最も密接に関わるステータスが、ここにあるカルマです」
画面にはコウガのステータスが表示されていた。
それはある意味では驚きのステータスであったが、俺は比較する為にも自分のステータスもメニュー板に表示しながら改めて目を向ける。
◇
名前:コウガ
年齢:17
職業:双剣士
ホームタウン:ウッドロック
レベル:59
体力:194/189(+5)
魔力:62/62
力:3
俊敏:326(+200)
知能:18
精神:5
カルマ:200/1000
スキル:『疾風迅雷』
魂貨:228
使い魔:セラフィ ⇒
称号:『白い閃光』
◇
「……カルマが増えている」
「使い魔からカルマの事、何か聞いてますか?」
「いや、知らないそうだ」
「それはまあ」
俺の言葉にコウガは苦笑する。
俺としてはカルマ以上に気になる点はあったのだが、話の腰は折らずに黙って耳を傾ける。
「随分とハズレの使い魔を引き当てたっすね。普通はこういった説明──チュートリアルは使い魔が行うもんなすけど」
言いながら、コウガはゆっくりと使い魔の名前に指を落とすと、僅かに口角を上げる。
「……カルマとはこの世界での使徒様の“侵食度”だと考えられています。それは、過去の使徒様の言動や、その後を見た人々の伝聞を元にしています。使徒様は創造主様の分身であり、この世界での暮らす私達とは体の作りが違うから。それでも、このカルマの値が限界に達した使徒様は、私達同様の体を持つに至るそうです」
突然口調の変わったコウガの声は、まるで泣き声のようだった。
「……カルマは罪だ。この世界で罪を犯せば犯すほど増える。罪を犯せば罰があるのは当然だ。それでも、創造主とやらの分身らしい俺たち使徒は、何をしても許される一定の猶予をもらっている。それがカルマだ。でも、カルマという免罪符を使い切った後に残っているのは祝福を失った体だよ。高い成長率も、死から復活する能力も失われる。カルマを失った後に訪れる死は本当の死だ。光の粒子となって消える仮初の死とは違う。死ねば物言わぬ骸となって残される」
コウガの口調は再び変わる。
カルマの説明を始めた頃の優しげな口調から、1階で青い髪の少女を前にした時のような冷たい声へと。
「だが、カルマが増える法則に関しては実ははっきりわかっていない。それでも確実に増えると分かっているのが、敵対者以外の殺人と──使い魔の死だ」
コウガの落とされた指に隠れて使い魔の名前は見えない。
しかし、先ほど見た事で使い魔の名前はわかっている。確か“セラフィ”といった筈だ。
──だが、俺はこの部屋に来る途中で見てしまった。見つけてしまった。この部屋の隣室である部屋のドアにかけられたプレートの名前を。
「──使い魔が死ぬとカルマが200増える。そして、新たな使い魔が補充される。使い魔は主人を選べない。理不尽に選ばれ、主人と共に生きて死ぬ。使えるべき主人の魂貨の残りが1年の時間を切っていても……だ。考えなしに魂貨を使いまくった愚かな“使徒様”は、この世界の事を教えてくれて、無条件に愛してくれた優しい使い魔と、残り少ない寿命を押し付けられた若い使い魔2人を不幸に落とした罪人なんだ」
プレートに刻まれた名前は、コウガのステータスに登録されていた“セラフィ”ではなく、“ナナ”だった。