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Alchemist  作者: 無口な社畜
第一章 ホームタウンから出てみよう
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第八話 開かずの扉

「おお……何だこれは」


 教えてもらった場所にやってきた俺の目の前に現れたのは、なんとも見慣れた作りの2階建ての家屋だった。

 青い屋根瓦に白い壁。実に見慣れたその佇まいは、一般的な2階建ての日本家屋そのものだった。


「西洋的なファンタジー世界で浮きまくってるなぁ……。まぁ、住みやすさで言えば慣れてる分一番なんだろうけど」


 あの時に見た白い服の少年の姿を思い出し、日本人だしな。と納得を付けながら門をくぐる。

 中々細かく表札などついていたが、入っている名前が『コウガ』の単語一つというのも違和感が……と思ったのだが、よく見るとコウガの名前の横に何やら一度何かを書いた後に消したような跡があった。

 以前二人で住んでいた名残かなにかだろうか? いや、まあ、別にどうでもいいといえばいいのだが。


 俺は門までたどり着くと、やはり細部まで完璧に作りこまれた現代家屋に多少戦慄しながら、ドアの横に取り付けれれているインターホンに視線を向ける。

 電気はないはずだが……と、考えた所ですぐに魔素の存在に思い当たり、ひょっとしたらこの世界での生活はこれまでの世界と変わらない生活も出来るのではないだろうか。


 それは兎も角、目の前の黒いインターホンを指で押し込む。

 本当に見慣れたオーソドックスタイプのインターホンで有り、マイク機能のあるタイプのようだが、「はーい」という女性の声はマイク越しでは無くドアの向こうから直接肉声で伝えられた。


 ややあって扉が開き、ひょっこりと顔を出したのは水色の長髪を背中に流した、十代後半だと思われる少女だった。

 あの時のひき逃げ犯であるコウガは明らかな男であったし、そもそも黒髪だった。

 そうなると、今の俺の状況と考え合わせるに、この少女はコウガの使い魔だろう。


 何て言うか、使い魔ってこの年代の少女が選ばれる決まりとかでもあるのかね。

 一見十代前半の少女……見ようによっては幼女にも見えるシルキーも実際は16歳だった事を考えてもそれはありえるな。出来れば、プレイヤーの年齢に合わせた年齢とかにしてくれると本当はありがたいのだが。俺を例えると二十代後半の兄ちゃんとかね。


「……あの……どちら様でしょうか……?」


 おっと、少し考え事をしてしまっていた事で目の前の少女に対応するのを忘れてしまっていたようだ。

 俺は俺はすぐに営業スマイルを浮かべると、早速名前を──


「ああ、こちら『ヘボい閃光』のコウガ様の──」

「お引取り下さい」


 ──言えなかった。

 こちらが名乗る前に酷く冷たい声を残して少女が勢いよくドアを閉めてしまったからだ。


 …………。


「……え?」


 貼り付けた営業スマイルに顔の近くまで上げた右手が虚しく揺れる。

 閉められてしまった現在の玄関の様子は、インターホンを鳴らす前と変化がない。

 まるで時間が巻き戻ってしまったかのような光景に、俺は無言でもう一度インターホンのボタンを押し込んだ。


 …………しばらく待っても変化なし。

 仕方ないのでもう一度。

 無反応なので再度押す。

 意固地になって連打もしてみた。


 しかし、全く反応のないインターホンに、俺はだんだんムカムカしてきた。

 ドアが閉まった後に家の中から殆ど物音は聞こえなかった。

 つまり、先程の少女は今尚このドアの向こうにいるはずなのだ。例えば、俺のすぐ目の前に存在する覗き窓からじーっとこちらの様子を伺っているかもしれない。


 ……いや、それはそれで怖いな。

 執拗に押され続けるインターホンの音を聞きながら、ピクリとも動かずに覗き穴をのぞき続ける少女。

 取り敢えず、絵的にはなしだ。


 俺は仕方ないので先ほど町で買ってきたハンカチでドアスコープを綺麗に拭き取ると、唐突にベロリと舐めてみた。

 金属的な味がして美味くもなんともなかったが、目的の効果は得られたらしい。何やらドアの向こうで尻餅でも着いたのかガタガタと何かが倒れるような音が聞こえてきた。


 ……本当にじっと覗いてたのかよ。

 俺はほんの少しの恐怖を感じたが、確かな確信をもってインターホンのボタンを押す。


『……何の用ですか』


 取り敢えず無視はされなくなったが、今度はマイクでの返答となった。

 流石にあれだけの物音を立てては居留守は使えないと観念したのだろう。

 いや、そもそも十数分前に直接顔を合わせているのに留守とか思わんが。どうやら、使い魔というのは須らくポンコツであるらしい。


「いや、先程は大変申し訳ありませんでした。この度使徒としてこの町に滞在する事になったソウザと申します。こちらは『白い閃光』のコウガ様のお宅でよろしかったですか?」

『…………』


 無言。返答なし。

 こりゃ、いよいよもって日を改める必要があるかな。最も、俺に明日があれば……だけど。

 しかし、そんな事を考え出した所でキィと小さな音を立てて天の岩戸がゆっくり開き、恐る恐る顔を出したのは先程の水色の髪の少女だった。


「『ヘボい閃光』って言ってませんでした?」


 最も、その声は酷く冷淡で、こちらに向ける敵意を隠しもしなかったが。


「いやはや申し訳ありません。先ほど町でコウガ様の武勇伝をお聞きしましてね。皆さん非常に親しみを込めてコウガ様の事をそうおっしゃっていたもので……。気を悪くされたのでしたら申し訳ありません。確かに初対面で失礼でしたね」


 まだ若い為だろう、人付き合いが苦手そうな少女にちょっとした勉強も兼ねてそう告げる。

 人と上手く付き合うコツは、どんなにムカつく相手であろうと、その内心を見せない事にある。まあ、初めに挑発した俺が全面的に悪いのだが、今回はこちらが被害者という事もあり敢えてそうしてしまった俺にも非がある。


 そもそも、俺に飛び膝をかましたのはあくまでコウガであって、目の前にいる水色の髪の少女ではない。

 そう思い謝罪した俺を少女はジロジロと値踏みするように上から下まで見つめた後、大きな溜息を吐いた。


「こちらこそお客様に対して大変失礼しました。ただいまご主人様をお呼びしてまいりますので、どうぞお上がりになってお待ちください」

「それはどうもご丁寧に」


 お互い腹に一物持ったまま社交辞令を交わすと、促されるままにコウガの家に足を踏み入れる俺。

 そんな俺の耳に、


「……あれ程言って回ったのに、まだコウガ様の事をそんな風に……やはり少しは痛い目に……」


 そんな少女の呟きが聞こえてきたが、聞こえなかった振りをした。



◇◇◇



「ああ。お客ってあなただったんすか」


 少女に通されたリビングに配置されていた椅子に座ってぼんやりと部屋の中を観察しながら待っていた俺の前に現れたのは、逢いたくてたまらなかったひき逃げ犯その人であった。

 最も、既にあの時着ていた白い戦闘服では無く、紺色のジャージ姿だったが。


「おう。俺だったんだよ。会いたかったぜ金よこせ」

「こりゃまた随分ストレートっすね」


 悪気の欠片のない笑みを浮かべながら俺の対面の椅子に座るコウガ。

 それなりの敵意を声に乗せてぶつけたつもりだったが、それでも笑顔でいるのはよほど図太い神経の馬鹿か、それなりに察しのいいやつのどちらか。


「まあ、悪かったのはこちらですし、慰謝料を払ってもいいんすけど。本当の目的はお金ではないんすよね?」

「ん。まあね」


 どうやら馬鹿ではないらしい。

 それでも、俺は一応聞いてみる。


「でも、なんでそう思ったんだ」

「最近では珍しい新顔の“使徒”だったのもあるっすけど、あの時と雰囲気が違いすぎたっすから。あなたは怒る時はもっと問答無用な気がしたんで、多分そんな怒ってないかなーと」

「いや、怒ってはいるよ。ただ、これから聞きたい事がある相手を喋れないようにするのも、借りを作るのも嫌だっただけで」

「本当にストレートっすねぇ」


 俺の言葉にコウガが苦笑する。

 あの時はシルキーのご機嫌取りに夢中であまり観察できなかったが、さっきから笑みを絶やさないあたりそれ程悪い人間でもないらしい。


 と、そんな評価を俺が下した瞬間だった。

 先程まで笑顔だったコウガの表情が能面のような無表情に変わり、俺に向けられたわけではないのに関わらず、どす黒いオーラというか、ハッキリとした拒絶の壁を感じた。


「あの……お茶をお持ちしたのですが……」


 そして、そんなコウガの拒絶のオーラを真っ向から向けられた水色の髪の少女は、おずおずと、お盆に2つのカップを乗せて近づいてきていた。

 俺でさえヒシヒシと感じる拒絶のオーラだ。にも関わらず、少し震えながらもこちらに近づいてくる少女に違和感を覚える。


 ひょっとして慣れているのか?


「必要ない」

「……ですが……」

「聞こえなかったのか?」


 主人であるコウガに「必要ない」と言われたのに関わらず足を止めなかった水色の髪の少女だったが、再度発せられた拒絶の声にようやく足を止める。


「俺の視界に入ってくるなと何度言ったらわかるんだ」

「……ですが……」

「声を出すな。視界から消えろ。それが出来ないなら出て行け」

「……」


 そこまで言われて少女はようやく退室する。

 その後ろ姿が余りにも落ち込んで見えたから、俺は思わず苦言を呈す。


「事情はしらんけど、流石に言い過ぎじゃないか?」

「事情がわからないなら口出ししないでほしいっすね。これは俺達の問題ですから」


 そりゃ、そう言われたらこれ以上何も言えないけど。

 でも、あの少女のコウガを想う心は本物だと思う。それは、この家に入るまでに行われたやりとりからわかる。

 

 もしかしたら使い魔の特性なのかもしれないけど、なんとも思っていない相手を馬鹿にされてあれ程怒ったりはしないだろうから。

 俺はであってそうそう俺に懐いてきたシルキーを重ねてそんな事を考える。


「どうにもここは邪魔者がいてよくないっすね」


 しかし、コウガは少女の気持ちなど関係ないのか、不機嫌さを隠しもせずに席を立つ。

 

「2階にある俺の部屋に行きましょうか。そこなら絶対に邪魔は入りませんからね」


 先程までの無表情が冗談であったかのように笑顔を浮かべるコウガに若干引きながらも、俺も合わせて立ち上がる。


「別に、場所はお前が決めればいいだろう。こっちは客だ」

「じゃあ、行きましょう」


 何を言った所で俺は部外者だ。

 そもそも、今日俺がここに来た目的はコウガと使い魔の仲を取り持つ為じゃない。

 まったく、これだから人付き合いは嫌いなんだ。


 あれから無言となったコウガの後をついて2階に上がると、廊下に沿って3つの部屋が並んでいるのがわかる。

 どれがコウガの部屋かはわからなかったが、足を止めない所を見るに一番奥の部屋なのだろう。


 後ろに続くように一番手前のドアを通り過ぎ、2番目のドアの前を通った時に俺は気が付く。

 何の飾り毛のない一番手前と一番奥の部屋と違い、この部屋のドアだけ随分と可愛らしい装飾がされていた。

 ドアノブには手作りであろうカバーがつけられ、やはり手作りらしいネームプレートがかけられている。


「……ナナ?」


 水色の髪の少女の名前だろうか? だが、俺がネームプレートに記された名前を口にした途端、予想外の場所から予想外の声が響いてきた。


「そのドアに触るなっ!!」


 叫んだのは前方にいたコウガだった。

 先程までの笑顔でも、少女に見せた無表情でもなく、真っ赤な顔で憤怒の表情を浮かべたジャージ姿の使徒。


 その姿に多少の驚きを見せた俺だったが、ああやって突然キレる人間は山ほど見てきた。そして、そうした人間を扱う事も俺の仕事のうちだった。

 俺は敢えて眉を多少寄せると、感情のこもらない視線をコウガに向ける。


 こういう場合は下手に言い返しても状況は好転しない。

 激高した相手にさっさと作業に戻すために必要なのは、愚痴を聞く事でも言い返す事でもない。

 より大きな恐怖を相手に与えるか、今の自分の姿を客観的に見せて自覚させるかだ。


 俺は何も喋らずにただコウガを眺める。

 当然ドアに手を触れようとした覚えもないから、両手をだらりと下げたまま、コウガがこちらに向かって怒鳴り声を上げた瞬間から全く変わらない状況でもってただ待っていた。


「……あー……」


 やがてこの沈黙に負けたのか、自分の頭を掻き毟りながらコウガが声を漏らす。


「すんません。急に怒鳴っちゃって……。でも、その部屋は何というか特別というか……」

「別に気にしてないよ。こっちこそ紛らわしい行動をしてすまなかった」

「いや、あなたのせいじゃないっす」


 ようやく……恐らく無理やりだろうが、何とか笑顔を浮かべて「こっちっす」と言って自室に消えるコウガの後を追う前に、俺はコウガの激高と同時に背後に現れた気配に目を向ける。


 そこは階段。1階に当たるその場所に、水色の髪の少女がこちらを見上げていた。

 コウガの姿が見えなくなったから出てきたのか、それとも、声に心配して出てきたのか……。

 恐らく、先ほどのものとは違うのだろう。湯気のたった2つのマグカップを乗せたお盆をその手に持って……。


「……何もしないぞ。俺は」


 そう呟いて俺はコウガが消えた部屋に足を向ける。

 俺がコウガの部屋のドアを閉めるまで、階下から物音がする事はなかった。


 

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