表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1-1 いつものように日常は崩れる。

 ――一時間ほど前。

 HRも終わり、いつものように帰り支度を済ませているとき、あいつはやってきた。


「ソウマ、ちょっと付き合いなさい!」


 俺の幼馴染の白菊 ナツメ。成績優秀、容姿端麗でこの学校の生徒会書記も務めている、いわゆる完璧超人だ。

 しかし、こいつの幼馴染でよかった、なんて俺は思っていない。

 彼女は完璧な人間であるとともにどうしようもない変人だった。具体的に言えば彼女は怪異現象といったものが好きなのだ。それはもう、どうしようもないくらいに。いや、それだけならまだちょっとした欠点がある程度で済んだだろう。

 あろうことか、彼女はそういったものを引き付けやすい体質なのだ。気になって調べてみれば大方何かしらの怪異と出会い、触れて、話せるような奴だった。かくいう俺も彼女の好奇心につき合わされ、何度死に目を見たことか。数えるだけでトラウマがよみがえってくる。


「絶対に嫌だ」


 どうせ今回も面倒なことになると予想はついていたので、俺はいつものように彼女の誘いを突っぱねた。


「は? ソウマに拒否権なんてあるわけないじゃん」


 そしていつものように突っぱね返された。

 こいつはいつもそうだ。他のやつが拒否しても二つ返事に了承するくせに、俺の時には断固として許可してくれない。いったい他の奴と俺に何の違いがあるのか。

 そんなことを考えていると、襟元をつかまれ体が後ろに引っ張られ椅子から滑り落ちる。振り返るといつの間にか近づいてきていたナツメが俺を見下ろすように立っていた。


「あのー、白菊さん。流石に手を放してほしいんだけど」

「ほら、教室はもうとってあるからさ。レッツゴー!」


 俺は優しくと彼女の行動を止めようとするが、ナツメは気にする様子もなく俺を引きずりながら教室の外へと向かおうとする。周りからは様々な感情のこもった視線があちこちから刺さっていたたまれない。これじゃあ俺が駄々こねて抵抗しているみたいじゃないか。できることなら誰からの目にも止まらず、平穏に過ごしたいと思ってるのに……。


「ああもう、わかったよナツメ。付き合ってやるからちゃんと立って歩かせろ」

「よろしい。じゃあ一緒にいこっか」


 俺はナツメに連れられるがまま旧校舎の空き教室へと向かった。この教室に向かったということは儀式めいたことでもするのだろうか。特に使うことがないのでほとんどの机が後ろに下げられているから何度かそういったことに使われたことがある。

 中に入ると誰かがせっせと何かの準備を進めているようだった。


「ユウトー、ソウマのやつ連れてきたよー」

「もう遅いよ、蒼真君。僕一人で準備全部終わっちゃったじゃないか」


 俺は眼鏡をかけたそいつを見て思わず苦い顔を浮かべた。

 遠野 悠斗。変態。それ以上もそれ以下でもない彼は数少ないナツメの『遊び』相手で、非常に残念なことに腐れ縁の仲だ。


「蒼真君。今失礼なことを思ったでしょ。

 何度も言っているけどね、僕は決して変態なんかじゃない。この世とありとあらゆる性癖を理解し、そのすべてを受け入れる。猫耳スク水ロリショタネトラレケモっ娘巫女団地妻魔女悪魔妖怪エトセトラ、エトセトラ……。いうなれば僕は完璧――」


 どこかで聞いたことがある台詞を言っている悠斗をから目を離し、こいつが準備を進めていた教室を見回す。いらない机はそのまま、中央に二つを一つに合わせた机と三台の椅子、近くには水の入った桶と油揚げが置かれていた。


「今日は何だ? 狐でも呼ぶのか?」

「ふっふっふ……。流石はソウマね。でも少しおしい。

 今日やるのは狐狗狸さんよ!」


 やけに自信満々な様子でナツメはカバンの中から一枚の紙を取り出した。そこにはよくあるこっくりさんをするときに使われる文字が――ほとんど使われていなかった。


「……おい、お前は何を考えているんだ」

「何って、普通にやるなんて面白くないじゃん。昨晩頑張って作ってたんだー」

「そういう話じゃないだろ。お前はいつもいつもアドリブ入れて、ろくな目にあったことがないんだからな」

「えー、私としては楽しかったんだけどなー」


 自分の幼馴染が異世界に監禁されたり、拉致られたり、攻撃されたのを見てきて本当にそう思っているなら、頭ん中お花畑だろ……。まぁ、ナツメがいなかったら助からなかったのも事実で、でもこいつがそんなことしなければ巻き込まれることものなかったわけか。着々と自分が毒されているような気がするな……。

 もう一度その紙を確認する。こっくりさんの象徴である鳥居と『Yes』『No』はきちんと書かれてあるが、ひらがなじゃなくてローマ字だし、本来は必要もない『!』や『?』などの記号が付け加えられている。


「こうすることでコミュニケーションを円滑に行えるって寸法よ!」

「絶対余計なお世話だよ!

 そもそもこっくりさんて質問に答えてくれるような奴だろ? お前に聞きたいこととかあるのか?」

「はっはっは、蒼真君は頭が固いなぁ。そもそも自分の悩みである必要なんてないんだよ。だから僕は彼女のスリーサイズを聞かせてもらおうと思っているよ!」

「お前には聞いてねーよ、変態。で、どうなんだ?」


 馬鹿にかかわるといつも話がそれる。俺は悠斗を適当にいなして、ナツメに目を向けた。


「……えっと」

「ん?」


 あのナツメが珍しく動揺しているみたいだ。顔もいつもよりしおらしくなったし、若干紅潮しているような……。こいつ、今回はいったい何を考えているのだろうか。


「お、女の子なんだから知りたいことなんていっぱいあるに決まってるでしょ! もう、ソウマはデリカシーがないんだから」

「お、おう……」


 何か知らないが、早口でまくしたてられたので気の抜けた返事が出てしまった。これ以上深入りしないほうがいいのかもしれない。


「そんなことはともかく、とっとと始めるよ。ほら座った座った」


 ナツメも気持ちを切り替えたのか、俺たちを席の方へと誘導し始める。

 今更逃げ出しても仕方がないので、俺は仕方なく机の周りにある椅子に座った。

 ナツメは机の上に先ほどの紙を置き、悠斗は財布から十円玉を取り出してその上にのせる。あとは三人でその十円玉に指を乗せれば準備完了って……あれ?


「なあ、ナツメ。そういやこっくりさんってそもそも四人以上でやるものじゃ――」

「さて始めましょうか、ほら!」

「お前、まさか……うわ!」


 突然のことに反応できず、ナツメに捕まれた指はそのまま十円玉の上に押し付けられ、ナツメは間髪入れずに呼び出しを行い始めた。


「『こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください。もし来ましたら、『Yes』のところにお進みください』」


 やってしまった。もう少し下準備がちゃんとしてるか確認をしておくべきだった。


「彼女の猪突猛進なところは君が一番よく知っていたことだろう。むしろこの状況を楽しまなきゃ。

 さーてどんな質問をしてやろうかねぇ……」

「あー、確かにそうだったよ。

 あとお前の期待しているようなことは絶対にないからな」


 俺はナツメのほうを横目で知らりとみる。当の本人は俺たちの会話を気の求めず子供のような笑みで十円玉を見つめていた。こっそりと指を離そうとするが、何かの力によってか指を動かすことはできなかった。

 そして、その十円玉はゆっくりと動き出し、『Yes』の上にくると静かに止まった。


「どうやら無事に成功したみたいね」

「俺としては成功してほしくなかったんだけどな。

 それで、だれから行くんだ?」

「ふっふっふ、ここは僕から行かせてもらお」

「じゃあ私から質問するね」

「えー……」


 正直聞きたいことなんてあまりないし俺としては順番なんてどうだっていい。願うことならこのまま何事もなく終わったくれればそれで――。


「えーと『あなたは女の子ですか男の子ですか』」


 やっぱりだめみたい。いやまだましな方とだと考えるべきか。

 その質問を聞き届けたのか、止まっていた十円玉が動き出し文字の上を走る。


「『おんな』! ねぇ、この子女の子だったよ!」

「マジで!? ヒャッホー!」


 二人はその答えにたいそうご満足だったらしく、嬉しそうにはしゃぎ始める。そもそもこれが真実を言っているとも限らないのに。

 そんなことを思っていると、不意に十円玉が動き出した。なぜか動きが異常に長い。


『このシステムではこちらできちんと回答者が答えたわかる限りの真実です。よほどのことがない限り、嘘偽りない回答をいたします。』

 ――こっくりさんがシステム化されてるって初めて聞いたぞ。そもそもなんでこんなにするすると硬貨が動いているんだよ。

「あれ、もしかして勝手に質問したの? じゃあソウマは一回パスね」

「よし、なら次はいよいよ僕の番だね」


 こいつらは気にする様子もなくこっくりさんを続けようとしているし……。なんで何も疑問に思わないの? 馬鹿なの?

 俺の悩みもつゆ知らず、悠斗は何を聞こうか考えている様子だった。


「うーん、あれを聞くか……いや、せっかくだしもっと突っ込んだものを……」

「ユウトー、早くしないと飛ばすわよー」

「いや、うん。きまった。

 こっくりさん、こっくりさん。『あなたのスリーサイズを――ゴフッ」


 悠斗がばかげたことを口走った瞬間、悠斗の体が一瞬後ろにそれる。

 今の位置から何が起こったか少しだけとらえることができた。紙の鳥居が書いてあるところから魔法陣らしきものが現れそこから伸びてきた手が悠斗の腹にボディーブローを放っていた。気づけばその手も門も何事がなかったかのように消えていたが今までの経験から何が起きたかの察しはつく。


「ねえ、見た? 今、こっくりさんが手を出してきてたよ!」

「なんでそんなにうれしそうなんだよ……。多少は心配してやれよ」


 そういいながら隣の悠斗を見た。が、どうやらさっきの心配は無駄だったようだ。


「君はまだまだ僕のことをわかっていなかったみたいだね。女の子に殴られて、この僕が喜びに震えていないとでも思っていたのかい?」


 心配した俺が馬鹿だった。筋金入りの変態だ、こいつは。


「それよりもさ、さっきの僕の質問って無効じゃない? 結局答えてくれなかったわけだし」

「普通の女子なら答える人はいないと思うけどな。でも、面白いものが見れたので良しとしましょう!

 でも、ユウトの質問はこれで終わりだからね」

「えー!」

「ユウトがこれ以上質問してたらこの子がいじけちゃうじゃん。だから寛大な処置であと一回だけ質問を許可します。それでいい?」


 その言葉に反応するかのように十円玉は逡巡するかのように紙の上を動きながら最終的にYesの位置に止まった。


「むー。しかたないなぁ。

 それじゃあとっておきの質問をさせてもらうことにするよ」


 悠斗の言葉になにか不穏な響きを感じる……。こいつ、まさか反省していないのではないか。

 横目にナツメを見るが、彼女は彼女でこいつがしでかすことに期待しているようにも見える。

 誰も頼りにならない。わかりきったことを再確認した俺は悠斗に少し待つように声をかけようとしたが、遅かった。


「こっくりさん! もしよければ僕が女の子と肉体的にも仲良くなれる方法を教えてほしい、というかできればあなたをぺろぺろした――――」


 そこからは一瞬の出来事だった。

 門から煙があふれ出し、辺り一帯を覆う。そしてそこから何者かが怒声とともに飛び出してきた。


「おぬし! さっきからいけしゃあしゃあとふざけたこと言うでない! 女子にそんなこと聞くなどでりかしーのかけらもないのか!?」


 揃えられた両足が悠斗の体に垂直に当たり、声を上げる間もなく吹き飛ばされる。教室の後方に乱雑に置かれていた机がなぎ倒され、教室の端にぶつかると悠斗は力尽きるようにうなだれる。

 ――心配する必要は、なさそうだな。むしろ喜んでいるようにも見える。

 次第にその煙は晴れていき、声の主の姿があらわになる。

 頭についた狐の耳。高ぶる感情を指し示すかのように激しく揺れる尻尾。変わった巫女服に包まれたつつましい体。そして、机に乗っているのにもかかわらず軽く見上げれる、小学生程度の身長。

 俺たちの前に小さな小さな狐狗狸さんの姿がそこにあった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ