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別冊 当て馬ならし  作者: 糸以聿伽
誰が為にベルは成る
9/11

第四話 大人対応にベルは拗ねる?

セルヴァンは私を庇うように魔物の群れに対峙する。


あたしたちを追いかけてきた、犬の顔をした低い背丈の魔物が十数体。


その後ろからゆっくりと巨体を揺らしながら、長い舌で舌なめずりをしながら近づいてくる緑の肌の巨人が見える。


なんとかここまで走って来たけど、さすがに私を抱えて走るセルヴァンは犬顔の魔物を振り切れるほど早くは走れなかった。


目の前に岩の壁が見える。

行き止まりだ───迫りくる魔物。


あたしは、ひたすらセルヴァンの肩にしがみ付いた。




* * *


お父さんから話が来たのは1週間前ぐらいだった。


毎年この時期になると、ファルゴアの隣国に父は剣術指南として出かけていく。


最強の伝説を誇った父は、ファルゴアで騎士になる前は各地で浮名を流していた剣士だった。

その時からの付き合いというのが、現在の外交に役立っていることもあり、隣国での剣術指南は立派な公務であった。


そこに、いつもは牡牛角の鍛冶屋の主人オーガイルが同行していた。


行き先の国では、オーガイルも同様の旧知の仲だったからだ。

同時にお父さんの武器の調整役として付き添っていた。


「今年は、セルヴァンが同行する」

おねぇちゃんがピコランダへ旅立ってから、一つ席が空いちゃってなんとなく淋しい夕食の席。


前菜の皿が並んだ時だった。

一瞬、何のことだ?とおもったけどすぐに思い当った。

みるみる嬉しくなって「ほんと!!!」とはしゃいだ声がいつもより大きく響いた。


「こらこら、水がこぼれるわよ」

今にも立ち上がらんばかりのあたしをお母さんが制する。


ペロっと舌を出して落ち着いて、そのこぼれそうな水を一気にあおる。


だってその公務にあたしも同行する予定だったから。

つまり、行き道1日・中1日・帰り道1日。

ずっとセルヴァンといられるのだ。

こんなに嬉しいことはない♪


落ち着いて、席を立って、十分周りに注意してからお父さんに抱きつく。


「あらら、随分素直ねぇ。幼馴染と一緒がとても嬉しいのね」

そう言うおかあさんは、すこしあたしをからかう様に言う。

「そうよ!知らない土地に同い年の人が付いてきてくれるって嬉しいの」

そう言ってわざとぷくっと膨れてみせる。


お父さんもお母さんも、もちろんあたしの気持ちは知っている。


最近は、いろいろ考えちゃって、あまりセルヴァンの事で反応しないようにしてたのは確かだけど、やっぱり好きな人と一緒に居られるのは嬉しい。


けど……きっと、竜を狩るのは──その決断をするのは、もっと先の話だから。

自分でそう思い込むことで、今はこの嬉しさにひたる。


と、お父さんはわざと厳しい態の咳払いをして

「あくまでも公務であるし、他国ではファルゴアのようにはできないぞ」

片目の眉を吊り上げるそれが何を意味しているかは分かった。


王女と鍛冶屋の息子という事で、身分の差が他国では発生する。


父とオーガイルのように元々の知り合いであれば、それは違うのかもしれないけど、あたしとセルヴァンは他国の常識ではそうなるだろう。


「わかってるわ。でも……嬉しいの」

席に戻って食事を再開する。


最近もやはり忙しくて、おねぇちゃんが旅立ったあとは、お弁当を作って以来セルヴァンとはあえていない。

そんな想いがあふれ出て、ついついお父さんには素直な気持ちがでてしまった。


そんな娘をにこにこと見守りながら、それでも父は王として告げる


「セルヴァンも一人前の鍛冶屋としてオーガイルに匹敵する技を磨いてきた、それをここで他国に見せておくことも必要だろうと思う。」

──鍛冶屋(・・・)として

その言葉が少し……胸を刺した。


「武芸の腕も上達してて、オーガイルがよく自慢してるわよね。

 『お前は俺の息子が倒す』ってこの前も酔って言ってたわね」

お母さんが今度は、お父さんに目線を投げてクスクス笑う。


その言葉で『最強候補』と言って、得意に笑う顔を思い浮かべる。

私もクスっと笑う。

「最強"候補"って言ってたわ」


「はははは、あの小僧に私はまだ負ける気はしないけどな」

お父さんも赤い瞳をギラリと輝かし不敵に笑う。


「まぁ、あいかわらずの負けず嫌いねぇ、そろそろ譲ったら?」

「いやだ!」

一口で前菜を平らげて言う父は、これでもこの国の王である。

さらに言えばナイスミドルな──いい大人である。


それが、『いやだ』って。

あたしとお母さんはやれやれと肩を竦め笑い合う。


「ベルの馬車の護衛をセルヴァンにまかせるがいいか?」

そんないいも何も、少しでも近くにいてくれるならさらに嬉しい。

「ええ」

本当は、顔が緩みまくりそうなのにおしとやか風に言う。

母が噴き出してあたしも自分でおかしくて噴き出して、夕食は楽しく過ぎて行った。

久しぶりにおねぇちゃんが居ない淋しさを感じなかった。


そうして、あたしはうかれたまま当日を迎える。


お母さんは今回はお留守番である。


「年寄りの冷や水って意味しってる?」

とお母さんが言うと

「老人ではない我には意味をなさぬことわざなり」

と胸をはってお父さんは反論。お母さんに笑われてた。

そのあとラブラブなキスをして父は馬車にのりこむ。


いくつになっても、この人たちはと思う。

あたしにもキスして母は「お父さんをよろしくね」と耳元で囁いた。


王の馬車とその護衛、あたしの馬車とその護衛で約10人程度の編成である。


基本的に父は強い。

……うんざりするぐらい……


護衛が守るのか、護衛を守ってるのか分からない時がある。

他国でもし山賊に襲われたなら、馬車から素早く飛び降り、誰よりも最初に一太刀を浴びせる。


ファルゴア王の馬車には近づくなという暗黙の了解があるとかないとか、このあたりも最強伝説進行中のお父さんらしい。


なので、ほとんどの護衛は私の方についている。


その中に、大きな(つち)を背負い、心臓だけを守る胸当てをつけ金属の籠手に足当てに垂れという比較的軽装と思われる装備を付けたセルヴァンがいた。


馬車へのエスコートをしてくれるセルヴァン。

なんだか戦闘態勢のその姿がいつもに増して男らしくて、

……くらくらする。


騎士たちの前ではすました顔のセルヴァンだが、馬車にあたしが入る直前にいつもの顔でニカっとした。

あたしもニカって返して、楽しい旅は始まった


……はずだった……

ずっと一緒って思ってたのに。


考えてみたら、護衛してもらってるからって、話とかできる時間はほとんどなかった。


行きの道中は兵士の中にセルヴァンはいて、あたしは馬車の中だ。休憩時に会話はすれど、既に他国仕様になっている兵士たちに合わせてセルヴァンもそうなっている。


気安く話しかけると、

「姫、お気をつけくださいませ」

などと返されて淋しい想いをすることになる。


馬車内から移動中の外を見れば、兵士たちと楽しそうに会話しているセルヴァンをみた。


なんだか仲間外れになったみたいで口が尖がる。


訪問先に着たら着いたで──それからは、セルヴァンは父の武器の調整役なので護衛はいつもの兵士たちだった。


……なんでお父さんばかり……


そんな風に拗ねていても時間は過ぎていく。

公務は公務としてきちんとこなさなければいけない。


そんななか、セルヴァンは


……すごかった……


いつもあたしにはがらっぱちな下町口調なのに、お父さんに武器を調整し、他国の人々に対応する彼は、鍛冶屋という立場をわきまえた上で、その説明をしっかり敬語でしていた。


あたしの知らないセルヴァンだった。

いつもの威勢のいい元気で明るいセルヴァンじゃなかった。


職人として大人で、仕事の出来る一人の男性として、セルヴァンはそこにいた。


……遠い。

距離が、じゃなくて、なんか……心が遠いよ。


あたしは、セルヴァンと一緒に居れるってはしゃいでただけ。

彼は仕事をしてる。


仕事をしている彼は、あたしとはまるで別の世界に生きてるみたいだった。


それからは、あたしは公務に集中してなるべくセルヴァンを見ないようにした。みると自分の幼稚さが辛いから。

仕事をしている彼が、かっこいいと思ってもその後にくる自分との意識の違いに切なくなるから。


あたしは、いつまで子供なんだろう。


みんな先に進むのに、あたしだけ、立ち止まってる。

あたしは王女なのに、何してるんだろう。


一日が終わって、用意された客室に入る。


お父さんとこの国の王はまだゆっくり酒を酌み交わしているらしい。


そこに、セルヴァンも加わっているみたい。


……あたしには、ちっとも構ってくれないのに。

やっと久しぶりに会ったのに、なんで、彼はあたしと一緒にいてくれないの?


あたしが王女だから?


……王女じゃなかったら。


セルヴァンはずっと一緒に居てくれるんだろうか。


そんな馬鹿な考えが頭をよぎった──よぎっただけなのに胸に大きな傷跡を残していく。

その考えに、涙がポロポロこぼれ出す。


「せるヴぇ……うぇぇん……」

声を殺して名前をよんだら……それもう鳴き声になった。


翌朝──目覚めは最悪。

でも、公務は公務。

一国の王女として父と一緒に他国へ失礼が無いように振る舞う。


今年も父はしっかりと最強伝説を更新している事を見せつけた。


城にいて見送る人々はみな好意的で、来年もお待ちしておりますと、"心"から言ってくれた。


それはちゃんと確認済である。

母が居ない時、不穏な芽が育っていないか確認するもの公務の内だ。


馬車に乗り込む前に父に目線でその事を伝える。

父は満足そうにうなずいて、この国を後にした。


そして──帰路も相変わらずセルヴァンとは会話もない。

あたし自身がもう、馬車から出たくなかった。


顔を見ると泣いてしまいそうだった。


……本人の事で泣きそうなのに、本人に慰められるなんて勘弁してほしい。


おねぇちゃんがいてくれたらなぁ

……そんな事を思いながらぶちぶち思考をこねくっていた。


そんなあたしの馬車が国境近い森に入った時だった。


──どぉぉぉおおん!!!


すぐ近くで何か大きなものが倒れるような地響きがした。


何事?と慌てて馬車から外を見ると、兵士たちも慌てた様子で口々に叫んでいる。


特に賊に襲われているふうでもなく、「どうした?」とか「これはまた……」「けが人は!」などと緊迫感はあるが、緊急事態ではなさそうだ。


とりあえず外に出て状況を確認する。


目の前には道を塞ぐように倒れてきた巨木があった。

それは、あたしの馬車とお父さんの馬車の間を分ける様に倒れこんでいた。


横倒しになった巨木の幹の高さはあたしの背丈ほどもあり、

兵たちは王側にいる兵士とあたし側にいる兵士が頭だけ見える状態で会話していた。


とにかく巨木をどかさないとあたしの馬車が通れないという事になり、お父さんも出てきて、とりあえず総出で当たる事になったが、セルヴァンだけはあたしの元に寄ってきた。


「あぶないから入ってろ」

小声であたしにだけ聞こえるように優しく囁く。


久々にかかった親しい口調にドキっとする。


でも……なんでかなぁ……

自分が……子供だからこういう事でしか虚勢を張れないんだな。


「私が危険でないと判断したんです。あなたに命令される覚えはありません」

そういって、兵たちが集まってる方に歩き出す。


兵たちは、セルヴァンにあたしを任せて目の前の任務に集中してるようだ。馬車周りに数人は残っているけど倒木に注目していた。


せっかくセルヴァンと話できるチャンスなのに。

なんであたしは、こんな風に片意地はってるの?


突然掴まれた手首がぐいっと引き戻される。


「俺は命令なくても守るっつーの」

片腕で引き寄せられて、彼の胸の中にいとも簡単に納まる自分。

嬉しくて嬉しくてあたしから抱きつきたいのに、


さっきまでの自分がいつまでも心の片隅で、後ろ向きな気持ちを引きずって体が硬くなる。


顔も見れないし……彼は、それをどう受け止めたんだろう……


抱き寄せた手が頭を撫でた。


……ああ……セルヴァンはあたしの態度がおかしいのは分かったうえで、かわらず優しくしてくれてるんだ。


いつもみたいに『何した?』って今は言えないからこうやって撫でてくれる。


……好きだ……

どうしたらいいんだろう。


そんな葛藤とあたしが戦っていた時


空気が急に淀んだように暗く湿った。


それは雨雲が突然、この地上を覆ったようなねっとりとまとわりつくそんな空気だった。


驚いて当たりを見回す、セルヴァンも気が付いてあたしの肩を更に強く抱いた。兵士たちが今度は緊迫して叫びだした。


そちらを見ると、──倒れた巨木の根元がぐにゃりと異質に曲がっている。


そこから、黒い霧と共に異様な叫び声が溢れてくる。


──魔物だ!!!


突如現れた空間のひずみ

突発的に自然発生する魔物を生む歪は、天災と同様だ。


誰にも予測はできない。

木の向こう側も戦闘態勢に入っているようだ。

「全員、迎え撃てぇぇええ!」というお父さんの指示が飛ぶ。


そして、それは溢れ出した。


犬の顔を持つ人型の背の低い魔物が次々に歪から出てくる。


兵士たちはとにかく武器で応戦するが、数が多い。

すこし離れたところにいたあたしたちのところにも魔物が飛びかかる。


セルヴァンは背負っていた巨大な鎚を構え、飛んできた一匹を叩き落とす。


馬車の護衛にあたっていた兵士たちも応戦に入る。

魔物自体は強くなく、あっけなく倒されていくが何せ数が半端でない。


「セルヴァン! 姫を頼む! 逃げ切れ!!!!」

そういって、兵士はあたしたちの盾になる。


……またここでも……あたしが足手まといだ。

セルヴァンはあたしを荷物を担ぐように肩に乗せる。


「じゃべんなよ、舌噛むからな」

そういって一気に駆け出した。


あたしは、戦う兵士の脇からすり抜けた魔物があたしたちを、わらわらと追いかけてくるさまを見ていた。


揺れる視界、セルヴァンの獣のような全力疾走。

あたしは、ただ、荷物のように必死にセルヴァンの肩にしがみついて、引っかかってる事しかできなかった。

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